3月27日
「聖霊によらなければ、だれも『イエスは主である』と言うことができない。」第一コリント12:3
イエス様を救い主、活ける神のみ子と信じることは、神様から与えられる霊、すなわち聖霊の力と知恵によらなければ出来ないことです。どんなに高度な学問をやっても、聖書を研究してみても、信じることはできません。どんな人でも、聖霊が注がれるとき、真理を悟り、神様の御心を知ることができます。あなたがイエス様を信じることができるのは、聖霊が働いてくださっているからです。(KE)
3月27日
「聖霊によらなければ、だれも『イエスは主である』と言うことができない。」第一コリント12:3
イエス様を救い主、活ける神のみ子と信じることは、神様から与えられる霊、すなわち聖霊の力と知恵によらなければ出来ないことです。どんなに高度な学問をやっても、聖書を研究してみても、信じることはできません。どんな人でも、聖霊が注がれるとき、真理を悟り、神様の御心を知ることができます。あなたがイエス様を信じることができるのは、聖霊が働いてくださっているからです。(KE)
3月26日
「わたしは高く、聖なる所に住み、また心砕けて、へりくだる者と共に住み、へりくだる者の霊をいかし、砕けたる者の心をいかす。」イザヤ57:15
神様がいらっしゃる所は特定の場所や建物ではありません。神様が住んでくださる所は「へりくだった」、「砕けた」あなたの心です。自分の知恵、力、わざを誇って、高慢な心に主はとどまることができません。心を低くして、謙遜になって主を求めるところに主はおられて心を命で満たして下さいます。今日も主が住んでくださる心となってください。(KE)
3月25日
「わたしは主を待ち望みます、わが魂は待ち望みます。そのみ言葉によって、わたしは望みをいだきます。」詩篇130:5
あなたの望みは何によって得られるでしょうか。人は見える状況、置かれた境遇によって望みを得ようとしますが、それは必ず失望に終わります。しかし、主のみことばに信頼し、神様を信じて、あなたの全てを主のみ手に委ねてしまうなら、決して失望することはありません。今日も、あなたを愛し、顧み、導いて下さる主に望みを置いて歩みましょう。(KE)
3月24日
「互に情深く、あわれみ深い者となり、神がキリストにあってあなたがたをゆるして下さったように、あなたがたも互にゆるし合いなさい。」エペソ4:32
あなたにも深い憐れみの心や優しさがありながら、変なプライドやしょうもない意地をはって、思いがけずに人を傷つけているのではないでしょうか。自分の中にある愛を呼び覚ますには、自分が愛され赦されていることをしっかりと自覚するほかありません。主はあなたのために、命まで捨てて愛しておられるのですから。(KE)
3月23日
「ペテロが言った、『金銀はわたしには無い。しかし、わたしにあるものをあげよう。ナザレ人イエス・キリストの名によって歩きなさい』。」使徒3:6
生まれながら足の不自由な人が生きるために物乞いをしていました。彼はお金がなければ、人生を歩む事が出来ないと思っていたのです。しかし、ペテロは金銀によらない力、イエス様を信じる信仰による力を与えました。それがペテロの持てるものだったからです。あなたは何を力として今日一日を歩みますか。(KE)
3月22日
「わたしはあなたの神、主である。わたしは、あなたの利益のために、あなたを教え、あなたを導いて、その行くべき道に行かせる。」イザヤ48:17
神様はあなたの日々の歩みを導いておられます。その導きは「あなたの利益」のためだと言われます。自分自身にはそう思えない現実がありますが、主の導きはまだ途中です。最終結果は人生が終る時です。それまで主の導きを確信して備えられた道を感謝して歩みましょう。主は今日もあなたと共にいて、教え、導き、あなたを喜ばせてくださるのです。(KE)
3月21日
「彼はみずから懲らしめをうけて、われわれに平安を与え、その打たれた傷によって、われわれはいやされたのだ。」イザヤ53:5b
イエス様は世に下って、十字架の苦しみを受けて下さいました。それはあなたの罪咎を赦すために、身代わりとなって死んでくださったのです。あなたは死に値するような大罪を犯したものと自覚していません。しかし、神様の目で、神様の基準で裁くなら、滅ぼされて当然です。今日も、主の赦しによって、あなたは生かされているのです。(KE)
3月20日
「人はみな草だ。その麗しさは、すべて野の花のようだ。主の息がその上に吹けば、草は枯れ、花はしぼむ。たしかに人は草だ。」イザヤ40:6-7
血気盛んで、活力に溢れて生きている時は、その状態がいつまでも続くように錯覚します。しかし、実際の人の人生はまるで蝋燭の火が激しく燃えて、一気に消えゆくように、はかないものです。まさに雑草のようなもの。この言葉に続いて、「神の言葉はとこしえに変わることはない」とあります。主のことばの確かさに支えられて生きて下さい。(KE)
3月19日
「ああ深いかな、神の知恵と知識との富は。そのさばきは窮めがたく、その道は測りがたい。」ローマ11:33
「これからどうなるだろうか」という不安は人に将来を見たいと思わせます。明日のこと、来年のこと、十年先のことなど…。そのため様々な占いや呪術的なものに誘惑されます。しかし、どんな方法をやってもそれは不可能なことです。なぜなら人の生涯を導くのはその人自身ではなく、神様だからです。今日も主のご計画とご支配のなかに生かされています。(KE)
3月18日
「五羽のすずめは二アサリオンで売られているではないか。しかも、その一羽も神のみまえで忘れられてはいない。」ルカ12:6
「すずめ」ほど、ありふれていて、珍しくもなく値打ちのない鳥はいません。しかし、父なる神様はそのような小さなものにすら目を留めていてくださるのですから、あなたのことを忘れることがあるでしょうか。神様のみ心によらなければなにひとつ起こりません。今日も、あなたのうえに注がれる、主のご愛の眼差しを覚え、感じ、み手に導かれて歩みましょう。(KE)