天国に行くには一つの方法しかありません

10月21日(水)

「イエスは彼に言われた、『わたしは道であり、真理であり、命である。だれでもわたしによらないでは、父のみもとに行くことはできない』」。ヨハネ14:6

 目的地に向かう時、多くの経路や移動手段があるように、この世の大抵の事には複数の選択肢があり、私達はその中から自分の都合の良いものを選びます。しかし天国に行くためにはイエス様を信じるというたった一つの方法しかありません。でもたった一つで良いのです。(MK)

今日の通読箇所

列王記 下 24章

使徒行伝26章

「後これを知るべし」です

10月20日(火)

「イエスは彼に答えて言われた、『わたしのしていることは今あなたにはわからないが、あとでわかるようになるだろう』」。ヨハネ13:7

 古い訳では「後これを知るべし」です。イエス様は神の御子でありながら、弟子達の足を洗いました。常識外れで破天荒な業です。私達の日常にも思いがけない事が起こります。しかしそこに神様を認めるなら、「ああ、このためだったのか!」という意味を、後に知らせていただけます。(MK)

今日の通読箇所

列王記 下 23章

使徒行伝25章

イエス様の犠牲により、救いに与りました

10月19日(月)

「よくよくあなたがたに言っておく。一粒の麦が地に落ちて死ななければ、それはただ一粒のままである。しかし、もし死んだなら、豊かに実を結ぶようになる」。ヨハネ12:24

 イエス様はご自身を一粒の麦に例えられました。自分の命、感情、魂の取り扱いの一切を父なる神様に委ね、霊肉共に完全に死なれたイエス様の尊い犠牲によって、私達は救いに与りました。イエス様という初穂に結ばれた豊かな実、それは私達です。(MK)

今日の通読箇所

列王記 下 22章

使徒行伝24章

私達には、永遠の命が約束されています

10月18日(日)

「イエスは彼女に言われた、「わたしはよみがえりであり、命である。わたしを信じる者は、たとい死んでも生きる」。ヨハネ11:25

 私達は肉体を持った存在であると同時に、魂を持った霊的な存在でもあります。肉体の命には限りがありますが、イエス様を信じる私達の魂には、永遠の命が約束されています。それがどのように実現するのか私達には分かりません。しかし神様の約束は必ず成就します。(MK)

今日の通読箇所

列王記 下 21章

使徒行伝23章

神様のみ思いは私たちの思いよりも高い

10月17日

「わが思いは、あなたがたの思いとは異なり、わが道は、あなたがたの道とは異なっていると主は言われる。天が地よりも高いように、わが道は、あなたがたの道よりも高く、わが思いは、あなたがたの思いよりも高い」。イザヤ55:8,9
 
 神様の思いは、私たちの思いとは異なり、私たちには理解できないこともあります。しかし、神様の道は私たちの考える道よりも高く、また神様のみ思いは私たちの思いよりも高いのです。たとえ、理解できなくても、その神様のなさるご計画を信じ、その神様に期待し、従う者となりましょう。(IK)

今日の通読箇所

列王記 下 20章

使徒行伝22章

イスラエルの神、主は生きておられます

10月16日

「ギレアデのテシベに住むテシベびとエリヤはアハブに言った、『わたしの仕えているイスラエルの神、主は生きておられます。わたしの言葉のないうちは、数年雨も露もないでしょう』」。列王紀上17:1

 エリヤが預言者として仕えた時代は、アハブ王が国を支配していた時代であり、暗黒の時代でした。その中にあって、エリヤは「わたしの仕えているイスラエルの神、主は生きておられます」と信じて、主に仕えていきました。今がどんな時代であっても、主は生きておられます。私たちもその主ご自身を望みとして、今日も信仰に立って歩みましょう。(IK)

今日の通読箇所

列王記 下 19章

使徒行伝21章

主を恐れるとは、畏れ敬うことです

10月15日

「主を恐れる人はだれか。主はその選ぶべき道をその人に教えられる」。詩篇25:12
 
 主を恐れるとは、主を怖がることではありません。神様が私たちを生かしておられることを信じ、畏れ敬うことです。そしてそのお方を私の主とすることです。その時、神様は私たちに何をすべきかを教えて下さいます。そして、その道を歩む力も神様が与えて下さるのです。(IK)

今日の通読箇所

列王記 下 18章

使徒行伝20章

私達はサタンの攻撃に太刀打ちできません

10月14日

「わたしはよい羊飼である。よい羊飼は、羊のために命を捨てる。——わたしはよい羊飼であって、わたしの羊を知り、わたしの羊はまた、わたしを知っている」。ヨハネ10:11,14

私達は羊です。立派な角もなければ、足も速くありません。私達の心を神様から引き離そうとするサタンの攻撃に、到底太刀打ちできません。イエス様は命がけで私達を守ってくださる羊飼いです。この方を信頼する時、私達の心は安心、安全です。(MK)

今日の通読箇所

列王記 下 17章

使徒行伝19章

望まない事は何が原因か、誰が悪いのか

10月13日

「イエスは答えられた、『本人が罪を犯したのでもなく、また、その両親が犯したのでもない。ただ神のみわざが、彼の上に現れるためである」。ヨハネ9:3

 望まない出来事に遭遇する時、人はつい犯人捜しをしてしまいます。何が原因か、誰が悪いのか。しかし「万物は、神からいで、神によって成り、神に帰する」(ローマ11)のです。悪だと思っていた出来事の中にも神様を認めるなら、そこが新たな恵みの出発点になります。(MK)

今日の通読箇所

列王記 下 16章

使徒行伝18章

人は罪の大小を自分勝手に決めようとする

10月12日

「彼らが問い続けるので、イエスは身を起して彼らに言われた、『あなたがたの中で罪のない者が、まずこの女に石を投げつけるがよい』」。ヨハネ8:7

 ローマ書には「義人はいない」と明言されています。全ての人は神様の前に罪人です。しかし人はつい、罪の大小を自分勝手に決めようとしてしまいます。私達はみなイエス様の十字架による救いを受けた者です。この恵みを感謝こそすれ、他人を石撃つことなどできません。(MK)

今日の通読箇所

列王記 下 15章

使徒行伝17章