それには神様の意図があったのです

10月2日

「聖書はパロにこう言っている、『わたしがあなたを立てたのは、この事のためである。すなわち、あなたによってわたしの力をあらわし、また、わたしの名が全世界に言いひろめられるためである』。」ローマ9:17

 モーセは神の民を解放するようにとパロ王に繰り返し要求しますが、王は頑なになり、前言を翻して拒み続けます。どうして神様はパロ王を赦しておられるのかと思いますが、それには神様の意図があったのです。彼によって神様のわざが明らかに成るためです。どんなことにも神様による存在理由があるのです。(KE)

最善の時をと願いますが、ただ、それがいつであるか確信がもてません

10月1日

「神のなされることは皆その時にかなって美しい。神はまた人の心に永遠を思う思いを授けられた。それでもなお、人は神のなされるわざを初めから終りまで見きわめることはできない。」伝道3:11

 何事にもそれぞれ「潮時」というものがあります。最善の時をと願いますが、ただ、それがいつであるか確信がもてません。だから、この時でよかっただろうかと不安になります。しかし、神様はけっして「時」を逃しません。「今がその時だ」と神様が促される指示を待ち、即座に従おうではありませんか。(KE)

むしろ、いつくしみと憐れみに満ちた方です

9月30日

「わたしはいつくしみを喜び、犠牲を喜ばない。燔祭よりもむしろ神を知ることを喜ぶ。」ホセア6:6

 日本人には、神様は怖いものであって、たたりをあたえると古くから刷り込まれた観念があります。真の神様はそうではありません。確かに恐れるべき方ですが、決して恐怖を抱くべき方ではありません。むしろ、いつくしみと憐れみに満ちた方です。神様はご自分をもっと知ってほしいと願っています。それは神様に対して偏見や誤解があるからです。日々の生活を通して神様と深く交わり、神様の愛に満たされましょう。(KE)

善いことも悪いことも、神様のご計画とみ思いによるのです

9月29日

「主が命じられたのでなければ、だれが命じて、その事の成ったことがあるか。災もさいわいも、いと高き者の口から出るではないか。」哀歌3:37-38

 天地万物が神様の創造によるのだと信じるとき、私達の日常生活もまた創造者の摂理によって存在していると信じざるを得ません。神様の許しがなければ人はなにひとつ出来ないし、事は起こりません。人にとって善いことも悪いことも、神様のご計画とみ思いによるのです。それらの結論は世を去るとき、否、終末のときまで待たなければなりません。(KE)

自分ではない思いが与えられ、行動に促されます。

9月28日

「わたしたちとしては、自分の見たこと聞いたことを、語らないわけにはいかない。」使徒4:20

  聖霊に満たされたのち、弟子たちはユダヤ人を恐れず、町中へ出掛けて大胆にイエス様の救いを語りました。誰に指示されたわけでもなく、内部から突き動かす力に押し出されたのです。聖霊あるいは御霊は私達にたえず干渉して来られます。その時、自分ではない思いが与えられ、行動に促されます。じっとしておられない、言わなければ居られない事態におかれます。あなたにも神様は臨んでおられます。(KE)

あなたがしていることが神様のみこころであると確信するなら天に宝をつむことです

9月27日

「自分のために宝を積んで神に対して富まない者は、これと同じである。」ルカ12:21

 自分の欲望や情動に動かされて、それらを満たすことは「自分のために宝を積む」ことです。一方、あなたがしていることが神様のみこころであると確信するなら、そのことは「神に対して富む」ものです。これが天に宝をつむことです。同じ事をしていても、その動機が自分のためなのか、主のためなのかによって、大きく違ってきます。神に対して富む行為はこの世で報われませんが、天国銀行の口座に積み立てられているのです。(KE)

神様のことばも歳を重ねて来るにつれて含蓄のある言葉に変わってきます

9月26日

「わが子よ、あなたの父の戒めを守り、あなたの母の教を捨てるな。つねに、これをあなたの心に結び、あなたの首のまわりにつけよ。」箴言6:20-21

 世間でも、「親の意見となすびの花は、千に一つの無駄もない」と言われます。親の意見や小言はうるさくて無駄なように思われますが、歳を重ねて来るにつれて含蓄のある言葉に変わってきます。神様のことばも同じです。若いときはみことばに心を留めませんが、人生半ばを超えてくると、しみじみ得心が行きます。今はわからなくても、しっかり御言を心に蓄えましょう。(KE)

間違った指令を出すと、パソコンがおかしくなります

9月25日

「わたしの内に、すなわち、わたしの肉の内には、善なるものが宿っていないことを、わたしは知っている。」ローマ7:18a

 パソコンは電源やメモリー、ハードディスクなどの機械的なものと、それらを動かすソフト(Operating Soft)から成り立っています。ソフトが間違った指令を出すと、パソコンがおかしくなります。人も同様に、身体的な機能とそれらを総合的に動かす能力とで出来ています。生まれながらに書き込まれたサタンのプログラムを、人が本来持つべき真のプログラムに書き換えて下さったのがイエス様です。それによって正しい歩みができます。(KE)

神様は私達を愛しておられるゆえ、救いたいと願っています

9月24日

「それとも、神の慈愛があなたを悔改めに導くことも知らないで、その慈愛と忍耐と寛容との富を軽んじるのか。」ローマ2:4

 神様は私達を愛しておられるゆえ、なんとしても滅びにあわせず、救いたいと願っています。そのため、すべての人が救われるようにと長く忍耐しておられるのです。正義も公平も失われた今の世の様を見て、神様は無能無力だと侮るならば、遠からずして神様の峻厳な裁きに会います。今はまさに恵みの時、救いの日です。主のご愛に感じて、みこころに従うものとなりましょう。(KE)

私達のいのちは神様の手に握られて主が許して下さる間だけ生きるのです。

9月23日

「あなたがたは、あすのこともわからぬ身なのだ。あなたがたのいのちは、どんなものであるか。あなたがたは、しばしの間あらわれて、たちまち消え行く霧にすぎない。」ヤコブ4:14

 私達の存在は実にはかないものです。しかし、いつもそれを忘れて生活しているのではないでしょうか。私達のいのちは神様の手に握られて、自分のものではありません。主が許して下さる間だけ生きるのです。だから、明日のこと、将来のことはわかりませんから、今、今日、この瞬間を力一杯生きて下さい。(KE)