神様の恵みをどれほど切実に求めるか、神様は願っています

11月8日
「すると女は言った、『主よ、お言葉どおりです。でも、小犬もその主人の食卓から落ちるパンくずは、いただきます』。」マタイ15:27

イエス様はカナンの女が救いを求めましたが、それを拒まれました。彼女があきらめずに、主に答えた言葉です。真剣に、必死に求める姿勢に、主は答えて、願いを叶えて下さいました。神様の恵みをどれほど切実に求めるか、あなたの心を知りたいと、神様は願っています。彼女の徹底的にへりくだった姿勢にならいたいものです。(KE)

イエス様のみ声を聞きたいと、耳を傾けなければ聞けません

11月7日
「そして言われた、『聞く耳のある者は聞くがよい』。」マルコ4:9

耳に障害がないかぎり、音を聞く耳はだれにでもあります。しかし、人の耳は不思議に出来ていて、聞こうと思うと聞こえますが、そうでなければ聞こえません、鼓膜に音は届いていても。イエス様のみ声を聞きたいと、耳を傾けなければ聞けません。また、聞くことは悟ることも含まれます。まずは真剣に聞こうとすることが大切です。イエス様は今日もあなたに語ってくださいます。聞き逃さないように。(KE)

主が絶えず問われるのは、あなたはどうかということです

11月6日
「あなたがたの中で罪のない者が、まずこの女に石を投げつけるがよい。」ヨハネ8:7

イエス様が姦淫の現場で捕らえられた女を糾弾する人に答えて言われた言葉です。自分の罪を棚に上げて、他人のことをあれこれ言うほどおかしなことはありません。「他人の振り見て、わがふり直せ」と世間でも言います。まず自ら同じ事をしていないかを吟味すべきです。主が絶えず問われるのは、他人はどうであれ、あなたはどうか、ということです。自分を省みようとしない人が正義を振り回すのです。(KE)

その人の能力の程度に与え、また要求なさるのです

11月5日
「多く与えられた者からは多く求められ、多く任せられた者からは更に多く要求されるのである。」ルカ12:48b

全ての人に等しくすることが平等だと思われています。しかし、神様の取扱はそうではありません。それぞれの人の能力に合った程度にしたがって、与え、また要求なさるのです。同じ事をしても、ほめられる人とそうでない人がいます。神様の期待が大きいとも言えましょう。他者と比べることはできません。委ねられた自分の分を尽くすこと、これが全てです。(KE)

驚くべき結果は、主の言葉に素直に従ったからです

11月4日
「先生、わたしたちは夜通し働きましたが、何も取れませんでした。しかし、お言葉ですから、網をおろしてみましょう。」ルカ5:5

イエス様がペテロに、網をおろして漁をしなさいと言われたときの、彼の答えです。彼は生まれながらの漁師でした。イエス様は素人ですが、主の言葉を信じて網をおろしたところ、沢山の魚が捕れました。驚くべき結果を得た秘訣は、主の言葉に素直に従ったからです。あなたが主の言葉を信じて、従うとき、今日も奇跡に出会うことができます。(KE)

神様の手にあることを認めるとき平安と安心が得られます。

11月3日
「あなたがたは立ち返って、落ち着いているならば救われ、穏やかにして信頼しているならば力を得る。」イザヤ30:15

これはあなたが幸いになる秘訣です。神様に立ち返るとは、自分の一切が神様の手にあることを認め、信じることです。そのとき、目の前の事情や境遇がどんなであっても、平安と安心が得られます。すべてを支配なさる神様が、時を定めて、驚くことをしてくださるのです。うろたえず、焦らず、つぶやかず、神様を信頼し続けてください。(KE)

主は全て知って、あなたの荷を負ってくださいます

11月2日
「日々にわれらの荷を負われる主はほむべきかな。神はわれらの救である。」詩篇68:19

あなたが苦しみや悩みにあるとき、それを担っているのは自分一人だと思いこんでいませんか。だれも私のことを知っていないと。しかし、みことばにあるように、実は神様があなたの重荷を負ってくださっているのです。例え、他人があなたの思いを知らなくても、主は全て知り尽くして、なおあなたの荷を負ってくださいます。泣き言をいわずに、主と共に負って行こうではありませんか。(KE)

人が人として活きる場所は神様のところです

11月1日
「主なる神は人に呼びかけて言われた、『あなたはどこにいるのか』。」創世記3:9

人はその造り主である神様を離れてしまい、浮き草の如く、根のない存在となってしまいました。その為、世は混乱と混沌、秩序の成り立つ基盤を失っています。人が本来おるべき所に戻らないかぎり、平安と安心は得られません。人が人として活きる場所、それは神様のところです。神様に造られ、生かされ、愛されている自分であることを信じて、神様につながるよう努めましょう。(KE)

神様の息吹が死んだとき人は真に生きているとは言えません

10月31日
「ちりは、もとのように土に帰り、霊はこれを授けた神に帰る。」伝道12:7

人は土のちりで造られ、そこへ命の息を鼻に吹き入れられて生きた者となったと聖書に述べられています。確かに、肉体は土に還元されますが、それで全てが無になっておしまいとはなりません。神様の息吹によって養われる霊があります。それは不滅です。この霊が死んだ状態になっているとき、人は真に生きているとは言えません。絶えず、神様から命を吹き入れられ、魂が霊によって生きることが大切です。(KE)

あなたが心を主にむけて求めるとき、応えてくださるのです

10月30日

「主のいつくしみは絶えることがなく、そのあわれみは尽きることがない。これは朝ごとに新しく、あなたの真実は大きい。」哀歌3:22-23

どんな境遇に置かれても、主のご愛と憐れみを絶えず覚えるとき、平安と望みが与えられます。あなたが心を主にむけて求めるとき、必ず真実に応えてくださるのです。しかも、それには賞味期限はありません。毎日、新しい、新鮮な恵みを注いでくださいます。しかも、主は約束に忠実な方。今日も、主を求めて、励まされて歩んでください。(KE)