3月7日
「わが思いは、あなたがたの思いとは異なり、わが道は、あなたがたの道とは異なっていると主は言われる。」イザヤ55:8
神様が抱いておられる思い、ご計画は私達のそれとは全く異なったものです。神様は過去、現在、未来にわたって見通すことが出来ますが、人は「今」という時しか見えないからです。私達はその瞬間、瞬間に見える事だけに心を動かされ思い煩うのです。主はあなたが思うよりも、あなたの計画よりも、遙かに素晴らしい事を備えておられます。(KE)
3月7日
「わが思いは、あなたがたの思いとは異なり、わが道は、あなたがたの道とは異なっていると主は言われる。」イザヤ55:8
神様が抱いておられる思い、ご計画は私達のそれとは全く異なったものです。神様は過去、現在、未来にわたって見通すことが出来ますが、人は「今」という時しか見えないからです。私達はその瞬間、瞬間に見える事だけに心を動かされ思い煩うのです。主はあなたが思うよりも、あなたの計画よりも、遙かに素晴らしい事を備えておられます。(KE)
3月6日
「見よ、今は恵みの時、見よ、今は救の日である。」第二コリント6:2b
私達に与えられた確かな時は「今」という時以外にありません。「過去」は過ぎ去って、今からでは何もできません。巻き戻してやり直すわけにもいきません。「未来」は有るようで無い時間、未知なるものですから、確かなものとはいえません。「今」をどのような時として生きるかが大切なことです。今、困難や悩みの中にあろうとも、「恵み」の時、「救い」の日であると信じて、神様を呼び求めようではありませんか。(KE)
3月5日
「ご自身の御子をさえ惜しまないで、わたしたちすべての者のために死に渡されたかたが、どうして、御子のみならず万物をも賜わらないことがあろうか。」ローマ8:32
父なる神様は愛するひとり子をこの世に送って罪を贖うための犠牲となさいました。それは私たちを愛するゆえです。それほどに大きな愛をあなたに注いでくださったのです。神様はあなたの願いや必要を拒まれることがあるでしょうか。神様にとって御子以上に惜しむべきものがほかにあるでしょうか。主のご愛を確信して祈りましょう。(KE)
3月4日
「平穏であって、ひとかたまりのかわいたパンのあるのは、争いがあって、食物の豊かな家にまさる。」箴言17:1
「衣食足りて礼節を知る」と言いますが、今の日本はどうでしょうか?物質的な豊かさは心の安らぎ、平和を与えてくれません。心の平安を得るには自我に根ざした欲得から離れなければ、平安を得ることが出来ません。それにはイエス様の十字架を信じて、自分も主と共に死んだ者と定め、神様のみ手に一切を委ねて生きることです。(KE)
3月3日
「わたしは光をつくり、また暗きを創造し、繁栄をつくり、またわざわいを創造する。わたしは主である、すべてこれらの事をなす者である。」イザヤ45:7
神様を信じるとはあなたの存在、すなわち生きている自分が見えない神様の手に導かれ支えられていることを認めることです。また、自分の身に及ぶ全てのこと(善し悪しともに)が神様から出ていることを認めることです。不幸と思われることも、神様のわざであることを信じると幸いなことへと変わってしまいます。(KE)
3月2日
「全地よ、主に向かって歌え。日ごとにその救を宣べ伝えよ。」歴代志上16:23
神様の救い、恵みは何か特別な事態や事件がある場合だけではありません。また、それはまれに起こるようなものでもありません。今日、あなたが生かされ、一日のわざをなしえること自体が神様の救いであり恵みだからです。そのことに、どれほど感謝しているでしょうか。当たり前のことと思っていませんか。日々に神様の救いと恵みに生かされているのです。(KE)
3月1日
「時は満ちた、神の国は近づいた。悔い改めて福音を信ぜよ。」マルコ1:15
農作物の収穫にはそれぞれの時機があります。その時に適うことが最善の結果を得る道です。イエス様の救いに出会うのも、同様に「時」があります。主は今がその時だとあなたに語っておられます。神様を忘れ、離れた生活から、悔い改めて神様の許へ立ち返りましょう。「福音」を信じるとは、神様があなたを許してご自分のところに招いて下さったことを信じることです。自分を主の手に委ねて新しい命を生きようではありませんか。(KE)
2月28日
「わたしは知ります、あなたはすべての事をなすことができ、またいかなるおぼしめしでも、あなたにできないことはないことを。」ヨブ42:2
義人ヨブはどうしてこんな苦難を受けなければならないかと、悶々として悩みます。「なぜ」と問い続けるヨブを神様は質問攻めにします。ついに、彼は神様が全能者であり、どんなことでも自由にする権威があることを認めました。「どうして?」と問うとき、あなたは神様のなさることを許せないと思っているからです。(KE)
2月27日
「あなたがどこへ行くにも、あなたの神、主が共におられるゆえ、恐れてはならない、おののいてはならない。」ヨシュア1:9c
イエス様は、いつでも、どこでも、あなたと共にいて下さるために、死の中からよみがえられたのです。主は私達の目には見えませんが、主が共にいらっしゃることを信じる者には、ご自身を確かなものとして現してくださいます。今日も、主はあなたのすぐ傍にいて、慰め、励まし、支えてくださいます。あなたはひとりではありません。(KE)
2月26日
「あなたがたは、世の光である。山の上にある町は隠れることができない。」マタイ5:14
光は慰め、平安、望みを与えてくれます。神様はあなたをそのような光として世において下さっています。しかし、私達には光がありません。ただ、月が太陽の光を受けて輝き照らすように、神様の光を受けてあなたが輝くとき、人を照らすものとなり、世の人々の目から隠れることはできません。夕闇の迫るとき、輝く月を待つように、あなたからの光を待つ人々が周囲に沢山いるのです。(KE)