神様のなさる業は、些細な事も実に美しい

1月17日

「神のなされることは皆その時にかなって美しい。神はまた人の心に永遠を思う思いを授けられた。それでもなお、人は神のなされるわざを初めから終りまで見きわめることはできない」。伝道3:11

 ソロモン王は生涯を振り返り、当時は最善と思った自分の手柄がどれも空しいこと。一方で神様のなさる業は、どんなに些細なことも実に美しいと告白します。人が神様の恵みの御業を自分の手柄にしようとする時、感謝が失われ後悔が残ります。(MK)

今日の通読箇所

出エジプト10章

使徒行伝9章

主を見失った業は、空しさしか残さない

1月16日

「そこで、わたしはわが手のなしたすべての事、およびそれをなすに要した労苦を顧みたとき、見よ、皆、空であって、風を捕えるようなものであった。日の下には益となるものはないのである」。伝道2:11
 
 イスラエルの三代目の王として隆盛期を治め、国内外から多くの称賛を集めたソロモン。本人にも賢王の自負があったでしょう。しかし老年期に生涯を振り返り、主を見失った業の全ては、空しさしか残さないと告白しました。(MK)

今日の通読箇所

出エジプト8章

使徒行伝7章

その知恵が新たな悩みを生み堂々巡りです

1月15日

「それは知恵が多ければ悩みが多く、知識を増す者は憂いを増すからである」。伝道1:18

 生れたばかりの子どもには悩みがありません。しかし成長と共に自我が芽生えると、悩みが生まれます。悩みを解決するために、人はより多くの知恵を得ようとしますが、その知恵が新たな悩みを生み堂々巡りです。 「主を恐れることは知識のはじめ」(箴言)です。自分で全てを知ろうとするのではなく、全てを知っておられる主にお任せする謙遜が肝要です。(MK)

神様は、どんな事も自由になし得る方です

1月14日

「わたしは光をつくり、また暗きを創造し、繁栄をつくり、またわざわいを創造する。わたしは主である、すべてこれらの事をなす者である」。イザヤ45:7

 神様は人に良きことをなさるのであって、不幸や災いは悪魔の仕業、また人の悪の結果だと多くの人々思っているようです。万物の創造者である神様は、光も暗きも、どんなことも自由になし得る方です。神様の為さる業に欠けるところはありません。万事、御心によるもの。黙して主の業を感謝して受けようではありませんか。(KE)

今日の通読箇所

出エジプト7章

使徒行伝6章

聖書に主の命が込められています

1月13日

「あなたがたは主の書をつまびらかにたずねて、これを読め。これらのものは一つも欠けることなく、また一つもその連れ合いを欠くものはない。これは主の口がこれを命じ、その霊が彼らを集められたからである」。イザヤ34:16

 聖書は長い年月をかけ、多くの人々が主の霊に導かれて語った神の言葉です。そこに主の命が込められています。日々の生活の様々な場面で、み言葉に心を開いて、主の霊に溢れる時、新しい視野が開け、隠されたものが明らかになり、力に満たされます。(KE)

今日の通読箇所

出エジプト6章

使徒行伝5章

神様に助けを求める事を願っておられます

1月12日

「助けを得るためにエジプトに下り、馬にたよる者はわざわいだ。彼らは戦車が多いので、これに信頼し、騎兵がはなはだ強いので、これに信頼する。しかしイスラエルの聖者を仰がず、また主にはかることをしない」。イザヤ31:1

 悩みや患難に会う時、神様に助けを求めることを願っておられます。ところが、人はこの世の有力者、馬や戦車の力に頼ろうとします。神様は私たちが何を力とし、頼りにしようとするかをじっと見ておられます。主はあなたに頼られることを待っておられます。(KE)

今日の通読箇所

出エジプト5章

使徒行伝4章

人生を半分しか知らないことになります

1月11日

「苦しみにあったことは、わたしに良い事です。これによってわたしはあなたのおきてを学ぶことができました」。詩篇119:71

 誰でも患難、苦しみを喜びません。しかし、楽しいこと、思い通りになることばかりであれば、それでは人生を半分しか知らないことになります。喜怒哀楽、様々な境遇を通ることによって、造物主である神様のわざの広さ・長さ・深さを十分に味わい悟ることができます。(KE)

今日の通読箇所

出エジプト4章

使徒行伝3章

十字架は、これ以上ない愛情表現です

1月10日

「愛には恐れがない。完全な愛は恐れをとり除く。恐れには懲らしめが伴い、かつ恐れる者には、愛が全うされていないからである」。Ⅰヨハネ4:18

 神様の愛はキリストの十字架を通し、私達に現わされました。究極の自己犠牲であり、これ以上ない愛情表現です。この愛を受けた私達は、神様を「お父さん」と呼ぶことができる者とされました。また十字架の死を超える罰は存在しないので、追徴を恐れることもありません。(MK)

今日の通読箇所

出エジプト3章

使徒行伝2章

神様を形容する言葉は、やはり愛でしょう

1月09日

「わたしたちが神を愛したのではなく、神がわたしたちを愛して下さって、わたしたちの罪のためにあがないの供え物として、御子をおつかわしになった。ここに愛がある」。Ⅰヨハネ4:10
 
 神様を形容する言葉はたくさんあります。全能、聖、公正、義…。しかしどれか一つと言われるならば、やはり『愛』でしょう。全てを持っておられる方が、全てを投げうってでも私達を救いたいと、行動を起こして下さった。これが愛の原型です。(MK)

今日の通読箇所

出エジプト2章

使徒行伝1章

生活の中では神の子とされた事を忘れます

1月08日

「わたしたちが神の子と呼ばれるためには、どんなに大きな愛を父から賜わったことか、よく考えてみなさい」。Ⅰヨハネ3:1a

神様に造られ、生かされ、救いに与り、神の子とされた私達ですが、日常生活の中ではその事を忘れてしまいがちです。私達は本来「生れながらの怒りの子」であり、愛を受けるどころか、怒りを受けるべき存在でした。キリストは十字架にかかり、私達が神様からの愛を受ける事が出来るようにして下さったのです。(MK)

今日の通読箇所

出エジプト1章

ヨハネによる福音書21章