あなたを恐れさせるものはなんでしょうか

3月6日
「ダビデは、これらの言葉を心におき、ガテの王アキシをひじょうに恐れたので、……」。サムエル上21:12

人は恐れる時、とても弱くなります。殊に人の言葉によって恐れをいだくことが多くあります。この時、ダビデはサウル王を恐れて逃げ出し、敵であるペリシテ人のところへ逃げ込みます。しかし、そこも安心な場所ではありません。人々がダビデに気づいて噂話をするのを聞いて、その言葉に捕らわれ、恐れはなお一層強くなり、とんでもない振る舞いをすることになります。あなたを恐れさせるものはなんでしょうか。まただれの言葉でしょうか。(KE)

しかし、主の見るところは「こころ」です

3月5日
「わたしが見るところは人とは異なる。人は外の顔かたちを見、主は心を見る」。サムエル上16:7

祭司サムエルは主に導かれエッサイの家へ行き、その息子たちの中から次なる王を選ぶことになった。立派な息子たちを順次面接するが、神様は拒まれる。その時祭司に語った神様の言葉です。人を評価する時、体格や風貌など見えるところに従って定めようとします。しかし、主の見るところは「こころ」です。これは人に隠せても、神様には隠せません。すべてを見て、知っておられます。(KE)

神様はひとたび約束したことを決して破棄しません

3月4日
「わたしはあなたのとがを雲のように吹き払い、あなたの罪を霧のように消した。わたしに立ち返れ、わたしはあなたをあがなったから」。イザヤ44:22

神様はご自分が選んだ民、イスラエルが神様を離れ、捨てようとも、神様は捨てなさいません。どんな事態になろうとも、ひとたび約束したことを決して破棄しない。これが神様の真実です。そればかりか、主に対する罪と咎とをことごとく取り除いて、サタンの力から解放してくださったのです。今日も、自分がどんな状態にあろうとも、神様はあなたを見捨てず、「わたしに立ち返れ」と招いておられます。(KE)

聖書が語る夜とは今の時代です

3月3日
「ドマについての託宣。セイルからわたしに呼ばわる者がある、『夜回りよ、今は夜のなんどきですか、夜回りよ、今は夜のなんどきですか』」。
イザヤ21:11

今でこそ、夜は様々な電飾で輝き、夜を感じさせない風景ですが、まともな照明がなかった時代、夜は漆黒の闇でした。闇には悪がはびこり、犯罪もおきます。聖書が語る夜とは今の時代です。夜は必ず明ける時がきます。夜明けとともに朝日がのぼり、命にあふれる活動が始まるごとく、夜のこの世が終わる終末の時が間近に迫っています。今の時代がどんなであれ、夜明けを望んで、慎ましく生きようではありませんか。(KE)

多くの恵みをいただいたのに神様を忘れたのです

3月2日
「牛はその飼主を知り、ろばはその主人のまぐさおけを知る。しかしイスラエルは知らず、わが民は悟らない」。イザヤ1:3

イスラエル民族はアブラハムによって始まった神様の民です。どれほど多くの恵みを主からいただいたことか、言い尽くすことができません。しかしイスラエルは神様を忘れ、他の神々を慕ったのです。まさしく忘恩無礼な輩というほかありません。それはまた私たちのことです。主の十字架の死をもって贖われながら、主を忘れている。今一度、悔い改めて主に帰りましょう。(KE)

神様のご愛にどれほど応答しているでしょうか

3月1日
「岩の裂け目、がけの隠れ場におるわがはとよ、あなたの顔を見せなさい。あなたの声を聞かせなさい。あなたの声は愛らしく、あなたの顔は美しい」。雅歌2:14

これは神様から私たちに向けられた恋歌です。ひとり子すら惜しまないほどに愛して下さる神様のご愛にどれほど応答しているでしょうか。神様の顔を避けて、隠れ潜むあなたに主は呼びかけておられるのです。主の声に応えて、私達も主を心から力いっぱい愛する者となろうではありませんか。(KE)

神様はうろたえ、右往左往してはならないと言われます

2月28日
「あなたがたは立ち返って、落ち着いているならば救われ、穏やかにして信頼しているならば力を得る」。イザヤ30:15

人は予期しない事態や思いがけない出来事に遭遇する時、うろたえます。右往左往して、なんとか事態を乗り切ろうと焦るのです。しかし、神様はそうであってはならないと言われます。まず、「立ち返る」こと。万物の創造者、神様が居ますことと、自分が非力な造られた者に過ぎないことを認めるのです。そうする時、神様を中心に据えた心の秩序が整います。その結果、神様の不思議な力を体験することができます。(KE)

長寿は幸福とはなりません

「罪びとで百度悪をなして、なお長生きするものがあるけれども、神をかしこみ、み前に恐れをいだく者には幸福があることを、わたしは知っている」。伝道8:12

長生きすることが幸せだと思い、どんな手段を使ってでも長生きを願う人がいます。しかし、長寿は幸福とはなりません。たとい短命であっても、幸福だったと満足できる人生ほど幸せはありません。幸せを感じさせるものは神様によってあたえられるものです。(KE)

何遍同じことを祈ろうとも主は聞いてくださるのです

2月26日
「主よ、朝ごとにあなたはわたしの声を聞かれます」。詩篇5:3

人は話を繰り返されるとうんざりします。“またその話か”と言われそうですが、主はわたしたちの祈りを忍耐強く聞いてくださいます。何遍同じことを祈ろうとも主はけっして拒むことなく、新鮮な思いを持って聞いてくださるのです。「朝ごとに」とはそのようなことです。ですから、気がかりなことがあるならば、何度でも祈り、心に安心が得られるまで繰り返し祈りましょう。主は聞いてくださいます。(KE)

これからの行く末も神様は備えています

2月25日
「あなたの若い日に、あなたの造り主を覚えよ」。伝道12:1

人は自分の力で生まれてきたのではありません。神様によって造られた者です。ただ造っただけで、後は勝手にせよというのではもちろんありません。造った方は、最後まで面倒を見てくださいます。今日も「生きよ」と、あなたに健康を与え、住まいを備え、雨を降らせ、陽を照らして、日々の糧を満たしておられます。これからの行く末も神様は備えています。浅はかな知恵で事を図らず、神様の創造の御業に自らをゆだねようではありませんか。(KE)