内なる人が弱ると、生きる力を失います

3月21日

「どうか父が、その栄光の富にしたがい、御霊により、力をもってあなたがたの内なる人を強くして下さるように、…」エペソ3:16

 人は、身体を取り巻く「外なる人」と、こころ、魂、霊魂などと言われる「内なる人」とで出来ています。たとえ「外なる人」が強くても、「内なる人」が弱ると、生きる力を失います。では、何によって「内なる」人を強くできるでしょうか。神の御霊によるほかありません。そのために、祈りを欠かさず、霊の力を求めましょう。

今日の通読箇所

イザヤ書8章

ルカによる福音書12章

神様は私たちを救い出して下さったのです

3月20日

「あなたがたの救われたのは、実に、恵みにより、信仰によるのである。それは、あなたがた自身から出たものではなく、神の賜物である」。エペソ2:8

 私たちは神を知らず、キリストにも縁のないもので、永遠の滅びに定められたものでした。しかし、神様はそのような私たちを憐れんで、御子の命によって救い出して下さったのです。まだ罪人であったとき、すでに神様はあなたの救いを決めておられ、時満ちて救いを与えてくださいました。神様の一方的な恵みによるものです。感謝するほかありません。(KE)

今日の通読箇所

イザヤ書7章

ルカによる福音書11章

眠れないまま賛美し、祈っていました

3月19日

「真夜中ごろ、パウロとシラスとは、神に祈り、さんびを歌いつづけたが、囚人たちは耳をすまして聞きいっていた」。使徒16:25

 アジア各地で福音を語る機会が閉ざされ、マケドニヤの植民都市ピリピに来ます。そこでトラブルに巻き込まれた彼らは捕らわれの身となりました。牢獄に入れられ、眠れないまま賛美し、祈っていました。他の囚人たちも聞き入っていたのです。彼らも自分の身がどうなるか不安だったでしょう。失望しないで、祈り、賛美するところに主が共におられることを実感体験することができます。(KE)

今日の通読箇所

イザヤ書6章

ルカによる福音書10章

神様は大きな愛を与えてくださったのです

3月18日

「あなたの神、主は焼きつくす火、ねたむ神である」。申命記4:24

 神様は愛であると言われます。確かに、根本的なご性質は愛に満ちたかたです。だからひとり子を罪人の贖いの犠牲とするほどの限りなく、深く、広く、また大きな愛を与えてくださったのです。それだけに「妬む神」でもあります。もし妬むことをしないのであれば、愛が乏しいとさえ言えます。真実に愛すればこそ妬みを感じるのは至極当然です。私たちも主の愛に応答して一途に主を愛しましょう。(KE)

今日の通読箇所

イザヤ書5章

ルカによる福音書9章

主が再びこの世に来てくださることです

3月17日

「あなたがたを離れて天に上げられたこのイエスは、天に上って行かれるのをあなたがたが見たのと同じ有様で、またおいでになるであろう」。使徒1:11b

弟子たちはこれからどんなことが起こるか、不安と心配に心が塞がれていました。ここで御使いが強調したことは、主が再びこの世に来てくださることです。この約束は今なお有効です。終末のときがいつであるか、誰も知りません。だからこそ、この世に流されず、主を待ち望んで、慎ましく、勇気を出して、主のお会いする備えをしておきましょう。(KE)

今日の通読箇所

イザヤ書4章

ルカによる福音書8章

聖霊が信じる者に与えられたのです

3月16日

「こう言い終ると、イエスは彼らのみている前で天に上げられ、雲に迎えられて、その姿が見えなくなった」。使徒1:9

 イエス様はこの世で果たすべき使命を終わり、弟子たちの見守るうちに天に上げられました。物質的な姿は消えましたが、それに代えて聖霊が信じる者に与えられたのです。今、私たちのうちにも御霊は宿っておられ、父なる神様のみ心を教えてくださいます。ただし、活ける主を信じ、主よ、お話くださいと心を傾け、聞こうとしなければ聞き逃します。(KE)

今日の通読箇所

イザヤ書3章

ルカによる福音書7章

神様は私達の日々の生活の中に居られます

3月15日

「われわれの神、主は、われわれが呼び求める時、つねにわれわれに近くおられる。いずれの大いなる国民に、このように近くおる神があるであろうか」。申命記4:7

 日本人は、神様は出来るだけ遠くに祭り上げ、必要な時以外触らないがいいと思っています。しかし、まことの神様は私たちの日々生活する真っ只中に居られます。そればかりか、あなたの内も外も、どんな小さなことも知りつくしています。さらに御心を行わせようと干渉しておられます。主との交わりのうちに過ごしてください。(KE)

今日の通読箇所

イザヤ書2章

ルカによる福音書6章

執り成しに、神様は救いの道を示しました

3月14日

「モーセは青銅で一つのへびを造り、それをさおの上に掛けて置いた。すべてへびにかまれた者はその青銅のへびを仰いで見て生きた」。民数記21:9

 荒野の旅の困難から、民は神様とモーセにつぶやきました。神様は「火のヘビ」を送ってつぶやいた者たちを殺しました。しかし、モーセの執り成しによって、神様は救いの道を示しました。竿の上のヘビを仰ぎ見れば罪を問わないと。主の十字架の贖いの約束です。心に咎めるものがあるなら、主の十字架を仰ぎ見てください。今日も主はとりなしておられます。(KE)

今日の通読箇所

イザヤ書1章

ルカによる福音書5章

民は、徹底して主に従うことを学ぶのです

3月13日

「すなわち、彼らは主の命にしたがって宿営し、主の命にしたがって道に進み、モーセによって、主がめいじられたとおりに、主の言いつけを守った」。民数記9:23

 イスラエルの民はカナンの地を目ざして出立しました。道なき荒野の旅です。神様は昼は雲の柱、夜は火の柱をもって共に進んで下さったのです。民は何一つスケジュールは持ちません。雲の動きに合わせて宿営し、また道に進みます。徹底して主に従うことを学ぶのです。自分の予定や目標は立てられません。今も主はその時のように私たちを導かれます。(KE)

今日の通読箇所

雅歌8章

ルカによる福音書4章

神は私達の全てを新しくしたとの宣言です

3月12日

「わたしはあなたのとがを雲のように吹き払い、あなたの罪を霧のように消した。わたしに立ち返れ、わたしはあなたをあがなったから」。イザヤ44:22

 なんと嬉しいことではないですか。真夏の入道雲も強い風がふけば、一瞬にして跡かたなく消えてしまいます。雲があったことすら消えています。そのように、神様は私たちの罪咎のすべて、過去から未来にまで、痕跡すらないように新しくしたとの宣言です。罪清められたことを信じて、主の力あるみ手の中にすっぽり委ねて、安心な今日を過ごしてください。(KE)

今日の通読箇所

雅歌7章

ルカによる福音書3章