人生の土台はどうでしょうか

4月14日

「それで、わたしのこれらの言葉を聞いて行うものを、岩の上に自分の家を建てた賢い人に比べることができよう。」マタイ7:24

 これはイエス様の譬えですが、家を建てるとき、地盤や土台が大切だと誰もが知っています。では、人生の土台はどうでしょうか。主は砂の上に建てた愚かな人のことも語っています。お金や健康、友達や親族などの人間関係などを土台とするなら、それは砂の上です。地震や暴風雨に遭うとすぐに壊れ、流されます。主のみことばを土台とする人生こそ、どんなことにも不動のものです。(KE)

神様の救いの最終目標は私たちをキリストに似るものとすることです

4月13日

「神はあらかじめ知っておられる者たちを、更に御子のかたちに似たものとしようとして、あらかじめ定めて下さった。」ローマ8:29a

 神様の救いの最終目標は私たちをキリストに似るものとすることです。それはまた神様の性質に似るものでもあります。そのために神の霊、聖霊を送ってくださいました。今、どこをとってもキリストのかたちはありませんが、神様の目標を自覚して、御霊(聖霊)の導きにしたがうとき、私たちは造りかえられます。日々、少しでもキリストに似るものになりたいと願います。(KE)

「道」を、「大路」を備え、まっすぐにせよと言われます。

4月12日

「呼ばわる者の声がする、『荒野に主の道を備え、さばくに、われわれの神のために、大路をまっすぐにせよ』。」イザヤ40:3

 「荒野」「さばく」とはまさに私達の日々の生活ではないでしょうか。そこには慰めも、安らぎもなく、望みもありません。困難と苦しみの地です。しかし、そのなかに「道」を、「大路」を備え、まっすぐにせよと言われます。神様に対する姿勢はどうであるかと問われるのです。「荒野」「さばく」と思われる事態や状況におかれるとき、まず神様に向き合う態度を点検し、主を待ち望みましょう。(KE)

どこに蒔かれたかによって結果が違ってきます

4月11日

「また、良い地にまかれたものとは、こういう人たちのことである。御言を聞いて受けいれ、三十倍、六十倍、百倍の実を結ぶのである。」マルコ4:20

 イエス様が語られた「種まき」の譬えを説き明かされたものです。種はどれであっても同じですが、どこに蒔かれたかによって結果が違ってきます。道端や石地などでは成長も期待できません。良く耕され柔らかな畑地に蒔かれるなら、まさに「一粒万倍」、農夫の喜びは格別です。種は御言のこと。あなたの心は種の命を育む良き地になっていますか。(KE)

必要を満たしてくださったことを感謝する祈りにほかなりません

4月10日

「わたしたちの日ごとの食物を、きょうもお与えください。」マタイ6:11

 主の祈りの一節です。世界には飢餓に苦しむ多くの人々がいますが、幸いに私たちはそのような食糧危機とかかわりなく生活しています。だから、この祈りは関係ないとはいえません。これは日々の糧が神様から備えられたものであることを告白するものです。自分の勤労や努力で獲得したものではなく、神様が私たちを哀れんで必要を満たしてくださったことを感謝する祈りにほかなりません。食事のたびごとに、この恵みを深く覚えましょう。(KE)

苦しみのとき、悩みの日にあるなら、神様に頼ろうではありませんか

4月9日

「さあ、わたしたちは主に帰ろう。主はわたしたちをかき裂かれたが、またいやし、わたしたちを打たれたが、また包んでくださるからだ。」ホセア6:1

 試練に会うことは嫌ですが、それは神様のご計画でもあります。なぜなら、私たちは頑なで高慢ですから、そうでもしなければ到底神様を求めようとしません。「苦しいときの神頼み」と言いますが、まさにそれが私達に幸いなことです。苦しみのとき、悩みの日にあるなら、まず神様に立ち返り、神様に頼ろうではありませんか。それは主の願っていることだからです。(KE)

後になるとこれ以上の幸いはないと言えるようにしてくださいます

4月8日

「主のいつくしみは絶えることがなく、そのあわれみは尽きることがない。」哀歌3:22

 今、あなたがどのような境遇、状況に置かれていようと、しかもそれが望まないことであっても、神様があなたにいだいておられる慈愛と哀れみは決して変ることがありません。今は不幸の極みと思われても、後になるとこれ以上の幸いはないと言えるようにしてくださいます。「これは朝ごとに新しく、あなたの真実は大きい」と続いています。真実な主は今日も変わりなくあなたをいつくしみ、あわれんでくださいます。(KE)

全てのことの理由を知ることは出来ません

4月7日

「見よ、わたしはまことに卑しい者です、なんとあなたに答えましょうか。ただ手を口に当てるのみです。」ヨブ40:4

 思いがけない不幸や、困難に出会うと、「どうして?」とつぶやきます。こうなった理由を知りたいのです。しかし、私たちは神様によって造られ、生かされている者です。だから、なにもかも、全てのことの理由を知ることは出来ません。わからないこと、知りえないことが自分の身に起ってきますが、神様が備えられたことですから、つぶやかず、疑わないで、感謝して受けようではありませんか。(KE)

それ以上に大切なのはその人の心がどうであるかです

4月6日

「さらに言われた、『人から出て来るもの、それが人をけがすのである。すなわち内部から、人の心の中から、悪い思いが出て来る』。」マルコ7:20-21

 人は環境によって左右されるとも言われますが、それ以上に大切なのはその人の心がどうであるかです。聖書には、心は「はなはだしく悪に染まっている」とあります。善を求めつつ、悪をなしてしまう心です。そこから出て来るものがその人自身をけがすばかりか、周囲の者達をもけがします。諸悪の根源は他者ではなく、自分であることを自覚しましょう。(KE)

主はへりくだり、せつに求める者に答えてくださる方です

4月5日

「すると女は言った、『主よ、お言葉どおりです。でも、小犬もその主人の食卓から落ちるパンくずは、いただきます』。」マタイ15:27

娘が悪い病で苦しんでいるため、イエス様に癒しを求めてきました。主は冷たく拒みましたが、母親はなおあきらめずに求め続けました。小犬にやるパンはないとまで言われても、「お言葉どおりです」とへりくだり、主にすがったとき、イエス様は大変喜ばれ、病も癒されました。まことに、主はへりくだり、せつに求める者に答えてくださる方です。失望しないで、求めましょう。(KE)