苦しみのとき、悩みの日にあるなら、神様に頼ろうではありませんか

4月9日

「さあ、わたしたちは主に帰ろう。主はわたしたちをかき裂かれたが、またいやし、わたしたちを打たれたが、また包んでくださるからだ。」ホセア6:1

 試練に会うことは嫌ですが、それは神様のご計画でもあります。なぜなら、私たちは頑なで高慢ですから、そうでもしなければ到底神様を求めようとしません。「苦しいときの神頼み」と言いますが、まさにそれが私達に幸いなことです。苦しみのとき、悩みの日にあるなら、まず神様に立ち返り、神様に頼ろうではありませんか。それは主の願っていることだからです。(KE)

後になるとこれ以上の幸いはないと言えるようにしてくださいます

4月8日

「主のいつくしみは絶えることがなく、そのあわれみは尽きることがない。」哀歌3:22

 今、あなたがどのような境遇、状況に置かれていようと、しかもそれが望まないことであっても、神様があなたにいだいておられる慈愛と哀れみは決して変ることがありません。今は不幸の極みと思われても、後になるとこれ以上の幸いはないと言えるようにしてくださいます。「これは朝ごとに新しく、あなたの真実は大きい」と続いています。真実な主は今日も変わりなくあなたをいつくしみ、あわれんでくださいます。(KE)

全てのことの理由を知ることは出来ません

4月7日

「見よ、わたしはまことに卑しい者です、なんとあなたに答えましょうか。ただ手を口に当てるのみです。」ヨブ40:4

 思いがけない不幸や、困難に出会うと、「どうして?」とつぶやきます。こうなった理由を知りたいのです。しかし、私たちは神様によって造られ、生かされている者です。だから、なにもかも、全てのことの理由を知ることは出来ません。わからないこと、知りえないことが自分の身に起ってきますが、神様が備えられたことですから、つぶやかず、疑わないで、感謝して受けようではありませんか。(KE)

それ以上に大切なのはその人の心がどうであるかです

4月6日

「さらに言われた、『人から出て来るもの、それが人をけがすのである。すなわち内部から、人の心の中から、悪い思いが出て来る』。」マルコ7:20-21

 人は環境によって左右されるとも言われますが、それ以上に大切なのはその人の心がどうであるかです。聖書には、心は「はなはだしく悪に染まっている」とあります。善を求めつつ、悪をなしてしまう心です。そこから出て来るものがその人自身をけがすばかりか、周囲の者達をもけがします。諸悪の根源は他者ではなく、自分であることを自覚しましょう。(KE)

主はへりくだり、せつに求める者に答えてくださる方です

4月5日

「すると女は言った、『主よ、お言葉どおりです。でも、小犬もその主人の食卓から落ちるパンくずは、いただきます』。」マタイ15:27

娘が悪い病で苦しんでいるため、イエス様に癒しを求めてきました。主は冷たく拒みましたが、母親はなおあきらめずに求め続けました。小犬にやるパンはないとまで言われても、「お言葉どおりです」とへりくだり、主にすがったとき、イエス様は大変喜ばれ、病も癒されました。まことに、主はへりくだり、せつに求める者に答えてくださる方です。失望しないで、求めましょう。(KE)

全てをご愛の御心に従って持ち運んでくださっているから感謝するのです

4月4日

「主をほめたたえよ。主に感謝せよ、主は恵みふかく、そのいつくしみはとこしえに絶えることがない。」詩篇106:1

都合のよいこと、思い通りなったり、思いがけない幸運に恵まれると「感謝しよう」となります。事柄や状況に左右されています。しかし、神様が全てをご愛の御心に従って持ち運んでくださっているから感謝するのです。人や事柄にではなく、神様に感謝する。たとえ、自分の意に反することであっても、神様が恵みと慈愛によって備えられたことですから、神様に感謝する。すると真の感謝になります。(KE)

ただイエス様のゆえに、「死んだ犬」同然なものが神の子とされたのです

4月3日

「彼は拝して言った、『あなたは、しもべを何とおぼしめして、死んだ犬のようなわたしを顧みられるのですか』。」サムエル下9:8

ダビデは王位に着いた時、親友ヨナタンの遺児、メピボセテに恵みを施そうとします。彼は両足がともに不自由だったのです。王は彼を宮殿に住まわせ、自分の食卓で一緒に食事をするようにしました。彼は破格の取り扱いに、恐縮至極、謙って王様の処遇に感謝しました。私達も、ただイエス様のゆえに、「死んだ犬」同然なものが神の子とされたのです。神様の恵みを感謝しましょう。(KE)

人の思い、考え、想像をはるかに越えたわざをなさるから、神様です

4月2日

「主の使は彼に言った、『わたしの名は不思議です。どうしてあなたはそれをたずねるのですか』。」士師記13:18

神様の別の名は「不思議」です。神様のわざが私たちには不思議なことと思われるからです。確かに、人が出来る程度のことしか出来ない神様なら、神様とは言えません。人の思い、考え、想像をはるかに越えたわざをなさるから、神様です。まさに不思議を行われます。英語ではname of wonderとなっています。言うならば、私たちに「ワンダフル」と驚嘆させるお方、それが神様です。(KE)

神様はあなたと共にいるから、「恐れるな」「おののくな」と言われます

4月1日

「わたしはあなたに命じたではないか。強く、また雄々しくあれ。あなたがどこへ行くにも、あなたの神、主が共におられるゆえ、恐れてはならない、おののいてはならない。」ヨシュア1:9

神の民を率いてカナンの地へ入ろうとする指導者、ヨシュアに語られた言葉です。彼は重大な責任に潰れそうで、孤独でした。そのとき、神様は「私が共にいるよ」と語られました。今日一日も、神様はあなたと共にいるから、「恐れるな」「おののくな」と言われます。大胆に主を信頼して、未知なるものへ踏み出しましょう。(KE)

信仰に立って生きようとすると、試練が多くなります

3月31日

「わたしの兄弟たちよ。あなたがたが、いろいろな試錬に会った場合、それをむしろ非常に喜ばしいことと思いなさい。」ヤコブ1:2

これはまた驚きの言葉です。誰だって試練は避けたいし、嫌なことです。出来れば会わないほうがいい。と言っても、人は生きている限り、試練を避けることができません。殊に、信仰に立って生きようとすると、試練が多くなります。それは神様の恵みです。試練を通ることによって、あなたのうちにある隠された能力が引き出され、神様の並外れたわざが現れるためです。(KE)