それを失ったら、人としての値打ちが無くなるものです

10月12日

「悪い言葉をいっさい、あなたがたの口から出してはいけない。必要があれば、人の徳を高めるのに役立つような言葉を語って、聞いている者の益になるようにしなさい。」エペソ4:29

 “人間の尊厳”という言葉を聞きますが、人が他の被造物と区別される固有の尊い徳性です。それを失ったら、人としての値打ちが無くなるものです。悪口雑言、他者を貶める言葉、誹謗中傷、悪意、ねたみ、嫉妬などによって、自分の尊厳を傷つけ、また相手の尊厳をも損ないます。老若男女を問わず、お互いに自らの徳を高めるように努めようではありませんか。(KE)

誰も知らないと油断するならばとんでもない事態にならんとも限りません

「わざわいなるかな、おのが計りごとを主に深く隠す者。彼らは暗い中でわざを行い、『だれがわれわれを見るか、だれがわれわれのことを知るか』と言う。」イザヤ29:15

 「天網恢々疎にして漏らさず」と言われていますが、だれも見ていない、誰も知らないと油断するならば、とんでもない事態にならんとも限りません。それは神様を侮り、軽んずることだからです。大なるものから小なるものに至るまで、ことごとく知り尽くし、人の心の内外まで見ておられ、報われる神様を畏れることが人としての土台です。(KE)

私達は肉体で生きていますが、同時に霊的ないのちを生きています

10月10日

「肉のからだでまかれ、霊のからだによみがえるのである。肉のからだがあるのだから、霊のからだもあるわけである。」コリント第一15:44

 まもなく死亡欠礼のハガキが届く季節になり、自らの終わりを思わされます。終わってからはどうなるのでしょうか。消えて無くなる説もありますが、肉体が分解して灰と水分や気体に変わるだけです。私達は肉体で生きていますが、同時に霊的ないのちを生きています。霊はそれを授けた神に帰ります。それがよみがえりです。そのとき、今の姿ではなく、新しい霊のからだに変えられます。(KE)

自分の良心に責められないように気をつけることが何よりも大切です

10月9日

「わたしはまた、神に対しまた人に対して、良心に責められることのないように、常に努めています。」 使徒24:16

 神様から、また人から、責められないためには、自分の良心が痛まない歩みをすることです。なんとか人から、神様から非難されまいと努めますが、どこまですればいいのか自信がもてません。だから、自分が静かに振り返ってみて、自分の良心に責められないように気をつけることが何よりも大切です。そうすればおのずから、神様と人にも責められない生き方ができます。(KE)

語るなら、その結果をも自分が引き受ける覚悟がなければなりません

10月8日

「また彼らに言われた、『聞くことがらに注意しなさい。あなたがたの量るそのはかりで、自分にも量り与えられ、その上になお増し加えられるであろう』。」マルコ4:24

 世間でも“天につばきする”と言われますが、他者を非難すれば自分も同じように非難されるから、なにごとにも細心の配慮が必要です。語るなら、その結果をも自分が引き受ける覚悟がなければなりません。神様は公平で義なる方ですから、私達の行動にきちんと報いておられるのです。神様の怒りを我が身に積むことがないように、文字通り真剣に生きようではありませんか。(KE)

神様の言葉は信実ですから、決して裏切られることはありません

10月7日

「それゆえ、彼らに言え、主なる神はこう言われる、わたしの言葉はもはや延びない。わたしの語る言葉は成就すると、主なる神は言われる。」 エゼキエル12:28

 神様の言葉は信実ですから、決して裏切られることはありません。私達は自分の言葉も実行できないでいますから、言葉を信用しない傾向があります。12月になるとクリスマスを迎えますが、これこそ神様の言葉、預言が成就した証しです。ことにマタイは福音書で繰り返し神様の言葉が成就したと語っています。あなたも神様の言葉を一つでも信じてみてはいかがですか。(KE)

聖書の言葉は信じる私達に望みとなり、力を与えてくれます

10月6日

「わが魂はあなたの救を慕って絶えいるばかりです。わたしはみ言葉によって望みをいだきます。」詩篇119:81

 次々と起こってくる問題や苦しみにあるとき、私達の魂は神様を求める謙遜な心となります。これは神様が人に与えられた天来の恵みです。人に裏切られ、頼りとするものが断たれて絶望するとき、私達には真実な助けがあります。それはみ言葉です。聖書の言葉は信じる私達に望みとなり、力を与えてくれます。どんなときにも、聖書にこうあるから、主がこのように語っているからと望みを得て下さい。(KE)

私達も目の前の問題や事件しか見えないため、うろたえ大騒ぎします

10月5日

「エリシャは言った、『恐れることはない。われわれと共にいる者は彼らと共にいる者よりも多いのだから』。」列王下6:16

 預言者エリシャの家がスリヤの軍勢に取り囲まれました。召使いはそれを見て恐れおののきました。これはその時の言葉です。召使いの目にはスリヤ軍しか見えませんでしたが、神様の軍勢である火の馬と火の戦車が彼らを守っていたのです。私達も召使いのように目の前の問題や事件しか見えないため、うろたえ大騒ぎしますが、まず祈って、全能の神なる主を見てください。勇気が湧いてきます。(KE)

みことばに賭けてみてはいかがですか

10月4日

「神はその約束されたことを、また成就することができると確信した。」 ローマ4:21

 私達の信仰は神様の言葉を信じることによるものです。しかもその言葉は約束ですから、実行されなければ意味がありません。口約束、空手形などと言われるように、人の世では言葉だけで成就しないことのほうが多い。そこで大切なのは、当事者の資質、すなわち真実か不真実かによるのです。人は不真実ですから当てになりませんが、神様は真実な方です。決して裏切ることをなさいません。みことばに賭けてみてはいかがですか。(KE)

むしろ復活を信じなければキリスト教はいのちを失い、私達の信仰も消えてしまいます

10月3日

「もしキリストがよみがえらなかったとしたら、わたしたちの宣教はむなしく、あなたがたの信仰もまたむなしい。」第一コリント15:14

 イエス様の復活はキリスト教の躓きの石だという人がいますが、むしろ復活を信じなければキリスト教はいのちを失い、私達の信仰も消えてしまいます。イエス様がよみがえって、今も共におられることを信じるとき、現実の生活のなかで、ふとしたときに主の眼差しを感じ、ささやきを聞き、み手のぬくもりを味わうことができます。こればかりは信じて体験しなければどうにもなりません。(KE)