これからの行く末も神様は備えています

2月25日
「あなたの若い日に、あなたの造り主を覚えよ」。伝道12:1

人は自分の力で生まれてきたのではありません。神様によって造られた者です。ただ造っただけで、後は勝手にせよというのではもちろんありません。造った方は、最後まで面倒を見てくださいます。今日も「生きよ」と、あなたに健康を与え、住まいを備え、雨を降らせ、陽を照らして、日々の糧を満たしておられます。これからの行く末も神様は備えています。浅はかな知恵で事を図らず、神様の創造の御業に自らをゆだねようではありませんか。(KE)

愚かな者の心を変えることが出来ません

2月23日
「愚かな者をうすに入れ、きねをもって、麦と共にこれをついても、その愚かさは去ることがない」。箴言27:22

聖書にもこんな愉快な言葉があります。「愚かな者」とは神様を認めようとしない人のことです。どんなことをしても、愚かな者の心を変えることが出来ません。それほど人は頑固です。イエス様を売ったユダはまさに愚かな者でした。彼ははっきりあなたが私を裏切ると言われながら、平気で悪行をやり遂げます。まことに救いがたい愚か者と言えます。(KE)

賛美することによって、喜びに満たされるからです

2月22日
「しかしイスラエルのさんびの上に座しておられるあなたは聖なるおかたです」。詩篇22:3

信仰生活にあって、祈りや聖書を読むことは不可欠なことですが、さらにもう一つ大切なのは主を賛美する、歌うことです。私達は事あるたびに賛美します。クリスチャンは人が死んだ葬儀でも歌っていると驚かれたことがあります。賛美することによって、心に主の霊が注がれ、力に満たされ、悲しみも、恐れも、不安も取り除かれて、喜びに満たされるからです。あなたも賛美してください。(KE)

相手の気に入るような言動に終始するでしょう

2月21日
「わが岩、わがあがないぬしなる主よ、どうか、わたしの口の言葉と、心の思いがあなたの前に喜ばれますように」。詩篇19:14

今日、あなたは誰に喜ばれようとしていますか。この詩篇の記者ダビデは神様に喜ばれることを願いました。私達が人に喜ばれようとするとき、自分を偽り、相手の気に入るような言動に終始するでしょう。その結果、自分の中にどす黒い感情が溜まってきます。一方、神様に喜ばれる歩みをするとき、心は澄み、曇りのないものとなります。(KE)

自信のない彼が頼りとしたのは神様だけです

2月20日
「神よ、わたしをお守りください。わたしはあなたに寄り頼みます」。詩篇16:1

これはダビデ王が詠った詩の一節です。彼は無名の羊飼いでした。神様の選びによってイスラエル王国の王となりました。自信のない彼が頼りとしたのは神様だけで、自分の能力や、支えてくれる仲間たちでもなかった。彼は神様だけに信頼し、その顧みを願ったのです。今日もあなたが人を頼まず主に信頼するなら、大いなる祝福を得ることが出来ます。(KE)

神様はあなたの「心のうち」を見ておられます

2月19日
「愚かな者は心のうちに、『神はない』と言う」。詩篇14:1

愚かな者とは学校の成績が良いとか、悪いとかに関係はありません。たとい、学業成績優秀で、品行方正であろうと、神様を認めて、畏れ尊ぶ人でなければ、人格円満な人にはなれません。神様はあなたの「心のうち」を見ておられます。どんな境遇に置かれようとも、常に神様を敬い、神様を愛するなら、その人は神様にも、人にも尊ばれ敬われます。人生の勝利者とはそのような人のことではないでしょうか。(KE)

ひとたび口にした言葉は取り消しが利きません

2月18日
「わが岩、わがあがないぬしなる主よ、どうか、わたしの口の言葉と、心の思いがあなたの前に喜ばれますように」。詩篇19:14

「口は災いの元」とも言われます。確かに、争いごとは言葉によって引き起こされます。また、ひとたび口にした言葉は取り消しが利きません。まさに「覆水盆に返らず」です。それゆえに時と場合を選び、それにふさわしい言葉を、と願いますが、自分の力ではできません。感情や情動に左右され、願わない結果になります。そうならないために、聖霊の力によって自分の心と思いを支配していただくほかないのです。(KE)

自分の選択によって進もうとするとき必ず行き詰まります

2月17日
「すべての道で主を認めよ。そうすれば、主はあなたの道をまっすぐにされる」。箴言3:6

人生には様々な道があります。どの道を行こうとも、その道が主によって備えられたものであると、確信して進むなら、必ず成功します。人生は自分のものだから、自分の選択と決断によって進もうとするとき、必ず行き詰まります。人は力なく、知恵もなく、小さなものだからです。自分の考えや利害関係を捨て去って、一心に主を仰ぎつつ、開かれた道を感謝しつつ進むなら、主は御心にかなう道へと進ませてくださいます。(KE)

イエス様は、心にないことを語ることはないと言われます

2月16日
「おおよそ、心からあふれることを、口が語るものである」。マタイ12:34b

世間では「心にもない事を申しまして」と謝罪することがあります。自分の言ったことが本意ではなかったとの弁解です。しかし、イエス様は、口から出る言葉はその人の心から出るものであって、心にないことを語ることはないと言われます。そうなると、人の品位・品格はその人の言葉によることになります。心の状態を語られる言葉が明示しているからです。今日もあなたの言葉であなた自身が測られます。ご用心を!(KE)

それはただ主の懐にすっかり落ち込む以外にありません

2月15日
「すると突然、海上に激しい暴風が起って、舟は波にのまれそうになった。ところが、イエスは眠っておられた」。マタイ8:24

ゲネサレ湖を舟でわたっていたとき、突然、暴風に巻き込まれ、弟子たちは溺れそうになりました。弟子たちはなんとか死を逃れようと大慌てをしています。しかし、主は悠然と嵐の中で眠っておられる。嵐のような事態にあったとき、あなたはどちらに自分の姿を見ますか。主のような平安はどうすれば得られましょうか。それはただ主の懐にすっかり落ち込む以外にありません。主の平安を着てしまえば、何ものも恐れることはないからです。(KE)