1月20日
「主は言われる、人は、ひそかな所に身を隠して、わたしに見られないようにすることができようか。主は言われる、わたしは天と地とに満ちているではないか。」エレミヤ23:24
神様の前には何一つ隠し立てはできません。全てお見通しです。このことはなんだか怖いことに思えますが、一方、これほど安心なことはありません。あなたの全てを知っておられるのですから。そうなると、遠慮無く、はばからず、「ご存知のとおりです」と素直になれます。これが大切なのです。(KE)
1月20日
「主は言われる、人は、ひそかな所に身を隠して、わたしに見られないようにすることができようか。主は言われる、わたしは天と地とに満ちているではないか。」エレミヤ23:24
神様の前には何一つ隠し立てはできません。全てお見通しです。このことはなんだか怖いことに思えますが、一方、これほど安心なことはありません。あなたの全てを知っておられるのですから。そうなると、遠慮無く、はばからず、「ご存知のとおりです」と素直になれます。これが大切なのです。(KE)
1月19日
「しかし、俗悪で愚にもつかない作り話は避けなさい。信心のために自分を訓練しなさい。」第一テモテ4:7
あなたを生かす力、喜びと望みを与えてくれるものは何でしょうか。世の中の「うまい話」などは結局失望と破滅に陥るだけです。「信心」とは神様を信頼する心でしょう。これは日々の業の中で努めて得ようとしなければ、身に付かないものです。心配、不安、失望などに出会うとき、それらを避けないでしっかりと神様を信じて、信心を確かにする機会です。(KE)
1月18日
「しかし、神の恵みによって、わたしは今日あるを得ているのである。」第一コリント15:10
使徒パウロは自分が今日生きて在るのはただ神様の恵みによってであると語っています。犬は三日飼うとその主人を忘れないとも言われます。あなたは自分が今日あることを何に感謝するでしょうか。親の恩、師の恩などと言いますが、何よりも神様の恵みにより、憐れみによって生かされていることを感謝しようではありませんか。忘恩の輩とならないように。(KE)
1月17日
「神の見えない性質、すなわち、神の永遠の力と神性とは、天地創造このかた、被造物において知られていて、明らかに認められるからである。」ローマ1:20
大自然は神様について語る第二の聖書だと言われます。確かに自然界のあらゆる営み、微少なるものから広大な宇宙に至るまでを見るとき、人の知恵や知識を遙かに超えた想像を絶する不思議に満ちています。まさに、神様がいらっしゃるとしか言い得ません。あなたもこの方の手によって造られ、生かされているのです。(KE)
1月16日
「いつも喜んでいなさい。絶えず祈りなさい。すべての事について、感謝しなさい。これが、キリスト・イエスにあって、神があなたがたに求めておられることである。」第一テサロニケ5:16-18
神様があなたに求めておられることは、実に小さなことです。喜ぶこと、祈ること、感謝することだけです。しかもあなたが願っていることでもあります。祈ると喜びが湧き、感謝できます。喜ぶと感謝ができます、祈れます。感謝すると、喜びが湧き、祈りとなります。まず一つやって下さい。(KE)
1月15日
「わたしは神である。今より後もわたしは主である。わが手から救い出しうる者はない。わたしがおこなえば、だれが、これをとどめることができよう。」イザヤ43:13
森羅万象を創造し、そこにあるいっさいのものを支配し、導かれる方、神様があなたの全てをも導いてくださっていることを信じるなら、これほど安心なことはありません。自分が主人となり、責任者でいるかぎり、平安はありません。神様はすべての事の始まりであり、完成者です。今日もこの大いなる方があなたを導いておられます。(KE)
1月14日
「われらの神、主の恵みを、われらの上にくだし、われらの手のわざを、われらの上に栄えさせてください。われらの手のわざを栄えさせてください。」詩篇90:17
神様の恵みと祝福が無ければ、人がどんなに努力してもそのなす業は栄えることが出来ません。主が許して憐れみ、あなたの上に恵みを注がれる時、あなたのなすところは祝福に満ちたものとなります。このみ言葉があなたの祈りとなり、今日も主の祝福が注がれることを祈ります。(KE)
1月13日
「見よ、神はわが助けぬし、主はわがいのちを守られるかたです。」詩篇54:4
あなたもこのように言い得るならば、なんと幸いなことでしょうか。神様の救いはあなたに安心と平安、望みと力を与えるものです。ですから、主に命を委ねるほどに信頼するのです。その時、死の闇と恐れすらも乗り越えて、喜びと希望に輝くことができます。中途半端に信頼してもその結果を得られません。十字架を立てて、神様はあなたをこの安心に招いてくださったのです。(KE)
1月12日
「何をするにも、人に対してではなく、主に対してするように、心から働きなさい。」コロサイ3:23
人の生きる目的は造り主である神様のご計画にかなう者となることです。他人のために生きるのではなく、まして自分の自己実現のためでもありません。創造者があなたに期待し、あなたを創造した目的に生きるのです。だからといって何か特別の事をするわけではありません。日常生活、この世の生活は同じですが、物事をする動機が変わります。主に喜ばれるようにとの願いを持ち続けることです。(KE)
1月11日
「あなたはわたしを見たので信じたのか。見ないで信ずる者は、さいわいである。」ヨハネ20:29
自分の五感を頼って事の真偽を確かめ信じようとしますが、それによって全てを知ることはできません。神様を見ることも、触ることも、聞くことも出来ません。ただ、聖書に書かれている事を、見ないけれども、触ったわけではないけれども、単純に信じるとき、その結果を体験することができます。疑い続ける限り、幸いな結果を得ることが出来ません。(KE)