人が持っているものはすべて神様からもらったものばかりです

3月26日
「あなたの持っているもので、もらっていないものがあるか。もしもらっているなら、なぜもらっていないもののように誇るのか」。第一コリント4:7

私たちの生活に必要なもの、どんなものでも、神様によって備えられたものです。健康も、財も、家族も、仕事も、どれ一つとっても、人が自分で何もないところから造ったと言えるものはありません。有形無形を問わず、人が持っているものはすべて神様からもらったものばかりです。そうでありながら、どうして神様を押しのけて、まるで自分のもののごとく誇り高ぶるのでしょうか。今一度、謙遜になって、主に感謝しようではありませんか。(KE)

まことの光である神の御子をあなたの心に迎えてください

3月25日
「すべての人を照すまことの光があって、世にきた」。ヨハネ1:9

今は闇の世の時代です。前後左右、どこを見ても、何も見えない真っ暗闇の中を手探りで生きているようなものです。そのため、しばしば障害にぶつかり、思わぬ穴に落ちます。常に不安と恐れ、悲しみと怒りなどに捕らわれて、ひと時も楽しめないでいます。このような暗やみの世界にまことの光である神の御子が来られたのです。神様は曇りもなく、汚れもない純粋な光のような方です。あなたの心にこの方を迎えてください。世界が変わります。(KE)

導きに従っていなければ、主にお会いすることは叶いません

3月24日
「だから、目をさましていなさい。いつの日にあなたがたの主がこられるか、あなたがたには、わからないからである」。マタイ24:42

万物が失われる終末の時、イエス様はまたこの世に来られると約束されています。主にお目にかかる日が早かれと願うことですが、では、そのための備えは出来ているかと問われます。この世にあって、ご聖霊の力にゆだね、その導きに従って歩んでいなければ、主にお会いすることは叶いません。今の時代、大震災の起こることに備えようといろんな手立てを尽くします。同様に、主にお会いするための備えをしっかり整えましょう。(KE)

愛すべき神様は「あなたの神」です

3月23日
「心をつくし、精神をつくし、思いをつくし、力をつくして、主なるあなたの神を愛せよ」。マルコ12:30

律法学者がイエス様にどの戒めが第一のものかと問われた時の答えです。世間にも人の道を説く言説が多くあります。それらの大半は人と人との在り方、言うならば人の倫(みち)を説くことばかりです。イエス様が言われるのは、万物の創造者である神様を愛することこそ、人が第一にすべきだと。しかも、愛すべき神様は「あなたの神」です。この土台をしっかりと整えたのち、「あなたの隣り人を愛せよ」と勧められています。(KE)

愛すべき神様は「あなたの神」です

3月22日
「心をつくし、精神をつくし、思いをつくし、力をつくして、主なるあなたの神を愛せよ」。マルコ12:30

律法学者がイエス様にどの戒めが第一のものかと問われた時の答えです。世間にも人の道を説く言説が多くあります。それらの大半は人と人との在り方、言うならば人の倫(みち)を説くことばかりです。イエス様が言われるのは、万物の創造者である神様を愛することこそ、人が第一にすべきだと。しかも、愛すべき神様は「あなたの神」です。この土台をしっかりと整えたのち、「あなたの隣り人を愛せよ」と勧められています。(KE)

肉体が失われてすべてが消え去るのではありません

3月21日
「復活の時には、彼らはめとったり、とついだりすることはない。彼らは天にいる御使のようなものである」。マタイ22:30

人は必ず肉体の死を迎えます。多くの人々はそのことを知っていますが、大切なのはその後のことです。肉体が失われてすべてが消え去るのではありません。人には神様に与えられた霊魂があります。体の束縛を解かれて、魂は主の御許で休息が与えられ、終末のとき、新しい霊の体に甦ります。それは天使のように神様に仕え、礼拝する者となります。そこでは死も痛みも、苦しみも、また涙も消え去り、栄光の体となるのです。(KE)

主はあなたに「主に帰れ、神に帰れ」と呼びかけておられます

3月20日
「招かれる者は多いが、選ばれる者は少ない」。マタイ22:14

イエス様を信じて救われるのは、あなたの努力や、熱心なわざによるのではありません。神様の一方的な招きと選びによるのです。今の時代にも、神様は多くの人々を救いへと招いておられますが、それに応答して救われる人のいかに少ないことか。具体的な日々の出来事を通して、主はあなたに「主に帰れ、神に帰れ」と呼びかけておられます。主の招きの声を聞くならば、躊躇せず主を求めて救いを受けてください。(KE)

主はご自分のことを今も私たちに問いかけておられます

3月19日
「そこでイエスは彼らに言われた、『それでは、あなたがたはわたしをだれと言うか』」。マタイ16:15

主は弟子たちにご自分のことを何者だと言うか、と問われました。それは彼らにだけでなく、今も私たちに問いかけておられます。主の問いにあなたはなんと答えるでしょうか。この時、ペテロはすぐに「あなたこそ、生ける神の子キリストです」と答えました。彼の答えはまさに満点です。私達も彼のようにイエス様を救い主(すべてのものの)と固く信じて、今置かれた境遇の中で、主を実体験しましょう。(KE)

自分のことがさっぱり見えていないものです

3月18日
「なぜ、兄弟の目にあるちりを見ながら、自分の目にある梁を認めないのか」。ルカ6:41

人の目は前にあるものを見ることが出来ますが、自分や後ろをいつも見ているわけではありません。そのため、前にいる人たちのことが大小構わずよく目に付く。それに反して、自分のことがさっぱり見えていない。梁とは屋根を支える木組みです。見逃すことのないもの、チリは小さなものです。人のことをあげつらうより、まずは自分の姿を知るべきです。(KE)

あなたは神様のものなのです

3月17日
「するとイエスは言われた、『カイザルのものはカイザルに、神のものは神に返しなさい』」。マルコ12:17

ユダヤ人の指導者たちがイエス様に尋ねます。「税金を納めるべきか」と。当時の貨幣に刻印された肖像を見て言われた言葉です。それはまた私たちが誰のものであるかを語っています。神様は神のカタチに人を造られました。私達が神様に帰属する証です。あなたは神様のものなのです。私達は時間も健康も、財も家族も、神様のものを盗んでいるのではないでしょうか。今日の一日もあなたは神のもの、「神に返しなさい」。(KE)