5月4日
「キリスト・イエスにあっては、割礼があってもなくても、問題ではない。尊いのは、愛によって働く信仰だけである」。ガラテヤ5:6
情報番組では「タイパ(時間対効果)」「コスパ(費用対効果)」という言葉が飛び交い、いかに要領良く、大きな成果を出すかが問われる世の中です。しかしイエス様は、結果ではなく、動機を問われます。例えどんなに小さくても、主の十字架の愛に感謝して行う業を喜んで下さいます。(MK)
今日の通読箇所
4月29日
「このように、あなたがたは子であるのだから、神はわたしたちの心の中に、「アバ、父よ」と呼ぶ御子の霊を送って下さったのである」。ガラテヤ4:6
「アバ」は子どもが父親を呼ぶ時に使う「パパ」「父さん」のような言葉です。これほど親しい呼び方を許してくださるのは、何時でも何処でも何度でも、御自身を呼び求める者となって欲しい。私はいつもあなたと共に居るのだから、という神様の大きな愛のゆえでしょう。(MK)
今日の通読箇所
4月28日
「このようにして律法は、信仰によって義とされるために、わたしたちをキリストに連れて行く養育掛となったのである」。ガラテヤ3:24
律法は神様が与えて下さった善いものですが、私達はそれを守ることができません。その力がないからです。しかし律法を完全に守り切ってくださったイエス様を信じることを通し、私達は義と認められ、新しい律法である“御霊の導き”に従う者へと造り変えていただけるのです。(MK)
今日の通読箇所
4月27日
「御霊で始めたのに、今になって肉で仕上げるというのか」。ガラテヤ3:3b
新年度に入り一か月が過ぎようとしています。新しい取り組みやチャレンジが与えられると、私達は熱心に祈ります。しかしそれが軌道に乗り、要領が分かってくるにつれ、次第に祈りの熱量が下がってきてしまうのは、“信仰生活あるある”ではないでしょうか。今日という一日を祈りで始め、感謝で締めくくることができますように。(MK)
今日の通読箇所
4月26日
「生きているのは、もはや、わたしではない。キリストが、わたしのうちに生きておられるのである。しかし、わたしがいま肉にあって生きているのは、わたしを愛し、わたしのためにご自身をささげられた神の御子を信じる信仰によって、生きているのである」。ガラテヤ2:20
イエス様の十字架の死によって、自分のために生きていたかつての私達は死にました。そしてイエス様の復活を通し、主のために生きる私達へと造り変えられたのです。(MK)
今日の通読箇所
4月25日
「主は言われる、わたしがあなたがたに対していだいている計画はわたしが知っている。それは災を与えようというのではなく、平安を与えようとするものであり、あなたがたに将来を与え、希望を与えようとするものである」。エレミヤ29:11
私たちについての計画を知っているのは、神様です。そしてその計画は、平安、将来、希望を与えるものです。先の事はわからないため、私たちは時に不安になりますが、主の約束を信じて、主の平安を受け取る者となりましょう。(IK)
今日の通読箇所