イエス様の犠牲により、救いに与りました

10月19日(月)

「よくよくあなたがたに言っておく。一粒の麦が地に落ちて死ななければ、それはただ一粒のままである。しかし、もし死んだなら、豊かに実を結ぶようになる」。ヨハネ12:24

 イエス様はご自身を一粒の麦に例えられました。自分の命、感情、魂の取り扱いの一切を父なる神様に委ね、霊肉共に完全に死なれたイエス様の尊い犠牲によって、私達は救いに与りました。イエス様という初穂に結ばれた豊かな実、それは私達です。(MK)

今日の通読箇所

列王記 下 22章

使徒行伝24章

私達には、永遠の命が約束されています

10月18日(日)

「イエスは彼女に言われた、「わたしはよみがえりであり、命である。わたしを信じる者は、たとい死んでも生きる」。ヨハネ11:25

 私達は肉体を持った存在であると同時に、魂を持った霊的な存在でもあります。肉体の命には限りがありますが、イエス様を信じる私達の魂には、永遠の命が約束されています。それがどのように実現するのか私達には分かりません。しかし神様の約束は必ず成就します。(MK)

今日の通読箇所

列王記 下 21章

使徒行伝23章

神様のみ思いは私たちの思いよりも高い

10月17日

「わが思いは、あなたがたの思いとは異なり、わが道は、あなたがたの道とは異なっていると主は言われる。天が地よりも高いように、わが道は、あなたがたの道よりも高く、わが思いは、あなたがたの思いよりも高い」。イザヤ55:8,9
 
 神様の思いは、私たちの思いとは異なり、私たちには理解できないこともあります。しかし、神様の道は私たちの考える道よりも高く、また神様のみ思いは私たちの思いよりも高いのです。たとえ、理解できなくても、その神様のなさるご計画を信じ、その神様に期待し、従う者となりましょう。(IK)

今日の通読箇所

列王記 下 20章

使徒行伝22章

イスラエルの神、主は生きておられます

10月16日

「ギレアデのテシベに住むテシベびとエリヤはアハブに言った、『わたしの仕えているイスラエルの神、主は生きておられます。わたしの言葉のないうちは、数年雨も露もないでしょう』」。列王紀上17:1

 エリヤが預言者として仕えた時代は、アハブ王が国を支配していた時代であり、暗黒の時代でした。その中にあって、エリヤは「わたしの仕えているイスラエルの神、主は生きておられます」と信じて、主に仕えていきました。今がどんな時代であっても、主は生きておられます。私たちもその主ご自身を望みとして、今日も信仰に立って歩みましょう。(IK)

今日の通読箇所

列王記 下 19章

使徒行伝21章

主を恐れるとは、畏れ敬うことです

10月15日

「主を恐れる人はだれか。主はその選ぶべき道をその人に教えられる」。詩篇25:12
 
 主を恐れるとは、主を怖がることではありません。神様が私たちを生かしておられることを信じ、畏れ敬うことです。そしてそのお方を私の主とすることです。その時、神様は私たちに何をすべきかを教えて下さいます。そして、その道を歩む力も神様が与えて下さるのです。(IK)

今日の通読箇所

列王記 下 18章

使徒行伝20章

私達はサタンの攻撃に太刀打ちできません

10月14日

「わたしはよい羊飼である。よい羊飼は、羊のために命を捨てる。——わたしはよい羊飼であって、わたしの羊を知り、わたしの羊はまた、わたしを知っている」。ヨハネ10:11,14

私達は羊です。立派な角もなければ、足も速くありません。私達の心を神様から引き離そうとするサタンの攻撃に、到底太刀打ちできません。イエス様は命がけで私達を守ってくださる羊飼いです。この方を信頼する時、私達の心は安心、安全です。(MK)

今日の通読箇所

列王記 下 17章

使徒行伝19章

望まない事は何が原因か、誰が悪いのか

10月13日

「イエスは答えられた、『本人が罪を犯したのでもなく、また、その両親が犯したのでもない。ただ神のみわざが、彼の上に現れるためである」。ヨハネ9:3

 望まない出来事に遭遇する時、人はつい犯人捜しをしてしまいます。何が原因か、誰が悪いのか。しかし「万物は、神からいで、神によって成り、神に帰する」(ローマ11)のです。悪だと思っていた出来事の中にも神様を認めるなら、そこが新たな恵みの出発点になります。(MK)

今日の通読箇所

列王記 下 16章

使徒行伝18章

人は罪の大小を自分勝手に決めようとする

10月12日

「彼らが問い続けるので、イエスは身を起して彼らに言われた、『あなたがたの中で罪のない者が、まずこの女に石を投げつけるがよい』」。ヨハネ8:7

 ローマ書には「義人はいない」と明言されています。全ての人は神様の前に罪人です。しかし人はつい、罪の大小を自分勝手に決めようとしてしまいます。私達はみなイエス様の十字架による救いを受けた者です。この恵みを感謝こそすれ、他人を石撃つことなどできません。(MK)

今日の通読箇所

列王記 下 15章

使徒行伝17章

神様は最善のタイミングを計っておられる

10月11日

「そこでイエスは彼らに言われた、『わたしの時はまだきていない。しかし、あなたがたの時はいつも備わっている」。ヨハネ7:6

イエス様はその御生涯の間、常に「時」を大切にしておられました。現代社会は全てが猛スピードで進みますが、神様は実に臨機応変です。悠久の時の中で、最善のタイミングを計っておられるからです。今日も神様は私達に、最も良いことを最も良いタイミングで実現してくださいます。(MK)

今日の通読箇所

列王記 下 14章

使徒行伝16章

信仰で大切なのは、自分がどう信じるか

10月10日
「そこでイエスは彼らに言われた、『それでは、あなたがたはわたしをだれと言うか』」。マタイ16:15

 イエス様は弟子たちに「あなたはわたしをだれと言うか」と問われました。信仰において大切なのは、人がどうであるかではなく、自分がどう信じるかです。ペテロが「あなたこそ生ける神の子キリストです」と告白したように、私たちも主を私の救い主と信じて歩み出しましょう。(IK)

今日の通読箇所

列王記 下 13章

使徒行伝15章