6月2日
「神は無秩序の神ではなく、平和の神である」。Ⅰコリント14:33
多様性の時代と言われる今日。様々な考え方や生き方があるのは周知の事実です。しかし「自分は自分」と身勝手に振る舞うのではなく、思いやりを持って行動するように、とこの箇所は語ります。神様は一人ひとりに 対し、四角四面の御利益ではなく、オーダーメイドの祝福を与えて下さるお方です。私達も天の父に倣って歩 みましょう。(MK)
今日の通読箇所
6月2日
「神は無秩序の神ではなく、平和の神である」。Ⅰコリント14:33
多様性の時代と言われる今日。様々な考え方や生き方があるのは周知の事実です。しかし「自分は自分」と身勝手に振る舞うのではなく、思いやりを持って行動するように、とこの箇所は語ります。神様は一人ひとりに 対し、四角四面の御利益ではなく、オーダーメイドの祝福を与えて下さるお方です。私達も天の父に倣って歩 みましょう。(MK)
今日の通読箇所
6月1日
「愛は寛容であり、愛は情深い。また、ねたむことをしない。愛は高ぶらない、誇らない、不作法をしない、自分の利益を求めない、いらだたない、恨みをいだかない。不義を喜ばないで真理を喜ぶ。そして、すべてを忍び、すべてを信じ、すべてを望み、すべてを耐える」。Ⅰコリント13:4-7
ここに記されている「愛」を「キリスト」と読み替えると、実にピッタリです。このイエス様の完全な愛によって、今日も私達は生かされているのです。(MK)
今日の通読箇所
5月31日
「聖霊によらなければ、だれも『イエスは主である』と言うことができない」。Ⅰコリント12:3b
弟子達はイエス様のなさる奇跡を、何度も目撃していました。彼らはイエス様が特別な方だと知っていましたが、復活を直ぐに信じることは出来ませんでした。特別な体験も、ありふれた日常も、聖霊の力によってのみ、神様の業であると信じることが出来ます。主の十字架が神様の愛の業であると信じる力もまた、ひとえに聖霊によるものです。 (MK)
今日の通読箇所
5月30日
「目を高くあげて、だれが、これらのものを創造したかを見よ。主は数をしらべて万軍をひきいだし、おのおのをその名で呼ばれる。その勢いの大いなるにより、またその力の強きがゆえに、一つも欠けることはない」。イザヤ40:26。
目を高くあげるとは、だれの作品であるかをみることです。私たちの身の回りの事は、小さな事から大きな事まで、すべてが主のみわざであり、主の作品です。何ひとつ、私たちの力で造り出したものはありません。そして、その神様はすべてをみこころのままに持ち運んで下さるのです。一つも欠けるものはありません。(IK)
今日の通読箇所
5月29日
「しかしハンナは答えた、『いいえ、わが主よ。わたしは不幸な女です。ぶどう酒も濃い酒も飲んだのではありません。ただ主の前に心を注ぎ出していたのです』」。サムエル上1:15
ハンナは子供が与えらず、悩んでいました。その時、彼女は神殿に行き、主の前に心を注ぎ出し、主からの平安を得たのです。私たちも、すべてを注ぎ出さずに心の内に残していると、そこがまた悩みの原因となります。完全に主に注ぎ出すなら、主は私たちの心の不安をすべて取り除いて下さるのです。(IK)
今日の通読箇所
5月28日
「ヤコブの家よ、イスラエルの家の残ったすべての者よ、生れ出た時から、わたしに負われ、胎を出た時から、わたしに持ち運ばれた者よ、わたしに聞け」。イザヤ46:3
私たちは主によって命を与えられ、持ち運ばれ、生かされている者です。その私たちはいろいろな悩みの中を通ります。今の時代、相談するところがいろいろあるように思いますが、まず私たちを持ち運んで下さる主の声を聞くこと、それが私たちにとって、一番の近道であり、また最善の道です。(IK)
今日の通読箇所
5月27日
「だから、あなたがたは、このパンを食し、この杯を飲むごとに、それによって、主がこられる時に至るまで、主の死を告げ知らせるのである」。Ⅰコリント11:26
主の聖餐に与る際の勧めです。イエス様は神の御子であられるのに人となり、私達の罪のために十字架にかかって死んで下さいました。十字架上で裂かれた肉と、流された血潮、この多大なる犠牲の故に救われたことを、忘れるわけにはいきません。(MK)
今日の通読箇所
5月26日
「あなたがたの会った試錬で、世の常でないものはない。神は真実である。あなたがたを耐えられないような試錬に会わせることはないばかりか、試錬と同時に、それに耐えられるように、のがれる道も備えて下さるのである」。Ⅰコリント10:13
主の祈りには「我等を試みに遭わせず悪より救い出し給え」とあります。試練によって神様を離れてしまうことがないように、という意味です。試みの中に置かれる時こそ、主の助けを求め、依り頼みましょう。(MK)
今日の通読箇所
5月25日
「わたしは、すべての人に対して自由であるが、できるだけ多くの人を得るために、自ら進んですべての人の奴隷になった」。Ⅰコリント9:19
アスリートは自分の目標とする結果を出すために、あらゆる面において節制します。パウロもまた、キリストを宣べ伝えるという目的のために、あえて自らを制限の中に置いたと言います。自分の計画とは違う人生も、これが主に与えられた道、と信じて背負って行く時、私達は真に自由です。(MK)
今日の通読箇所
5月24日
「エッサイの株から一つの芽が出、その根から一つの若枝が生えて実を結び、その上に主の霊がとどまる。これは知恵と悟りの霊、深慮と才能の霊、主を知る知識と主を恐れる霊である」。イザヤ11:1,2
今日はペンテコステ、聖霊降臨日です。イエス様は、聖霊が降るとあなたがたは力を受けると仰いました。それでは私達が受けた、聖霊の力とはどのようなものでしょうか。神様を信じ、このお方を敬い、その御心に従う力です。(MK)
今日の通読箇所