8月9日
「かえって、わたしたちは神の信任を受けて福音を託されたので、人間に喜ばれるためではなく、わたしたちの心を見分ける神に喜ばれるように、福音を語るのである」。Ⅰテサロニケ2:4
福音とは良き知らせです。すなわち神様が私達を造り、愛ゆえにキリストの十字架によって罪をきよめ、神の子としてくださったという聖書の御言葉です。この福音を信じて生きるとき、神様が私達の心を喜んでくださるのです。(MK)
今日の通読箇所
8月9日
「かえって、わたしたちは神の信任を受けて福音を託されたので、人間に喜ばれるためではなく、わたしたちの心を見分ける神に喜ばれるように、福音を語るのである」。Ⅰテサロニケ2:4
福音とは良き知らせです。すなわち神様が私達を造り、愛ゆえにキリストの十字架によって罪をきよめ、神の子としてくださったという聖書の御言葉です。この福音を信じて生きるとき、神様が私達の心を喜んでくださるのです。(MK)
今日の通読箇所
8月8日
「わたしはいと高き神に呼ばわります。わたしのためにすべての事をなしとげられる神に呼ばわります」。詩篇57: 2
ダビデは悩みの中で、繰り返し主に呼ばわりました。それは神様こそがわたしのためにすべての事をなしとげられるお方であると信じていたからです。その神様は、ダビデだけでなく、今、私たちの上にもすべての事をなし遂げて下さるのです。私たちも主に呼ばわる者となりましょう。(IK)
今日の通読箇所
8月7日
「恐れてはならない、わたしはあなたと共にいる。驚いてはならない、わたしはあなたの神である。わたしはあなたを強くし、あなたを助け、わが勝利の右の手をもって、あなたをささえる」。イザヤ41:10
聖書の中で、神様は私たちに「恐れるな」と語られます。しかし、それは私たちは力があるからではありません。主が共にいて下さるからです。そして主は私たちを強くし、助け、支えて下さるのです。今日もその主のみ手のうちにあることを忘れないで、主の力によって、強く、雄々しく歩みましょう。(IK)
今日の通読箇所
8月6日
「彼らは互に言った、『道々お話しになったとき、また聖書を説き明かしてくださったとき、お互の心が内に燃えたではないか』」。ルカ24:32
イエス様が十字架にかかられ、失望落胆した弟子たちを励ましたのは、人の言葉ではなく、聖書の御言葉でした。そのように、今も神様は私たちの心を御言葉によって燃やして、力を与えて下さるのです。今日も御言葉に耳を傾け、心を燃やして、主に従う者となりましょう。(IK)
今日の通読箇所
8月5日
「わたしは戦いをりっぱに戦いぬき、走るべき行程を走りつくし、信仰を守りとおした。今や、義の冠がわたしを待っているばかりである」。Ⅱテモテ4:7-8a
パウロは繰り返し、信仰は戦いであると語ります。誰の人生にも少なくない試練があるでしょう。その助けと解決を何に求めるでしょうか。神様に求めるなら神様が報いてくださると、彼は曇りなく信じていました。私達もこの信仰に続く者となりましょう。(MK)
今日の通読箇所
8月4日
「聖書は、すべて神の霊感を受けて書かれたものであって、人を教え、戒め、正しくし、義に導くのに有益である」。Ⅱテモテ3:16
聖書66巻は神様があらゆる人の手を用いて記させた書物です。人の考えは時代や地域によっていくらでも変化しますが、神様のお考えはその言葉とともに永遠に変わることがありません。神様は天地万物の創造主であり、私達の救いのために御子をお与えになった愛なるお方である、これが聖書の語る永遠の真理です。(MK)
今日の通読箇所
8月3日
「ダビデの子孫として生れ、死人のうちからよみがえったイエス・キリストを、いつも思っていなさい」。Ⅱテモテ2:8
「WWJD」と刻まれたグッズが流行った時期がありました。「こんな時イエス様ならどうするだろうか?」という意味が込められています。私達の日常生活の場は、同時に私達がキリストに仕える場でもあります。「今ここで主の御心を行うことができますように。」との祈りを心の内に絶やさずにいたいものです。(MK)
今日の通読箇所
8月2日
「というのは、神がわたしたちに下さったのは、臆する霊ではなく、力と愛と慎みとの霊なのである」。Ⅱテモテ1:7
私達は信仰による勇気をもって日々を過ごしたいと願います。置かれた状況、自分の能力や持ち物を見るなら手に余ると思われるような事がらでも、目の前の小さな業にまず取り掛かろうではありませんか。いきなり全てを完璧に出来なくても、祈って踏み出した一歩に神様の結実があると期待して。(MK)
8月1日
「あなたの家に住み、常にあなたをほめたたえる人はさいわいです。その力があなたにあり、その心がシオンの大路にある人はさいわいです」。詩篇84:3,4
主の家に住むさいわいとは、4節にあるように、私たちの力が主にあること、私たちの心がシオンの大路にあることです。その人はどのような中にあっても、神様の恵みをおぼえ、感謝し、主をほめたたえることができるのです。今、私たちの力はどこにあるでしょうか。私たちの心はどこにあるでしょうか。(IK)
今日の通読箇所
7月31日
「来て、主のみわざを見よ、主は驚くべきことを地に行われた」。詩篇46:8
神様は、私たちの理解をこえた、はるかに大きなみわざをなされます。イザヤ書には「わたしは荒野に道を設け、さばくに川を流れさせる」(イザヤ43:19)とあります。私たちの目から見ると、荒野や砂漠のように、望みなく思われる所にも、主は驚くべきことを行われるのです。主のもとへ行き、その主のみわざを見せていただきましょう。(IK)
今日の通読箇所