9月12日
「われわれの神、主は、われわれが呼び求める時、つねにわれわれに近くおられる。いずれの大いなる国民に、このように近くおる神があるであろうか」。申命記4:7
イスラエルの民は決して力強い民ではありませんでした。しかし、彼らは主の民として、常に主が近くにいて、主に祈ることができたのです。それが神の民としてのイスラエルの幸いでした。今、私たちも同じです。神様は私たちの近くにおられます。信仰をもって、日々祈り求めていきましょう。(IK)
今日の通読箇所
9月12日
「われわれの神、主は、われわれが呼び求める時、つねにわれわれに近くおられる。いずれの大いなる国民に、このように近くおる神があるであろうか」。申命記4:7
イスラエルの民は決して力強い民ではありませんでした。しかし、彼らは主の民として、常に主が近くにいて、主に祈ることができたのです。それが神の民としてのイスラエルの幸いでした。今、私たちも同じです。神様は私たちの近くにおられます。信仰をもって、日々祈り求めていきましょう。(IK)
今日の通読箇所
9月11日
「すると主の軍勢の将はヨシュアに言った、『あなたの足のくつを脱ぎなさい。あなたが立っている所は聖なる所である』。ヨシュアはそのようにした」。ヨシュア5:15
エリコの城を前に思案していたヨシュアに、神様は「あなたの足のくつを脱ぎなさい」と命じられました。それは神様こそ主であり、自分はしもべであることを認めることです。私たちも悩みの中におかれる時、いつのまにか自分が主になり、慌てふためいてしまいます。主のしもべとなりきって、主の平安をいただきましょう。(IK)
今日の通読箇所
9月10日
「イエスはこれを聞いて非常に感心され、ついてきた人々に言われた、『よく聞きなさい。イスラエル人の中にも、これほどの信仰を見たことがない』」。マタイ8:10
イエス様が百卒長の信仰をほめられた言葉です。百卒長はしもべの病気を必ずいやして下さると信じて、ただ主のお言葉を求めました。それは彼が神様が権威あるお方であると信じていたからです。今、私たちもその神様の権威の下にあります。神様は私たちの上にも、どんなこともおできになるお方です。(IK)
今日の通読箇所
9月9日
「不法をゆるされ、罪をおおわれた人たちは、さいわいである。罪を主に認められない人は、さいわいである」。ローマ4:7,8
この直前には、アブラハムとダビデについて記されています。信仰の勇者とも言うべき両者ですが、彼らもまた弱さを持った人間でした。行いによるなら到底義人とは言えない自分を知りつつも、主から目を逸らすことをしなかった彼らの信仰を、神様は義とされました。(MK)
今日の通読箇所
9月8日
「それは、イエス・キリストを信じる信仰による神の義であって、すべて信じる人に与えられるものである。そこにはなんらの差別もない」。ローマ3:22
この箇所の前には、「義人はいない、ひとりもいない」。と辛辣な言葉が記されています。誰一人義人ではないのに、全ての人を義人として受け入れる用意が神様にはあると言うのです。この規格外の約束こそが、イエス・キリストの十字架を通して与えられた福音です。(MK)
今日の通読箇所
9月7日
「なぜなら、神には、かたより見ることがないからである」。ローマ2:11
多様性という言葉が浸透してきた現代社会でも、神様ほど多様に対応なさる方はいないでしょう。人間の性情性格は実に様々ですが、私達は表に出る限られた言動を社会通念に照らし合わせ、その善し悪しを判断することしかできません。しかし神様は私達の心の中を隈なくご覧になり、一人ひとりが御霊の与える良心に従って生活しているかを、公正公平に判断されます。(MK)
今日の通読箇所
9月6日
「神の見えない性質、すなわち、神の永遠の力と神性とは、天地創造このかた、被造物において知られていて、明らかに認められるからである。したがって、彼らには弁解の余地がない」。ローマ1:20
私達は肉眼で神様を見ることはできません。それゆえに多くの人は神などいないと言います。しかし壮大な宇宙、移り行く季節、造形美あふれる動植物、何より丹精込めて造られた私達人間を通し、神様の力は常に表わされているのです。(MK)
今日の通読箇所
9月5日
「しかしイスラエルのさんびの上に座しておられるあなたは聖なるおかたです」。詩篇22:3
日々の歩みにおいて、思いがけないことが起こると、私たちは主を見失うことがあります。しかし、神様は私たちのさんびの上に座しておられるのです。私たちが主をさんびし、ほめたたえて歩む時、主は私たちと共にいて下さるのです。主をさんびし、ほめたたえる一日を過ごしましょう。(IK)
今日の通読箇所
9月4日
「ある者は戦車を誇り、ある者は馬を誇る。しかしわれらは、われらの神、主のみ名を誇る」。詩篇20:7
この世の中にも、いろいろと頼みとなりそうだと思うものがあります。しかし、いざという時には、人の力は何の頼みにもならないのです。私たちの心に平安に与えることができるのは、ただ神様だけです。今日も一日、主のみ名を誇りとして、主に信頼して歩みましょう。(IK)
今日の通読箇所
9月3日
「悪しき者のはかりごとに歩まず、罪びとの道に立たず、あざける者の座にすわらぬ人はさいわいである。このような人は主のおきてをよろこび、昼も夜もそのおきてを思う」。詩篇1:1,2
この世の中は様々な人の思いがあふれています。そのような中で、正しい道を選び、歩むことは困難なことかもしれません。しかし、主のおきて(主のみことば)をよろこび、昼も夜もそのおきてを思うならば、私たちはそのような悪しき思いから守られるのです。今日も主のみ言葉を携えて歩みましょう。(IK)
今日の通読箇所