9月14日
「いと高く、いと上なる者、とこしえに住む者、その名を聖ととなえる者がこう言われる、『わたしは高く、聖なる所に住み、また心砕けて、へりくだる者と共に住み、へりくだる者の霊をいかし、砕けたる者の心をいかす』」。イザヤ57:15
全能者なる神様と被造物なる人が共に住むことは不可能です。しかし、それが可能になるところが「心砕けて、へりくだる者」となることです。謙遜の限りを尽くして、主と共に生きることを努めようではありませんか。(KE)
今日の通読箇所
9月14日
「いと高く、いと上なる者、とこしえに住む者、その名を聖ととなえる者がこう言われる、『わたしは高く、聖なる所に住み、また心砕けて、へりくだる者と共に住み、へりくだる者の霊をいかし、砕けたる者の心をいかす』」。イザヤ57:15
全能者なる神様と被造物なる人が共に住むことは不可能です。しかし、それが可能になるところが「心砕けて、へりくだる者」となることです。謙遜の限りを尽くして、主と共に生きることを努めようではありませんか。(KE)
今日の通読箇所
9月12日
「キリストなるかしら–から出て、からだ全体は、節と節、筋と筋とによって強められ結び合わされ、神に育てられて成長していくのである」。コロサイ2:19
私達一人ひとりは、イエス・キリストをかしらとする肢体です。手足は関節や腱、筋肉や線維などで緻密に脳と繋ぎ合わされて、初めて機能し、また成長します。ですから私達が、かしらであるイエス様から心が離れている時になす働きは、どこかちぐはぐになってしまうのです。(MK)
今日の通読箇所
9月11日
「御子は、見えない神のかたちであって、すべての造られたものに先だって生れたかたである」。コロサイ1:15
神様は天地万物全てをお造りになった創造主であり、今なおその一切を統べ治めておられる全能者ですが、私達はこの方を見ることができない故に、不信仰に陥ってしまうことが少なくありません。そのような者のために、神様は御子イエス様をこの世にお送りくださったばかりか、この方の霊をもって今日も私達を導いてくださるのです。(MK)
今日の通読箇所
9月10日
「するとイエスは言われた、『カイザルのものはカイザルに、神のものは神に返しなさい』。彼らはイエスに驚嘆した」。マルコ12:17
パリサイ人は、主を試すために税を納めるべきかどうか、と問います。これはその答えです。ローマ帝国に支配された時代、貨幣には皇帝の肖像が彫られていました。一方、神の型が彫られたものは私達です。人を神のかたちに造られました。神様の所有です。それを人は盗んで自分のものにしています。そこが人の罪です。神様に自分をお返ししましょう。(KE)
今日の通読箇所
9月9日
「しかし、イエスはすぐに彼らに声をかけて、『しっかりするのだ、わたしである。恐れることはない』と言われた」。マタイ14:27
ガリラヤ湖を渡っていた弟子たちは、逆風に悩まされていました。夜明けごろ、主は難儀している弟子たちのところに、水の上を歩いて来られました。しかし、弟子たちは幽霊だとおじ惑い、恐怖に襲われます。今日も、主は困難の中にあるあなたの許におられます。ペテロのように、「主よ、お助け下さい」と手を伸ばそうではありませんか。(KE)
今日の通読箇所
9月8日
「主が命じられたのでなければ、だれが命じて、その事の成ったことがあるか。災もさいわいも、いと高き者の口から出るではないか」。哀歌3:37-38
人の罪とは、神様を退け、自分が何でも出来ると思い上がることです。ですから、自分の思わない、願わない事態に当たると、狼狽して醜態をさらします。神様の為さることに人は指一本触れることができません。しかし、幸いなことに、神様は傍若無人な方ではなく、限りない愛をもって事を導かれます。主のご愛の御手に委ねましょう。(KE)
今日の通読箇所
9月7日
「あなたは、わたしに従ってきなさい」。ヨハネ21:22b
主が甦られた後に言われた言葉。信仰は神様(イエス様)と私との関係です。両者の間には何も入りません。主が常に問われるのは、「あなた」であって、「あなたたち」でもありません。神様(イエス様)と自分との関係が不動のものとなるとき、他者との関係が正しく整うのです。(KE)
今日の通読箇所
9月6日
「耳を傾け、わたしにきて聞け。そうすれば、あなたがたは生きることができる」。イザヤ55:3ab
聖書は文学史上最も読まれている大ベストセラーです。つらつらと読む中にも、多くの収穫をもたらしてくれるでしょう。しかし神様は耳を傾けて聞けと仰います。『聴』という漢字があります。直き心をもって聞くという意味があるそうです。聖書の言葉を、自分自身に語られた言葉と信じ、素直に耳を傾けるなら、私達の心に真の命が芽生えます。(MK)
今日の通読箇所
9月5日
「もしわたしたちが御霊によって生きるのなら、また御霊によって進もうではないか」。ガラテヤ5:25
神様は御霊の働きをもって、私達に思いを与え、御心にかなう歩みへ導かれます。与えられた思いを主からのものと信じて従っても、驚くような場面に遭遇することは稀です。しかしそのような日常から御霊に聴く訓練をしていなければ、いざという時、確信をもって従うことができません。今あなたに、御霊は何と語られていますか? (MK)
今日の通読箇所
9月4日
「主は彼らの前に行かれ、昼は雲の柱をもって彼らを導き、夜は火の柱をもって彼らを照し、昼も夜も彼らを進み行かせられた」。出エジプト13:21
神様はイスラエルの民を、出エジプトから約束の地まで、雲の柱と火の柱をもって先導なさいました。彼らの旅路は主の行かれるまま。進むも留まるも、理由の説明はありません。御霊に導かれる私達の人生の旅路も、日々様々であり、そこに詳細説明はありません。しかし行き着く先は約束の御国です。 (MK)
今日の通読箇所