イスラエルの神、主は生きておられます

10月16日

「ギレアデのテシベに住むテシベびとエリヤはアハブに言った、『わたしの仕えているイスラエルの神、主は生きておられます。わたしの言葉のないうちは、数年雨も露もないでしょう』」。列王紀上17:1

 エリヤが預言者として仕えた時代は、アハブ王が国を支配していた時代であり、暗黒の時代でした。その中にあって、エリヤは「わたしの仕えているイスラエルの神、主は生きておられます」と信じて、主に仕えていきました。今がどんな時代であっても、主は生きておられます。私たちもその主ご自身を望みとして、今日も信仰に立って歩みましょう。(IK)

今日の通読箇所

列王記 下 19章

使徒行伝21章

主を恐れるとは、畏れ敬うことです

10月15日

「主を恐れる人はだれか。主はその選ぶべき道をその人に教えられる」。詩篇25:12
 
 主を恐れるとは、主を怖がることではありません。神様が私たちを生かしておられることを信じ、畏れ敬うことです。そしてそのお方を私の主とすることです。その時、神様は私たちに何をすべきかを教えて下さいます。そして、その道を歩む力も神様が与えて下さるのです。(IK)

今日の通読箇所

列王記 下 18章

使徒行伝20章

私達はサタンの攻撃に太刀打ちできません

10月14日

「わたしはよい羊飼である。よい羊飼は、羊のために命を捨てる。——わたしはよい羊飼であって、わたしの羊を知り、わたしの羊はまた、わたしを知っている」。ヨハネ10:11,14

私達は羊です。立派な角もなければ、足も速くありません。私達の心を神様から引き離そうとするサタンの攻撃に、到底太刀打ちできません。イエス様は命がけで私達を守ってくださる羊飼いです。この方を信頼する時、私達の心は安心、安全です。(MK)

今日の通読箇所

列王記 下 17章

使徒行伝19章

望まない事は何が原因か、誰が悪いのか

10月13日

「イエスは答えられた、『本人が罪を犯したのでもなく、また、その両親が犯したのでもない。ただ神のみわざが、彼の上に現れるためである」。ヨハネ9:3

 望まない出来事に遭遇する時、人はつい犯人捜しをしてしまいます。何が原因か、誰が悪いのか。しかし「万物は、神からいで、神によって成り、神に帰する」(ローマ11)のです。悪だと思っていた出来事の中にも神様を認めるなら、そこが新たな恵みの出発点になります。(MK)

今日の通読箇所

列王記 下 16章

使徒行伝18章

人は罪の大小を自分勝手に決めようとする

10月12日

「彼らが問い続けるので、イエスは身を起して彼らに言われた、『あなたがたの中で罪のない者が、まずこの女に石を投げつけるがよい』」。ヨハネ8:7

 ローマ書には「義人はいない」と明言されています。全ての人は神様の前に罪人です。しかし人はつい、罪の大小を自分勝手に決めようとしてしまいます。私達はみなイエス様の十字架による救いを受けた者です。この恵みを感謝こそすれ、他人を石撃つことなどできません。(MK)

今日の通読箇所

列王記 下 15章

使徒行伝17章

神様は最善のタイミングを計っておられる

10月11日

「そこでイエスは彼らに言われた、『わたしの時はまだきていない。しかし、あなたがたの時はいつも備わっている」。ヨハネ7:6

イエス様はその御生涯の間、常に「時」を大切にしておられました。現代社会は全てが猛スピードで進みますが、神様は実に臨機応変です。悠久の時の中で、最善のタイミングを計っておられるからです。今日も神様は私達に、最も良いことを最も良いタイミングで実現してくださいます。(MK)

今日の通読箇所

列王記 下 14章

使徒行伝16章

信仰で大切なのは、自分がどう信じるか

10月10日
「そこでイエスは彼らに言われた、『それでは、あなたがたはわたしをだれと言うか』」。マタイ16:15

 イエス様は弟子たちに「あなたはわたしをだれと言うか」と問われました。信仰において大切なのは、人がどうであるかではなく、自分がどう信じるかです。ペテロが「あなたこそ生ける神の子キリストです」と告白したように、私たちも主を私の救い主と信じて歩み出しましょう。(IK)

今日の通読箇所

列王記 下 13章

使徒行伝15章

心を配っているうちにイエス様を見失った

10月9日
「主は答えて言われた、『マルタよ、マルタよ、あなたは多くのことに心を配って思いわずらっている』」。」ルカ11:41

 マルタはイエス様が来られた時、真っ先に喜んで、主をお迎えしました。しかし、いろいろな事に心を配っているうちに、大切なイエス様を見失ってしまったのです。私たちの心も一つで、二つのことをすることはできません。なくてならないものを見失って、心を乱すことのないように、気をつけましょう。(IK)

今日の通読箇所

列王記 下 12章

使徒行伝14章

求められる事は、主を知ろうと願う事です

10月8日
「わたしたちは主を知ろう、せつに主を知ることを求めよう。主はあしたの光のように必ず現れいで、冬の雨のように、わたしたちに臨み、春の雨のように地を潤される」。ホセア6:3

 神様は私たちに主を知る者となって欲しいと願っておられます。そのために、私たちに求められることは、主を知ろうと願うことです。私たちがせつに主を知ることを祈り求めていくならば、至るところに、主はご自身のおられることを明らかにして下さるのです。(IK)

今日の通読箇所

列王記 下 11章

使徒行伝13章

我にきたる者は我かならず之を棄てず

10月7日

「父がわたしに与えて下さる者は皆、わたしに来るであろう。そして、わたしに来る者を決して拒みはしない」。ヨハネ6:37

古い訳では「~我に就(き)たる者は我かならず之(これ)を棄(す)てず」です。神様は全ての人を救いたいと願い、私達の人生にイエス様と出会うチャンスを創られます。この導きによってやって来た人を、イエス様は決して棄てないと仰るのです。たとえ人が諦めるような状態でも、イエス様はその魂を諦めていません。(MK)

今日の通読箇所

列王記 下 10章

使徒行伝12章