1月13日
「あなたがたは主の書をつまびらかにたずねて、これを読め。これらのものは一つも欠けることなく、また一つもその連れ合いを欠くものはない。これは主の口がこれを命じ、その霊が彼らを集められたからである」。イザヤ34:16
聖書は長い年月をかけ、多くの人々が主の霊に導かれて語った神の言葉です。そこに主の命が込められています。日々の生活の様々な場面で、み言葉に心を開いて、主の霊に溢れる時、新しい視野が開け、隠されたものが明らかになり、力に満たされます。(KE)
今日の通読箇所
1月08日
「わたしたちが神の子と呼ばれるためには、どんなに大きな愛を父から賜わったことか、よく考えてみなさい」。Ⅰヨハネ3:1a
神様に造られ、生かされ、救いに与り、神の子とされた私達ですが、日常生活の中ではその事を忘れてしまいがちです。私達は本来「生れながらの怒りの子」であり、愛を受けるどころか、怒りを受けるべき存在でした。キリストは十字架にかかり、私達が神様からの愛を受ける事が出来るようにして下さったのです。(MK)
今日の通読箇所
1月07日
「主イエスを信じなさい。そうしたら、あなたもあなたの家族も救われます」。使徒16:31
多くのクリスチャンの願いは、家族が主を受けいれて救われることではないでしょうか。それにはまず自分自身が救われることが大切です。自分の信仰がふらついていれば、家族どころではありません。まずはあなた自身が主イエスを信じて救いを確信してください。そうすれば家族も必ず救われる時がくるでしょう。救いは神様のわざです。(KE)
今日の通読箇所
1月06日
「あなたの家に住み、常にあなたをほめたたえる人はさいわいです」。詩篇84:4
「幸い」と感じるものは人それぞれで違うでしょう。その人の置かれている境遇に幸いを感じるなら、その状況に左右されるほかありません。しかし、万物をみ心のままに創造し、動かされる方との間に何一つ妨げるものがないなら、これに勝るものはありません。全能の力を持ちたもう方が味方に付いておられるのですから。(KE)
今日の通読箇所
1月05日
「だから、愚かな者にならないで、主の御旨がなんであるか悟りなさい」。エペソ5:17
「愚かな者」とは神様を認めず、また畏れ敬うことをしない人のことです。一方、神様の御心を求める人は賢い人といえます。なぜなら、万物は神様の知恵とわざによって運行されているからです。人が自分の思いのままに事を進めるなら、必ず失望に終わります。どんな事も神様の御旨に従うなら、感謝と喜びに終わります。(KE)
今日の通読箇所
1月04日
「わたしは神、あなたの神である」。詩篇50:7
日本では新年を迎えると、神社仏閣への初もうでがニュースになります。人はなにか大いなるものにすがりたい思いが強いようです。ただ、その場合も「みんなの神・仏」であり、自分個人との関係はありません。しかし、聖書を通して語る神は、「あなたと私」の関係を求めます。神様の問いかけに何と答えますか。(KE)
今日の通読箇所