常に「主を前に置く」ことを努めたのです

3月2日

「わたしは常に主をわたしの前に置く。主がわたしの右にいますゆえ、わたしは動かされることはない」。詩篇16:8

 信仰の人、ダビデ王のことばです。一国の王として、担わされた重責はいかほどであったでしょうか。その心労たるや測りがたいものです。しかし、彼は常に「主を前に置く」ことを努めたのです。今、あなたの前にはなにが置かれていますか。老後の事、子供の事、健康の不安、等々、主を見失っていませんか。(KE)

今日の通読箇所

レビ記14章

コリント人への第一の手紙9章

焦らず、主を仰いで待ちましょう

3月1日

「わが魂よ、何ゆえうなだれるのか。何ゆえわたしのうちに思いみだれるのか。神を待ち望め。わたしはなおわが助け、わが神なる主をほめたたえるであろう」。詩篇43:5

人は弱いもので、ふと耳にした人の言葉や、テレビやネットを通して見聞きしたたわいもない言葉に心が萎え、不安と思い煩いの嵐に悩まされます。一旦、傾き始めた心は何をしても容易く戻りません。そこから逃れるただ一つの道が「神を待ち望む」ことです。心に広がった不安を吹き払う時を神様は備えてくださいます。焦らず、主を仰いで待ちましょう。(KE)

今日の通読箇所

レビ記13章

コリント人への第一の手紙8章

応戦ではなく祈りによって平和を生む

2月28日

「もしあなたのあだが飢えているならば、パンを与えて食べさせ、もしかわいているならば水を与えて飲ませよ。こうするのは、火を彼のこうべに積むのである、主はあなたに報いられる」。箴言25:21,22

 スリヤ軍が攻め込んで来た際、神様は預言者エリシャの祈りに応え、敵軍の目を閉ざされました。イスラエルにとっては反撃のチャンスでしたが、エリシャは彼らにパンと水を与えるよう命じ、和平を得ます。応戦ではなく祈りによって平和を生む道があります。(MK)

今日の通読箇所

レビ記12章

コリント人への第一の手紙7章

聖霊の力とサタンの力が働いています

2月27日

「あなたが、われわれはこれを知らなかったといっても、心をはかる者はそれを悟らないであろうか。あなたの魂を守る者はそれを知らないであろうか。彼はおのおのの行いにより、人に報いないであろうか」。箴言24:12

 私達の心にはいつも、私達を神様に近づける聖霊の力と、神様から遠ざけようとするサタンの力が働いています。その働きは人には見えませんが、神様は私達がどちらの力を選ぶかをご覧になり、またそれに報いられます。(MK)

今日の通読箇所

レビ記11章

コリント人への第一の手紙6章

笑顔は自分も周囲も幸せにします

2月26日

怒る者と交わるな、憤る人と共に行くな。それはあなたがその道にならって、みずから、わなに陥ることのないためである。箴言22:24,25

感情は人に伝染します。いつも怒っている人、イライラしている人の側に居ると、こちらも心がトゲトゲしてしまいます。『Smile』という賛美の歌詞に『(Smileは)神様がくれたすばらしい贈り物、幸せを運び減ることがない』とあります。神様の愛に満たされて笑顔でいるなら、自分も周囲も幸せになります。(MK)

今日の通読箇所

レビ記10章

コリント人への第一の手紙5章

主の御心はこの世に反するからです

2月25日

「地上に平和をもたらすために、わたしがきたと思うな。平和ではなく、つるぎを投げ込むためにきたのである」。マタイ10:34

物騒な話です。イエス様は「平和の君」と言われたはずです。しかし、この世にあって、主に従おうとすると、平穏無事とは言えません。なぜなら、主の御心はこの世の肉につける生き様に反するからです。御心を知りつつ、この世に妥協して生きるなら、楽な道でしょう。しかし、それでは滅びです。今日も主は、あなたはどちらに就くかと問われます。(KE)

今日の通読箇所

レビ記9章

コリント人への第一の手紙4章

信じ切れないがゆえに失望するのです

2月24日

「み衣にさわりさえすれば、なおしていただけるだろう、と心の中で思っていたからである」。マタイ9:21

12年間、病に苦しんでいた女がイエス様に癒していただこうと、主に近づき、衣にさわったところ、瞬時に病は癒されました。万策尽きた彼女は、最後の希望を主に託したのです。大切なのは、彼女自身が触れば癒されると固く信じた事です。多くの人々は主に触れていながら、信じ切れないがゆえに失望するのです。(KE)

今日の通読箇所

レビ記8章

コリント人への第一の手紙3章

あなたが分を越えて言う事はいりません

2月23日

「キリストは彼のためにも、死なれたのである」。ローマ14:15c

人はしばしば自分と同じようでない人を非難したり、区別・差別したりします。時に、そのことによって、相手を最悪死に追いやることになることがあります。相手の考えや行動が自分と違っても、神様はその方をも大切に思われ、命がけで愛しておられることに思いを向けてください。その方の生き様を、主が「良し」としておられるのですから、あなたが分を越えて、あれこれ言う事はいりません。(KE)

今日の通読箇所

レビ記7章

コリント人への第一の手紙2章

復讐しても気持ちはすっきりしません

2月22日
「愛する者たちよ。自分で復讐をしないで、むしろ、神の怒りに任せなさい」。ローマ12:19a

不当な扱いを受けたり、言われなき中傷を受ける時、黙って忍ぶことができず、言葉によると、業によるとに関わらず、復讐しようとします。しかし、復讐して、気持ちがすっきりするかと言うと、そうはなりません。仕返しをした後に落ち込む自己嫌悪、寂寥感などに心は重く沈みます。主は言われます、『復讐はわたしのすること』と。主を見上げて、委ねましょう。(KE)

レビ記6章

コリント人への第一の手紙1章

私達も通り良き管となりましょう

2月21日

「王の心は、主の手のうちにあって、水の流れのようだ、主はみこころのままにこれを導かれる」。箴言21:1

キリストやメシヤという言葉は『油注がれた者』という意味です。かつてイスラエルの王達は、主の選びによって任職の油を注がれて登位した『キリスト』でした。キリストの役目は、神様の御心を汲み取り、水の流れの様に上から下に運ぶことです。聖霊の油を注がれた私達もまた通り良き管として、神様の御心を汲み流す者となりましょう。

今日の通読箇所

レビ記5章

ローマ人への手紙16章