神様の言葉、聖書の言葉は変わることのない確かなものです

11月1日

「草は枯れ、花はしぼむ。しかし、われわれの神の言葉はとこしえに変ることはない。」イザヤ40:8

 草も花も盛んな時はわずかな期間にすぎません。また、朝に咲く花も夕べには枯れるはかないものです。世のものはすべてかように流転きわまりのないものばかり。確固不動のものはありません。ただ、神様の言葉、聖書の言葉は時代を超え、人種を越え、変わることのない確かなものです。神様の言葉を信じ、それに心を託して生きるとき、あなたも永遠に生きるものとなることができます。(KE)

自分の日常を振り返ると、驚くことばかりです

10月31日

「神のなされることは皆その時にかなって美しい。」伝道3:11a

 神様のなさることは、何か特別な事態や異常な事件ではありません。平々凡々とした日常こそ、まさに神様のなさることです。あなたがそのことに気づかないだけです。自分の計画によらず、知恵と力によらないことを認めて、自分の日常を振り返ると、驚くことばかりです。しかも、自分が思っていたよりもはるかに素晴らしい人生であることに気づくはずです。今日の一日も神様があなただけに備えておられることばかりです。(KE)

大きな失敗をして自信を失うとき、自分の無力さを知り、心砕けたものとなります

10月30日

「神の受けられるいけにえは砕けた魂です。神よ、あなたは砕けた悔いた心をかろしめられません。」詩篇51:17

 「砕けた魂」、「砕けた悔いた心」とは自分を低いものと自覚したときです。健康を誇りとする人が重篤な病に置かれるようなとき、また、大きな失敗をして自信を失うとき、自分の無力さを知り、心砕けたものとなります。神様はそのような人を顧みてくださいます。自分の弱さ、無力さ、無価値なることを認めて、神様を求めようではありませんか。(KE)

喜べないなら、祈って求めて下さい

10月29日

「求めなさい、そうすれば、与えられるであろう。そして、あなたがたの喜びが満ちあふれるであろう。」ヨハネ16:24bc

 イエス様は私達に主の名によって祈るように勧めて下さいます。それは私達に喜びを満たすためです。神様は私達が喜び楽しんで地上の生活を送ることを願っておられます。その為に御子イエス様を世につかわされたのです。今日、あなたは喜んで生きていますか。喜べないなら、祈って求めて下さい。必ず、答えて、嘆きや悲しみを喜びに変えてくださいます。(KE)

哲人や賢人の言葉ではなく、キリストの言葉を聞くのです

10月28日

「したがって、信仰は聞くことによるのであり、聞くことはキリストの言葉から来るのである。」ローマ10:17

 神様を信じるにはまず聞くことが必要です。聞くには聞こうとしなければ聞けません。聖書の言葉をただ読むだけでなく、そこから語られる神様からのメッセージに耳を傾けることです。しかも、それは哲人や賢人の言葉ではなく、キリストの言葉を聞くのです。今日も、聖書の言葉に聞き、あなたに語られる主のみこころをくみ取ってください。境遇がどうであれ、安心と確信が得られます。(KE)

父なる神様のみ心に従っている確信と喜びがあったからです

10月27日

「かえって、おのれをむなしうして僕のかたちをとり、人間の姿になられた。その有様は人と異ならず、…」ピリピ2:7

 神様を離れて、暗黒と死の陰にある人を救い出すために、神様が人の世に降ってくださる。これは人の想像を超えた破天荒な事態です。しかも、しもべとなって。イエス様がこのように謙遜な生涯を生きることができたのは、父なる神様のみ心に従っている確信と喜びがあったからです。あなたもこの生き方にならうとき、神様の命に満たされます。(KE)

思うようにならないことを嘆き、自由でありたいと願います

10月26日

「すべてのことは許されている。しかし、すべてのことが益になるわけではない。すべてのことは許されている。しかし、すべてのことが人の徳を高めるのではない。」第一コリント10:23

この世の生活では、様々な制約や規則、しきたりや習慣によって自由が制限されています。それ故に思うようにならないことを嘆き、自由でありたいと願います。しかし、真の「自由」は、むしろ人の「益」を求め、「徳」を高めるために、自ら進んで束縛や不自由な境遇にあえて身を置くことです。(KE)

神様に憤ることこそ、人の罪の根源です

10月25日

「そこで主はカインに言われた、『なぜあなたは憤るのですか、なぜ顔を伏せるのですか』。」創世記4:6

 神様は弟アベルの供え物を顧みて、兄カインの供え物を退けました。そのとき、カインは神様に憤ったのです。神様のなさることは絶対的なものです。善し悪し、好き嫌いを差し挟むことはできません。まして、被造物に過ぎない者が神様に向かって憤るなど、言語道断です。その結果、罪なき弟を殺しました。神様に憤ることこそ、人の罪の根源です。人や境遇に憤っているようですが、心の底に神様への憤りがあります。(KE)

日々の生活を、表裏のない、真実に生きることが大切です

10月24日

「わたしは公平を、測りなわとし、正義を、下げ振りとする。 ひょうは偽りの避け所を滅ぼし、水は隠れ場を押し倒す。」イザヤ28:17

 神様は「義」なる方です。たとえ、私達が表向きの正しさを装っても、やがてそれらの虚偽をはぎ取って、真実を白日の下に明らかにされます。ですから、日々の生活を、表裏のない、真実に生きることが大切です。虚栄や虚飾、建前ばかりの歩みは、かならず行き詰まるからです。すべてを知り給う神様の前に常に裸で、有りのままに生きようではありませんか。(KE)

神様は理不尽な罰を与える御方ではありません

10月23日

「わたしはあなたのとがを雲のように吹き払い、あなたの罪を霧のように消した。わたしに立ち返れ、わたしはあなたをあがなったから。」イザヤ44:22

 何か思いがけない不幸に出会うと、神罰とか、祟りとか、バチが当たったと言って恐れます。それは全ての人の心に、自分が罪に汚れた者で、神様に呪われて当然だと密かに感じているからです。神様は理不尽な罰を与える御方ではありません。それどころか、御子の死によって、罪をゆるし、あなたを熱心に求めておられます。(KE)