6月26日
「誘惑に陥らないように、目をさまして祈っていなさい。心は熱しているが、肉体が弱いのである」。マルコ14:38
私たちの周りには様々な誘惑があふれています。そのような誘惑に自分の力では打ち勝つことはできません。誘惑に負けない方法はただ一つ、祈ることです。祈る時、神様は私たちを助け、力を与えて、主に喜ばれる道を選ぶことができるように、私たちを導いてくださいます。(IK)
今日の通読箇所
6月26日
「誘惑に陥らないように、目をさまして祈っていなさい。心は熱しているが、肉体が弱いのである」。マルコ14:38
私たちの周りには様々な誘惑があふれています。そのような誘惑に自分の力では打ち勝つことはできません。誘惑に負けない方法はただ一つ、祈ることです。祈る時、神様は私たちを助け、力を与えて、主に喜ばれる道を選ぶことができるように、私たちを導いてくださいます。(IK)
今日の通読箇所
6月25日
「すべての道で主を認めよ、そうすれば、主はあなたの道をまっすぐにされる」。箴言3:6
自分の人生を見ていると、あっちにぶつかり、こっちにぶつかりと、曲がりくねった日々を過ごしているように思います。しかし、それは主を認めないからです。主が導いておられることを認めると、神様が私たちをまっすぐな道に導いておられることに気づかされ、心に感謝と喜びが与えられます。(IK)
6月24日
「しかし、驚くには及ばない。サタンも光の天使に擬装するのだから」。Ⅱコリント11:14
サタンと聞くと、黒装束に身を包んだ恐ろしい姿を想像します。そのような分かりやすい出立ならば遠ざけてお終いですが、天使に偽装すると言うのですから厄介です。勝手知ったる日常の中に、ありふれたやり取りの中に、サタンは巧みに働き、私達の心から神様の存在を薄らがせます。祈りによる主との交わりが減っている時は要注意です。(MK)
今日の通読箇所
6月23日
「さて、『あなたがたの間にいて面と向かってはおとなしいが、離れていると、気が強くなる』このパウロが、キリストの優しさ、寛大さをもって、あなたがたに勧める」。Ⅱコリント10:1
聖書の中で最も有名な弟子の一人であるパウロですが、様々な陰口を叩かれることも少なくありませんでした。私達はみなこの地上にあっては発展途上です。主の愛に満たされ、絶えず平安をいただいて生きるには、祈りと御霊の力による外ありません。(MK)
今日の通読箇所
6月22日
「わたしの考えはこうである。少ししかまかない者は、少ししか刈り取らず、豊かにまく者は、豊かに刈り取ることになる」。Ⅱコリント9:6
なるべく小さな労力で、できるだけ大きな結果を生もうとするコスパの時代。しかし信仰においては逆だと言います。放蕩に身を持ち崩した息子を受け入れるような、被造物のために命を捨てるような、とてつもない無駄遣いをなさる神様の報いを信じ、愛に生きよと言うのです。(MK)
今日の通読箇所
6月21日
「もし心から願ってそうするなら、持たないところによらず、持っているところによって、神に受けいれられるのである」。Ⅱコリント8:12
私達は主に喜ばれる生き方がしたいと願いつつも、そう出来ない理由を見つけては立ちすくんでしまいます。8節には「愛の純真さをため」すとあります。行いの完璧さではなく、思いの純粋さが問われています。まず今日も、霊とまこととをもって礼拝をし、主への愛を表そうではありませんか。(MK)
今日の通読箇所
6月20日
「彼らはその悩みのうちに主に呼ばわったので、主は彼らをその悩みから助け出し、住むべき町に行き着くまで、まっすぐな道に導かれた」。詩篇107:6,7
私たちは思い通りに行かないと、自分の人生は右往左往しているかのように思います。しかし、神様はそんな私たちの人生を、主のご計画に従って、まっすぐな道へと導いておられるのです。祈りつつ、今日も主の備えて下さった道を、まっすぐに歩んで行きましょう。(IK)
今日の通読箇所
6月19日
「だから、すべての汚れや、はなはだしい悪を捨て去って、心に植えつけられている御言を、すなおに受け入れなさい。御言には、あなたがたのたましいを救う力がある」。ヤコブ1:21
神様の御言には、私たちのたましいを救う力があります。ただその力を受けるのに、私たちに必要なのは、すなおに受け入れることです。理解できようが、できまいが、「お言葉ですから」とそのまま信じるなら、神様の力を受けることができます。(IK)
今日の通読箇所
6月18日
「何事も思い煩ってはならない。ただ、事ごとに、感謝をもって祈と願いとをささげ、あなたがたの求めるところを神に申し上げるがよい」。ピリピ4:6
「事ごとに祈れ」と言われます。それは神様の導きは、一人一人によって、また同じ人であっても時と場合によって違うからです。見えるところは同じように思えても、自分の知識や経験に頼るのではなく、祈って、主の導きに従い、主の与えようとしておられる最高の恵みを受け取る者になりましょう。(IK)
今日の通読箇所
6月17日
「神のみこころに添うた悲しみは、悔いのない救を得させる悔改めに導き、この世の悲しみは死をきたらせる」。Ⅱコリント7:10
自ら悲しみを背負いたいと言う人は居ないでしょう。しかしイエス様は「悲しんでいる人たちは、さいわいである」(マタイ5:4)と語られました。試練の中で救いを求めて祈る時、神様を最も近くに感じることができるからです。全ての道で主を認めるなら、無意味なことは何一つありません。(MK)
今日の通読箇所