引き受ける事が十字架を負うという事です
4月24日 「だれでもわたしについてきたいと思うなら、自分を捨て、自分の十字架を負うて、わたしに従ってきなさい。マタイ16:24 『十字架』とは、過去の失敗からくる自責の念のことではありません。何故ならそれは既に、イエ...
4月24日 「だれでもわたしについてきたいと思うなら、自分を捨て、自分の十字架を負うて、わたしに従ってきなさい。マタイ16:24 『十字架』とは、過去の失敗からくる自責の念のことではありません。何故ならそれは既に、イエ...
4月23日 「イエスはまた彼らに言われた、『安かれ、父がわたしをおつかわしになったように、わたしもまたあなたがたをつかわす』」。ヨハネ20:21 主を信じる者たちは、天国住民とされました。もはやこの世は異教・異国の地で...
4月22日 「イエスは女に言われた、『女よ、なぜ泣いているのか。だれを捜しているのか』」。ヨハネ20:15a 甦りの日の朝、マリヤは空になった墓で泣いていました。そこへ主が現れ、声をかけられたのです。闇の力の象徴である...
4月21日 「語り合い論じ合っていると、イエスご自身が近づいてきて、彼らと一緒に歩いて行かれた」。ルカ24:15 エマオへ行く二人の弟子たちに、主が近づいて一緒に歩いて行かれました。しかし、彼らはイエス様を認めることが...
4月20日 「イエスはよみがえって、ここにはおられない」。マルコ16:6b 今日は主のご復活を記念するイースターです。主はわたしたちの罪を贖うために十字架の死を受けてくださいました。その死によって、私たちは罪を赦され、...
4月19日 「父よ、わたしの霊をみ手にゆだねます」ルカ23:46 十字架上の七言の第七番目です。イエス様は息を引き取られる直前、御自身の魂の取り扱いすらも、父なる神様に全くお委ねになりました。そして神様はイエス様の魂を...
4月18日 「すべてが終った」ヨハネ19:30 十字架上の七言の第六番目です。救い主としてこの世に来てくださったイエス様が、御自身の果たすべき使命を完遂したと宣言された一言です。主は神の御位を捨てたばかりか、命も感情も...
4月17日 「わたしは、かわく」ヨハネ19:28 イエス様が発せられた十字架上の七言の第五番目です。このかわきとは喉の渇きばかりでなく、心の渇き、魂の渇きです。私達に代わって罪人となられたイエス様は、父なる神様との完全...
4月16日 「しかし、わたしの思いのままにではなく、みこころのままになさって下さい」。マタイ26:39 ゲッセマネの園での祈りです。主は十字架の死を目前にして、父なる神様にご自分の思いを打ち明けます。悲しみと恐れの中に...
4月15日 「そのとき、彼らに言われた、『わたしは悲しみのあまり死ぬほどである。ここに待っていて、わたしと一緒に目をさましていなさい』」。マタイ26:38 イエス様は決してスーパーマンではありません。私たちと同じ弱さを...