8月18日
「兄弟よ。わたしは、あなたの愛によって多くの喜びと慰めとを与えられた。聖徒たちの心が、あなたによって力づけられたからである」。ピレモン7
イエス・キリストを信じて救いにあずかった私達の内には、主の霊、聖霊がお住まいです。聖霊の光は山の上にある町のように(マタイ5:14)輝きを放ちます。兄弟姉妹との交わりの中で喜びや慰めを受ける時、私達はその人の内におられるイエス様の愛を受けているのです。(MK)
今日の通読箇所
8月18日
「兄弟よ。わたしは、あなたの愛によって多くの喜びと慰めとを与えられた。聖徒たちの心が、あなたによって力づけられたからである」。ピレモン7
イエス・キリストを信じて救いにあずかった私達の内には、主の霊、聖霊がお住まいです。聖霊の光は山の上にある町のように(マタイ5:14)輝きを放ちます。兄弟姉妹との交わりの中で喜びや慰めを受ける時、私達はその人の内におられるイエス様の愛を受けているのです。(MK)
今日の通読箇所
8月17日
「これは、わたしたちが、キリストの恵みによって義とされ、永遠のいのちを望むことによって、御国をつぐ者となるためである」。テトス3:7
人は救われてなお、自らに弱さや欠けを覚えます。しかしキリストの十字架による救いを感謝し、永遠のいのちを信じて生きる心には御霊が働かれます。御霊は私達を助け、イエス様の弟妹として御国を継ぐにふさわしい者へ造り変えてくださいます。(MK)
今日の通読箇所
8月16日
「このキリストが、わたしたちのためにご自身をささげられたのは、わたしたちをすべての不法からあがない出して、良いわざに熱心な選びの民を、ご自身のものとして聖別するためにほかならない」。テトス2:14
イエス様は神の御子であられるのに、御自身の全てを十字架上でささげ、私達の罪をきよめてくださいました。さらに神様は私達を名実ともにきよいものにしようと、聖霊を送り日々のわざを導いておられます。(MK)
今日の通読箇所
8月15日
「このように、わたしたちは、信仰によって義とされたのだから、わたしたちの主イエス・キリストにより、神に対して平和を得ている。」ローマ5:1
私たちは今、神との平和によって、希望を与えられています。しかし、それは私たちの行いによるのではなく、信仰によって義とされたからです。イエス様を信じ、罪赦され、神の子としていただいたのは、ただ一方的な恵みによるのです。その時、私たちの心には喜びがあふれてくるのです。(IK)
今日の通読箇所
8月14日
「あなたは祈る時、自分のへやにはいり、戸を閉じて、隠れた所においでになるあなたの父に祈りなさい。すると、隠れた事を見ておられるあなたの父は、報いてくださるであろう」。マタイ6:6
私たちがひとり静かに祈る時、誰がこの祈りを聞いて下さるのだろうかと思うかもしれません。しかし、神様は私たちの隠れた祈りにも絶えず耳を傾けておられます。そのことを信じて、祈りましょう。必ず神様は報いてくださいます。(IK)
今日の通読箇所
8月13日
「あなたがたの会った試錬で、世の常でないものはない。神は真実である。あなたがたを耐えられないような試練に会わせることはないばかりか、試錬と同時に、それに耐えられるように、のがれる道も備えて下さるのである」。Ⅰコリント10:13
神様は真実なお方です。私たちを試錬に会わせたとしても、その試錬は耐えられないものではなく、そして、必ずその時、共にのがれる道をも用意しておられるのです。詩篇には「神はわれらの避け所である」とくり返しうたわれています。悩める私たちが身を寄せるところを神様は必ず用意しておられるのです。(IK)
今日の通読箇所
8月12日
「いつも喜んでいなさい。絶えず祈りなさい。すべての事について、感謝しなさい。これが、キリスト・イエスにあって、神があなたがたに求めておられることである」。Ⅰテサロニケ5:16-18
信仰者としての理想のかたちであると同時に、神様からの大きな宿題にも思えます。喜びも感謝も祈りも、到底「いつも」とは言えない私達を、それでも愛し赦し生かしてくださる神様を、昨日より少しでも長く思っていることのできる今日でありますように。(MK)
今日の通読箇所
8月11日
「そして、あなたがたに命じておいたように、つとめて落ち着いた生活をし、自分の仕事に身をいれ、手ずから働きなさい」。Ⅰテサロニケ4:11
信仰を持ったからといって、仙人のように雲や霞を食べて生きていくわけにはいきません。勉強や仕事や家事、しなければならないことが様々にあります。しかしそれらを主に与えられた私の使命と心得て務めるなら、日常生活さえも主を証しする業に変えられます。(MK)
今日の通読箇所
8月10日
「そして、どうか、わたしたちの主イエスが、そのすべての聖なる者と共にこられる時、神のみまえに、あなたがたの心を強め、清く、責められるところのない者にして下さるように」。Ⅰテサロニケ3:13
イエス様を信じて救われた後も、自分自身の内に働く罪の性質に私達は度々苦しみます。人は自分で自分を清めることはできませんが、イエス様にはそれができます。御霊の指し示す道を選び、父なる神様を一途に求める主の清さに与りましょう。(MK)
今日の通読箇所
8月9日
「かえって、わたしたちは神の信任を受けて福音を託されたので、人間に喜ばれるためではなく、わたしたちの心を見分ける神に喜ばれるように、福音を語るのである」。Ⅰテサロニケ2:4
福音とは良き知らせです。すなわち神様が私達を造り、愛ゆえにキリストの十字架によって罪をきよめ、神の子としてくださったという聖書の御言葉です。この福音を信じて生きるとき、神様が私達の心を喜んでくださるのです。(MK)
今日の通読箇所