日々の聖言 私達には、永遠の命が約束されています Posted on 2026年10月18日 by goodnewsme / 0件のコメント 10月18日(日) 「イエスは彼女に言われた、「わたしはよみがえりであり、命である。わたしを信じる者は、たとい死んでも生きる」。ヨハネ11:25 私達は肉体を持った存在であると同時に、魂を持った霊的な存在でもあります。肉体の命には限りがありますが、イエス様を信じる私達の魂には、永遠の命が約束されています。それがどのように実現するのか私達には分かりません。しかし神様の約束は必ず成就します。(MK) 今日の通読箇所 列王記 下 21章 使徒行伝23章
日々の聖言 神様のみ思いは私たちの思いよりも高い Posted on 2026年10月17日 by goodnewsme / 0件のコメント 10月17日 「わが思いは、あなたがたの思いとは異なり、わが道は、あなたがたの道とは異なっていると主は言われる。天が地よりも高いように、わが道は、あなたがたの道よりも高く、わが思いは、あなたがたの思いよりも高い」。イザヤ55:8,9 神様の思いは、私たちの思いとは異なり、私たちには理解できないこともあります。しかし、神様の道は私たちの考える道よりも高く、また神様のみ思いは私たちの思いよりも高いのです。たとえ、理解できなくても、その神様のなさるご計画を信じ、その神様に期待し、従う者となりましょう。(IK) 今日の通読箇所 列王記 下 20章 使徒行伝22章
日々の聖言 イスラエルの神、主は生きておられます Posted on 2026年10月16日 by goodnewsme / 0件のコメント 10月16日 「ギレアデのテシベに住むテシベびとエリヤはアハブに言った、『わたしの仕えているイスラエルの神、主は生きておられます。わたしの言葉のないうちは、数年雨も露もないでしょう』」。列王紀上17:1 エリヤが預言者として仕えた時代は、アハブ王が国を支配していた時代であり、暗黒の時代でした。その中にあって、エリヤは「わたしの仕えているイスラエルの神、主は生きておられます」と信じて、主に仕えていきました。今がどんな時代であっても、主は生きておられます。私たちもその主ご自身を望みとして、今日も信仰に立って歩みましょう。(IK) 今日の通読箇所 列王記 下 19章 使徒行伝21章
日々の聖言 主を恐れるとは、畏れ敬うことです Posted on 2026年10月15日 by goodnewsme / 0件のコメント 10月15日 「主を恐れる人はだれか。主はその選ぶべき道をその人に教えられる」。詩篇25:12 主を恐れるとは、主を怖がることではありません。神様が私たちを生かしておられることを信じ、畏れ敬うことです。そしてそのお方を私の主とすることです。その時、神様は私たちに何をすべきかを教えて下さいます。そして、その道を歩む力も神様が与えて下さるのです。(IK) 今日の通読箇所 列王記 下 18章 使徒行伝20章
日々の聖言 私達はサタンの攻撃に太刀打ちできません Posted on 2026年10月14日 by goodnewsme / 0件のコメント 10月14日 「わたしはよい羊飼である。よい羊飼は、羊のために命を捨てる。——わたしはよい羊飼であって、わたしの羊を知り、わたしの羊はまた、わたしを知っている」。ヨハネ10:11,14 私達は羊です。立派な角もなければ、足も速くありません。私達の心を神様から引き離そうとするサタンの攻撃に、到底太刀打ちできません。イエス様は命がけで私達を守ってくださる羊飼いです。この方を信頼する時、私達の心は安心、安全です。(MK) 今日の通読箇所 列王記 下 17章 使徒行伝19章
日々の聖言 望まない事は何が原因か、誰が悪いのか Posted on 2026年10月13日 by goodnewsme / 0件のコメント 10月13日 「イエスは答えられた、『本人が罪を犯したのでもなく、また、その両親が犯したのでもない。ただ神のみわざが、彼の上に現れるためである」。ヨハネ9:3 望まない出来事に遭遇する時、人はつい犯人捜しをしてしまいます。何が原因か、誰が悪いのか。しかし「万物は、神からいで、神によって成り、神に帰する」(ローマ11)のです。悪だと思っていた出来事の中にも神様を認めるなら、そこが新たな恵みの出発点になります。(MK) 今日の通読箇所 列王記 下 16章 使徒行伝18章
日々の聖言 人は罪の大小を自分勝手に決めようとする Posted on 2026年10月12日 by goodnewsme / 0件のコメント 10月12日 「彼らが問い続けるので、イエスは身を起して彼らに言われた、『あなたがたの中で罪のない者が、まずこの女に石を投げつけるがよい』」。ヨハネ8:7 ローマ書には「義人はいない」と明言されています。全ての人は神様の前に罪人です。しかし人はつい、罪の大小を自分勝手に決めようとしてしまいます。私達はみなイエス様の十字架による救いを受けた者です。この恵みを感謝こそすれ、他人を石撃つことなどできません。(MK) 今日の通読箇所 列王記 下 15章 使徒行伝17章
日々の聖言 神様は最善のタイミングを計っておられる Posted on 2026年10月11日 by goodnewsme / 0件のコメント 10月11日 「そこでイエスは彼らに言われた、『わたしの時はまだきていない。しかし、あなたがたの時はいつも備わっている」。ヨハネ7:6 イエス様はその御生涯の間、常に「時」を大切にしておられました。現代社会は全てが猛スピードで進みますが、神様は実に臨機応変です。悠久の時の中で、最善のタイミングを計っておられるからです。今日も神様は私達に、最も良いことを最も良いタイミングで実現してくださいます。(MK) 今日の通読箇所 列王記 下 14章 使徒行伝16章
日々の聖言 信仰で大切なのは、自分がどう信じるか Posted on 2026年10月10日 by goodnewsme / 0件のコメント 10月10日 「そこでイエスは彼らに言われた、『それでは、あなたがたはわたしをだれと言うか』」。マタイ16:15 イエス様は弟子たちに「あなたはわたしをだれと言うか」と問われました。信仰において大切なのは、人がどうであるかではなく、自分がどう信じるかです。ペテロが「あなたこそ生ける神の子キリストです」と告白したように、私たちも主を私の救い主と信じて歩み出しましょう。(IK) 今日の通読箇所 列王記 下 13章 使徒行伝15章
日々の聖言 心を配っているうちにイエス様を見失った Posted on 2026年10月9日 by goodnewsme / 0件のコメント 10月9日 「主は答えて言われた、『マルタよ、マルタよ、あなたは多くのことに心を配って思いわずらっている』」。」ルカ11:41 マルタはイエス様が来られた時、真っ先に喜んで、主をお迎えしました。しかし、いろいろな事に心を配っているうちに、大切なイエス様を見失ってしまったのです。私たちの心も一つで、二つのことをすることはできません。なくてならないものを見失って、心を乱すことのないように、気をつけましょう。(IK) 今日の通読箇所 列王記 下 12章 使徒行伝14章