7月16日
「まことに人はだれも自分をあがなうことはできない。そのいのちの価を神に払うことはできない」。詩篇49:7
私たちは自分の命の代価を支払うことはできません。しかし、神様がひとり子の命をもって、私たちの命の代価を完全に支払って下さいました。そして、私たちをもう一度、神様のものとして、私たちに神の子としての新しい命の生涯を与えて下さったのです。(IK)
今日の通読箇所
7月16日
「まことに人はだれも自分をあがなうことはできない。そのいのちの価を神に払うことはできない」。詩篇49:7
私たちは自分の命の代価を支払うことはできません。しかし、神様がひとり子の命をもって、私たちの命の代価を完全に支払って下さいました。そして、私たちをもう一度、神様のものとして、私たちに神の子としての新しい命の生涯を与えて下さったのです。(IK)
今日の通読箇所
7月15日
「今の時を生かして用い、そとの人に対して賢く行動しなさい。いつも、塩で味つけられた、やさしい言葉を使いなさい。そうすれば、ひとりびとりに対してどう答えるべきか、わかるであろう」。コロサイ4:5,6
料理に塩は不可欠です。少しの塩が素材を引き立てたり、味を引き締めたりします。イエス様は私達を「地の塩」だと言われました。イエス様を信じ御霊に導かれて発する言葉は、場を整え平和を造り出します。(MK)
今日の通読箇所
7月14日
「だから、あなたがたは、神に選ばれた者、聖なる、愛されている者であるから、あわれみの心、慈愛、謙そん、柔和、寛容を身に着けなさい。(中略)これらいっさいのものの上に、愛を加えなさい。愛は、すべてを完全に結ぶ帯である」。コロサイ3:12,14
あわれみ、慈愛、謙そん…、どれも素晴らしいものですが、その上に「愛を加えなさい」と言われます。愛=キリストです。主の十字架の愛によって生かされていることを、いつも感謝して歩みましょう。(MK)
7月13日
「神は、わたしたちを責めて不利におとしいれる証書を、その規定もろともぬり消し、これを取り除いて、十字架につけてしまわれた」。コロサイ2:14
一般社会において罪を犯せば、償いをしても前科として罪の痕が残ります。しかし神様は私達の罪をイエス様の十字架によって赦したとの宣言と共に、その証拠まで処分したとおっしゃるのです。私達の天のお父様は、何と豪快で太っ腹なお方でしょうか。(MK)
今日の通読箇所
7月12日
「御子は、見えない神のかたちであって、すべての造られたものに先だって生れたかたである」。コロサイ1:15
人は肉眼で神様を見ることも、肉声を耳にすることもできません。それ故に自分達では、神様に従って生きるとはどういうことなのかが分かりませんでした。神様は御子イエス様を手本としてこの世に送り、その生き様を聖書に残してくださいました。神様の願いは、私達がイエス様に倣って生活することです。(MK)
今日の通読箇所
7月11日
「み言葉が開けると光を放って、無学な者に知恵を与えます」。詩篇119:130
文語訳では「聖言うちひらくれば光をはなちて愚かなるものをさとからしむ」とあります。私たちは愚かで、何が神様のみ旨であるのかを知ることはできませんが、内にある御言は私たちの心に光を放って、知恵を与え、何がみこころであるかを諭して下さるのです。そのためにも、日々しっかりと、心に御言を蓄えていきましょう。(IK)
今日の通読箇所
7月10日
「けれども主はその大能を知らせようと、み名のために彼らを救われた」。詩篇106:8
イスラエルの民がエジプトを出ていく時、神様はあえてパロ王様の心をかたくなにし、エジプトの軍隊が彼らを追いかけました。前には紅海が迫り、逃げ場のない絶体絶命の場面におかれたのは、主の大能を知らせようとしたからです。私たちも、時に悩みの中を通ります。それは神様が私たちにご自身の大能を知らせようとしておられるのです。(IK)
今日の通読箇所
7月9日
「わたしは主に言う、『あなたはわたしの主、あなたのほかにわたしの幸はない』と」。 詩篇16:2
ダビデはイスラエルの王となり、地位や名誉、そして様々な祝福を受ける者となりました。しかし、ここで「あなたはわたしの主、あなたのほかにわたしの幸はない」と告白しています。そのため、彼は信仰を全うしていくことができたのです。今、私たちは何を幸いとしているでしょうか。(IK)
今日の通読箇所
7月8日
「最後に言う。主にあって、その偉大な力によって、強くなりなさい。悪魔の策略に対抗して立ちうるために、神の武具で身を固めなさい」。エペソ6:10,11
毎日の生活の中には様々なことがあります。笑顔でいることが難しいと感じることもしばしばです。自分の心でありながら自分でコントロールができません。だから私達には祈りが必要です。私達を造られた方が私達の心を静め、また強めてくださるからです。(MK)
今日の通読箇所
7月7日
「あなたがたは、以前はやみであったが、今は主にあって光となっている。光の子らしく歩きなさい――」エペソ5:8
神様は聖なるお方、一点の曇りもない光なるお方です。私達は光である神様に似せて造られましたが、罪によってその光を失ってしまいました。しかし神様は十字架によって罪を取り除き、私達をもう一度光の中に入れてくださったのです。祈りによる主との交わりを絶やさず、光の中に留まり続けましょう。(MK)
今日の通読箇所