6月12日
「主はわたしに言われた、『あなたの見たとおりだ。わたしは自分の言葉を行おうとして見張っているのだ』」。エレミヤ1:12
神様は私たちに対してただ御言葉を行うように命じておられるのではありません。私たちに御言葉を与えると共に、その御言葉を私たちのうちに実行しようとたえず見守っていて下さるのです。主が見ておられることを忘れずに、主御言葉に従う一日を送りましょう。(IK)
今日の通読箇所
6月12日
「主はわたしに言われた、『あなたの見たとおりだ。わたしは自分の言葉を行おうとして見張っているのだ』」。エレミヤ1:12
神様は私たちに対してただ御言葉を行うように命じておられるのではありません。私たちに御言葉を与えると共に、その御言葉を私たちのうちに実行しようとたえず見守っていて下さるのです。主が見ておられることを忘れずに、主御言葉に従う一日を送りましょう。(IK)
今日の通読箇所
6月11日
「主の恵みふかきことを味わい知れ、主に寄り頼む人はさいわいである」。詩篇34:10
聖書では「主は恵みふかく、そのいつくしみはとこしえに絶えることがない」と繰り返しうたわれています。その主が恵みふかいお方であることを知るには、まず私たちが主に寄り頼むことです。ダビデは絶体絶命の中で、主に寄り頼みました。その結果、主が恵みふかい方であることを知ることができたのです。(IK)
今日の通読箇所
6月10日
「わたしたちはみな、顔おおいなしに、主の栄光を鏡に映すように見つつ、栄光から栄光へと、主と同じ姿に変えられていく。これは霊なる主の働きによるのである」。Ⅱコリント3:18
神様は人間を御自身に似せて創造されましたが、人はその光栄を、罪によって放棄してしまいました。しかしイエス様の十字架の犠牲によって、もう一度この資格を与えて頂きました。主の姿にはまだ程遠い私達を、御霊は今日も、耐強く導いてくださいます。(MK)
今日の通読箇所
6月9日
「しかるに、神は感謝すべきかな。神はいつもわたしたちをキリストの凱旋に伴い行き、わたしたちをとおしてキリストを知る知識のかおりを、至る所に放って下さるのである」。Ⅱコリント2:14
『置かれた場所で咲きなさい』という本があります。今いる所は神様があなたを植えた場所。そこで最善を尽くし幸せになりましょう、というのです。例えそれがどんな場所でも、イエス様が先導して勝利を与えて下さいます。(MK)
今日の通読箇所
6月8日
「神は、いかなる患難の中にいる時でもわたしたちを慰めて下さり、また、わたしたち自身も、神に慰めていただくその慰めをもって、あらゆる患難の中にある人々を慰めることができるようにして下さるのである」。Ⅱコリント1:4
人生には様々な患難がありますが、その中で神様に祈り、力を受けて立ち上がります。主はそのような私達を、今度は慰めを持ち運ぶ器としてくださいます。受けた者は、与えられる喜びを知っているからです。(MK)
今日の通読箇所
6月7日
「主イエスの恵みが、あなたがたと共にあるように。わたしの愛が、キリスト・イエスにあって、あなたがた一同と共にあるように」。Ⅰコリント16:23,24
パウロは各地の教会宛に多くの手紙を書きました。その最後を必ず、「主イエスの恵みがあるように」、と締めくくります。どんなに篤い思いがあっても、私達が人に対してできることは限られています。しかしイエス様の祝福を祈ることは、いつでも、どこでもできます。(MK)
今日の通読箇所
6月3日
「しかし、神の恵みによって、わたしは今日あるを得ているのである」。Ⅰコリント15:10a
別の訳には「神の恵みによって、私は今の私になりました。」とあります。生かされているというだけでなく、成長させてくださる神様の恵みが語られています。私達は終生、発展途上ですが、今日までお守りくださった神様が、この先も導き恵んでくださるとの希望が、このみ言葉からキラキラとこぼれ落ちてくるようです。(MK)
今日の通読箇所