我にきたる者は我かならず之を棄てず

10月7日

「父がわたしに与えて下さる者は皆、わたしに来るであろう。そして、わたしに来る者を決して拒みはしない」。ヨハネ6:37

古い訳では「~我に就(き)たる者は我かならず之(これ)を棄(す)てず」です。神様は全ての人を救いたいと願い、私達の人生にイエス様と出会うチャンスを創られます。この導きによってやって来た人を、イエス様は決して棄てないと仰るのです。たとえ人が諦めるような状態でも、イエス様はその魂を諦めていません。(MK)

今日の通読箇所

列王記 下 10章

使徒行伝12章

イエス様は改めて彼の願いを問われました

10月6日

「イエスはその人が横になっているのを見、また長い間わずらっていたのを知って、その人に『なおりたいのか』と言われた」。ヨハネ5:6

 38年もの間病気で苦しんでいた人にかけた、イエス様の言葉です。これに対する彼の返答は、「治りたいです。」ではなく、自分の世話をしてくれる人が居ないことへの不満でした。イエス様は改めて彼の願いを問われました。そしてその手段は神様がお決めになることを現されました。(MK)

今日の通読箇所

列王記 下 9章

使徒行伝11章

自分自身の信仰の実体験に勝る感動はない

10月5日

「彼らは女に言った、『わたしたちが信じるのは、もうあなたが話してくれたからではない。自分自身で親しく聞いて、この人こそまことに世の救主であることが、わかったからである』」。ヨハネ4:42

 素晴らしい信仰の体験談を聞くことは、大きな恵みであり喜びです。しかし自分自身の実体験に勝る感動はないでしょう。イエス様は私達一人ひとりに、いつも語りかけてくださっています。そして主の御声を受け取った感動は、私達の心を生涯潤し続けます。(MK)

今日の通読箇所

列王記 下 8章

使徒行伝10章

全てに神様を認める時、見え方が変わる

10月4日

「イエスは答えて言われた、『よくよくあなたに言っておく。だれでも新しく生れなければ、神の国を見ることはできない』」。ヨハネ3:3

 ニコデモという人がイエス様の素晴らしい奇跡の数々を称賛した際の返答です。イエス様は状況の善し悪しで事を判断するのではなく、全てに神様の支配を認める時、状況の見え方が変わるのだと語られます。この先に起こる十字架という惨たらしい業こそが、神様の愛の結晶だと示唆するためです。(MK)

今日の通読箇所

列王記 下 7章

使徒行伝9章

取り乱し、主が共にいる事を忘れたから

10月3日

「するとイエスは彼らに言われた、『なぜこわがるのか、信仰の薄い者たちよ』」。マタイ8:26a

 弟子たちはイエス様と共に舟にのって、向こう岸へ向かいましたが、途中、嵐によって舟が沈みそうになり、心を取り乱しました。それは波を見て、主が共にいて下さることを忘れたからです。私たちも人生の嵐の中を歩むことがあります。その時、絶えず主を見続けて、恐れずに歩みましょう。(IK)

今日の通読箇所

列王記 下 6章

使徒行伝8章

狭き門とは、神の細き御声を聞きわける事

10月2日

「狭い門からはいれ。滅びにいたる門は大きく、その道は広い。そして、そこからはいって行く者が多い」。マタイ7:13

 世の中でもよく「狭き門」と言われます。しかし、その狭き門は、流行によって、人が集まり、狭き門となっているのです。神様の言われる狭き門とは、そのような人の流行や思いに流されるものではありません。神様の細き御声を聞きわける時、人は命にいたる門を選び取ることができるのです。(IK)

今日の通読箇所

列王記 下 5章

使徒行伝7章

私達は、すでに神の国に生かされています

10月1日

「まず神の国と神の義とを求めなさい。そうすれば、これらのものは、すべて添えて与えられるであろう」。マタイ6:33

 神の国とは神様の支配される国です。それは死んだ後にやって来るのではなく、私たちは、今もすでに神の国に生かされているのです。そして神様は私たちの上に正しいさばきをなしてくださるのです。神様のなさるわざを信じて、今日も一日、主のみ手のうちに歩みましょう。(IK)

今日の通読箇所

列王記 下 4章

使徒行伝6章

イエス様の指示に彼らは素直に従いました

9月30日

「料理がしらは、ぶどう酒になった水をなめてみたが、それがどこからきたのか知らなかったので、(水をくんだ僕たちは知っていた)」。ヨハネ2:9

 イエス様が最初に奇跡を行ったカナの婚礼の箇所です。ぶどう酒がなくなったと聞いたイエス様は、僕たちに大量の水汲みを命じられました。目の前の問題への対処とは到底思えない指示に、彼らは素直に従いました。私達も信仰によって踏み出すなら、主の業を体験する者としていただけます。(MK)

今日の通読箇所

列王記 下 3章

使徒行伝5章

イエス様は神様へ導いてくださる光です

9月29日

「すべての人を照すまことの光があって、世にきた」。ヨハネ1:9

 クリスマスの時によく読まれる箇所です。イエス様がお生まれになった2000年前も、そして今も世界はまるで先の見えない闇のトンネルのようです。多くの人は生きる目的を見失ったまま日々を過ごしています。イエス様は私達を父なる神様のところへ導いてくださる光です。造り主である神様のもとで生きることが、私達にとって最も幸いだからです。(MK)

今日の通読箇所

列王記 下 2章

使徒行伝4章

何を根拠に物事を選択するかが問われます

9月28日

「日を重んじる者は、主のために重んじる。また食べる者も主のために食べる。神に感謝して食べるからである。食べない者も主のために食べない。そして、神に感謝する」。ローマ14:6

 日々に様々な情報が行き来し、昨日の常識が今日の非常識となるような時代です。何を根拠に物事を選択するかが問われます。たとえ時代遅れや非合理的に思えても、主の導きを根拠に選んだ先には、何物にも代え難い平安と感謝があります。(MK)

今日の通読箇所

列王記 下 1章

使徒行伝3章