11月28日
「『わたしは自分をさして誓う。~わたしは大いにあなたを祝福し、大いにあなたの子孫をふやして、天の星のように、浜べの砂のようにする。~
あなたがわたしの言葉に従ったからである』」。創世記22:15―18抜粋
アブラハムの信仰の集大成の場面です。愛する息子イサクをささげる彼の決断に、神様は大変喜び、感動されます。アブラハム然り、ダビデ然り、
神様はたった一人の純粋な信仰に、代々にわたる祝福を惜しみなく注がれるお方です。(MK)
今日の通読箇所
11月28日
「『わたしは自分をさして誓う。~わたしは大いにあなたを祝福し、大いにあなたの子孫をふやして、天の星のように、浜べの砂のようにする。~
あなたがわたしの言葉に従ったからである』」。創世記22:15―18抜粋
アブラハムの信仰の集大成の場面です。愛する息子イサクをささげる彼の決断に、神様は大変喜び、感動されます。アブラハム然り、ダビデ然り、
神様はたった一人の純粋な信仰に、代々にわたる祝福を惜しみなく注がれるお方です。(MK)
今日の通読箇所
11月27日
「神はわらべの声を聞かれ、神の使は天からハガルを呼んで言った、「ハガルよ、どうしたのか。恐れてはいけない。神はあそこにいるわらべの声を聞かれた」。創世記21:17
主人アブラハムに嫡子イサクが生まれ、本妻サラから追い出された妾ハガル。荒野でパンも水も尽き、死を覚悟した彼女でしたが、母親の様子を見て泣き出した息子の声に、主は応えられました。神様は私達の祈りにならない心の叫びにも、耳を傾けてくださるお方です。(MK)
今日の通読箇所
1126
「わたしは知っている。すべて神がなさる事は永遠に変ることがなく、これに加えることも、これから取ることもできない」。伝道3:14
人は様々な手段で、神様の作品である自然を変えようとしますが、決してうまくいきません。台風の進路、地震の予知、天体の規則正しい運航など、どれ一つ、成功したものはありません。今日の一日も、神様の法則に従って進められるのです。人もまた神様の手に握られた駒にすぎないと覚えておいてください。(KE)
今日の通読箇所
11月25日
「『見よ、これは新しいものだ』と言われるものがあるか、それはわれわれの前にあった世々に、すでにあったものである」。伝道1:10
人は何か珍しいものを見つけると、新発見、新発明と有頂天になって喜びます。しかし、科学のどんな新しい原理や法則も、神様の造られた不変の法則に従っているだけのことで、何ひとつ目新しいものはありません。すべては神様の作品である自然を模倣したものにすぎません。(KE)
今日の通読箇所
11月24日
「もしあなたのあだが飢えているならば、パンを与えて食べさせ、もしかわいているならば水を与えて飲ませよ。こうするのは、火を彼のこうべに
積むのである、主はあなたに報いられる」。箴言25:21-22
「復讐するは我にあり」と、主は言われます。敵に善意を施すとき、それは主に対するあなたの信頼が試されているときです。自分で決着を付け
ようとすれば、事は簡単に終わりそうですが、主のときを待つには、忍耐が必要です。(KE)
今日の通読箇所
11月23日
「銀から、かなくそを除け、そうすれば、銀細工人が器を造る材料となる」。箴言25:4
「かなくそ」とは不純物のことです。繊細な工芸品を造るとき、職人を選ぶのは当然ですが、どんなに腕利きの職人であっても、素材が欠けだらけでは十分に力を発揮できません。同様に、神様は私たちをご自身の栄光を現す器に仕立て上げるため、様々な苦難や試練を通して、不純物を除かれます。今日も神様の最高の器にしようと、作業を進めておられます。主のみ手に委ねましょう。(KE)
今日の通読箇所
11月22日
「こうして神が低地の町々をこぼたれた時、すなわちロトの住んでいた町々を滅ぼされた時、神はアブラハムを覚えて、その滅びの中からロトを救い出された」。創世記19:29
神様は二人のみ使いを送り、ソドムの町の様子を探らせます。しかし町の人々は、み使いにさえ乱暴を働こうとします。神様は遂にこの町を滅ぼす事を決断しますが、先のアブラハムの決死の談判を覚え、ロトを救い出されます。神様は昔も今も、御自身の発した約束に真実なお方です。(MK)
今日の通読箇所
11月21日
「アブラハムは言った、「わが主よ、どうかお怒りにならぬよう。わたしはいま一度申します、もしそこに十人いたら」。主は言われた、「わたしはその十人のために滅ぼさないであろう」。創世記18:32
堕落の一途をたどるソドムの民に、制裁を加えようとされる神様。しかしその地に住む甥のロト一家を心配し、アブラハムは決死の談判をします。五十人、四十五人…と続く交渉に神様は忍耐強く付き合い、計画変更を約束して下さいました。(MK)
今日の通読箇所
11月20日
「アブラムの九十九歳の時、主はアブラムに現れて言われた、『わたしは全能の神である。あなたはわたしの前に歩み、全き者であれ」。創世記17:1
全き者とはどのような人でしょうか。一つの罪も過ちもない、完璧な人間のことでしょうか。いいえ、神様は御自身こそが全能と仰いました。その全能の神様の前から、逃げ隠れすることなく歩むようにと願っておれられるのです。何時如何なる時も、主と共に生きる私達であって欲しいのです。(MK)
今日の通読箇所
11月19日
「また彼らは自分の神以外の神に仕え、拝むよりも、むしろ王の命令を無視し、自分の身をも捨てようとしたのだ」。ダニエル3:28c
バビロン帝国の捕囚となったユダヤの三青年は、ネブカデネザル王の命じた偶像を拝みませんでした。そのため、火の燃える炉に投げ込まれましたが、神様は彼等を守って救い出してくださいました。彼らが真実に神様を畏れ、ただ神様だけに心を尽くして信頼した結果です。このような信仰の勇者を主は待っておられます。(KE)
今日の通読箇所