私達は神様を信頼できないからです

2月14日
「まず神の国と神の義とを求めなさい。そうすれば、これらのものは、すべて添えて与えられるであろう」。マタイ6:33

神様は私達の憂いた、悲しんだ姿を好まれません。常に喜んでいることを願っておられます。そうでありながら、私達はそのようになれません。なぜなら、神様を信頼できないからです。万物は神様の支配の下にあります。私達の人生も、日々の生活もことごとく神様の御手に握られ、持ち運ばれているのです。自分の思いや願いと異なるとも、その思いを神様にゆだねて、主に期待するなら、すべて満たしてくださいます。(KE)

神様を忘れ、この世のものを神としてしまうのです

2月13日
「するとイエスは彼に言われた、『サタンよ、退け。『主なるあなたの神を拝し、ただ神にのみ仕えよ』と書いてある」。マタイ4:10

洗礼を受けられたのち、主は荒野の試練に遭われます。それはもっぱらサタンとの戦いです。この世の栄誉・栄光を見せて、サタンは自分を拝めと求めます。人はこの世の物事(被造物)に心を奪われ、造り主なる神様を忘れ、この世のものを神としてしまうのです。これはサタンの巧妙な手口です。サタンのだましの手口にやられないように、主がなさったように、御言葉にしっかり立ってください。(KE)

様々な状況を見せて、私達の主を思う心を砕こうとします

2月12日
「イエスは振り向いて、ペテロに言われた、『サタンよ、引きさがれ。わたしの邪魔をする者だ。あなたは神のことを思わないで、人のことを思っている』」。マタイ16:23

イエス様はこれから捕らわれ、殺され、葬られること、しかし、よみがえると話されました。聞いたペテロは驚いて主を諫めます。ペテロをサタンと厳しく言われます。サタンあるいは悪魔は常に私たちを神様から引き離そうとします。様々な状況を見せて、私達の主を思う心を砕こうとします。今日もサタンはあなたの主を愛する思いを打ち砕こうとしてきます。御言葉に立ってサタンに勝ってください。(KE)

彼は主の尊い使命を果たす一端に加えられたのです

2月11日
「人々はイエスの十字架を無理に負わせた」。マルコ15:21

イエス様が十字架につけられるため、ゴルゴタへ向かいます。しかし、主は疲労困憊、十字架を負うことが出来ません。偶然通りかかったシモンに負わせます。彼にとっては理不尽なことでしたが、図らずも彼は主の尊い使命を果たす一端に加えられたのです。私達も日々そのような事態に取り込まれているのではないでしょうか。神様はあなたを栄光のみわざに加えようとしておられます。(KE)

そこではみ使いとなって、主を崇め、主に仕えるのです

2月10日
「彼らが死人の中からよみがえるときは、めとったり、とついだりすることはない。彼らは天にいる御使のようなものである」。マルコ12:25

人は死んだ後、消えてなくなるのではありません。確かに、肉体は失われますが、魂は神様のもとに帰り、終わりの時を待ちます。やがて終末のとき、すべての魂はよみがえり、新しい天と地のエルサレム、永遠の御国に住む者になります。そのとき、この世にあるすべての関係(家族関係)はリセットされて新しい霊の体をまといます。そこでは親子も男女もなく、み使いとなって、主を崇め、主に仕えるのです。(KE)

神様は知っておられます、応答してくださるとのことです

2月9日
「すると、隠れた事を見ておられるあなたの父は、報いてくださるであろう」。マタイ6:4

神様を見ることも、触ることも、声を聴くこともできません。そのため、まるで居ないものごとく思ってしまいます。しかし、神様は人には分からないようでも、私達の行動も言葉も、小さなことから大きなことまで、すべてを見て、聞いて、知っておられます。そればかりか、「報いて」くださる。応答してくださるとのことです。怖いようですが、すべてが知られていることを思うと、安心です。隠すことはいらないから。(KE)

イエス様につながるとき実を結ぶ命が枝に流れてくるのです

2月8日
「だから、悔改めにふさわしい実を結べ」。マタイ3:8

バプテスマのヨハネによって罪の悔い改めの洗礼を受けた人々に命じた言葉です。自分の罪を悔い改めるだけでは、「実をむすぶ」ことができません。わたしたちは木から切り離された枝のようなものであって、死んだものです。本体であるイエス様につながるとき、実を結ぶ命が枝に流れてくるのです。そうする以外に実を結ぶことが出来ません。どうぞ今日も主にしっかりつながって、その命に生きてください。(KE)

心の重荷は、自分ではどうにもなりません

2月7日
「わたしはふして眠り、また目をさます。主がわたしをささえられるからだ」。詩篇3:5

人にとって睡眠は必須要件です。不眠は不安にします。詩篇4篇には「わたしは安らかに伏し、また眠ります」と詠われています。安らかな眠りを得ることはまことに幸いです。睡眠を妨げるものは心労です。心に思い煩いが満ちていると、どんなことをしても安らかな眠りになりません。また、心の重荷は、神様の御手にゆだねるほかに自分ではどうにもなりません。主によって安眠を得てください。(KE)

人の罪は何といっても己(自分)を神とすることです

2月6日
「あなたはわたしのほかに、なにものをも神としてはならない」。出エジプト20:3

これはイスラエルの民に定められた「十戒」の第一戒です。神様が私達に求めるのは「神様を尊び、敬う」ことです。人の罪は何といっても己(自分)を神とすることです。自分が神になり、万事が自分の思うように、願うようになるべきだと頑なになる。その結果、神様のなさることを感謝し受け入れることが出来ない。今日、あなたを動かしているのは、神様の力でしょうか、それともサタンの力でしょうか。(KE)

主の導きを信じて今目の前の一歩を踏み出しましょう

2月5日
「あなたはつえを上げ、手を海の上にさし伸べてそれを分け、イスラエルの人々に海の中のかわいた地を行かせなさい」。出エジプト14:16

モーセに導かれたイスラエルの民は大きな試練に遭います。行く手には海が広がり、後ろからはエジプトの軍勢が迫ってきます。窮地に陥った民に『進みゆけ』と主は命じます。まさに信仰の試練です。神様のわざは人の考えが及ばないものです。暗中模索であって、結果は皆目分かりませんが、主の導きを信じて今目の前の一歩を踏み出しましょう。道なきところに道が開かれます。(KE)