神が求める事は悔改め主の許に帰る事です

1月19日

「悪しき者はその道を捨て、正しからぬ人はその思いを捨てて、主に帰れ。そうすれば、主は彼にあわれみを施される。われわれの神に帰れ、主は豊かにゆるしを与えられる」。イザヤ 55:7

 神様の懐はなんと広く、また深いものでしょうか。神様が求めることは唯一つ、悔い改めて主の許に帰ることです。ところが人は強情で、誇り高いゆえ、このただ一つのことができずに、いつまでも罪の世に沈んでいます。まず、主の呼びかけに答えて、心から悔いて、謙遜になり、帰ろうではありませんか。(KE)

今日の通読箇所

詩篇148篇

ヨハネの黙示録 17章

真実な愛を願いつつ、不完全に終わります

1月18日

「愛は死のように強く、ねたみは墓のように残酷だからです。そのきらめきは火のきらめき、最もはげしい炎です」。雅歌8:6bc

 愛はその言葉の優しさには似ても似つかない激しさを持っています。そのため多くの人々が痛い思いをさせられます。真実な愛をと願いつつ、人の罪ゆえに不完全な愛で終わります。しかし、イエス様の愛は純粋な、混ざり物のない愛です。私たちが主の愛に応答する時、真の愛に近づくことができます。主は命を捨てて愛して下さるのです。(KE)

今日の通読箇所

詩篇147篇

ヨハネの黙示録 16章

愛を取り違えると、悲惨な結末となります

1月17日

「愛のおのずから起るときまでは、ことさらに呼び起すことも、さますこともしないように」。雅歌2:7b

 人と人の関係で「愛」ほど不思議な現象はありません。しかも、愛は純粋に自発のものでなければ単なる感情の浮き沈みに過ぎないのです。打算や自分本位の欲求、地位や名誉、様々な思いで「愛」を取り違えると、悲惨な結末となります。自分のいだいている愛の動機は何かを常に吟味しておかなければなりません。(KE)

今日の通読箇所

詩篇146篇

ヨハネの黙示録 15章

真に悔い改めるなら、神様は許します

1月16日

「ましてわたしは十二万あまりの、右左をわきまえない人々と、あまたの家畜とのいるこの大きな町ニネベを、惜しまないでいられようか」。ヨナ4:11

 預言者ヨナによってニネベの人々は神様の前に悔い改めました。その様子をご覧になって、滅ぼそうとされた神様は、ニネベの人々を許してくださいました。どんなに悪逆非道の者であっても、真に悔い改めるなら、神様は許してくださいます。ニネベの民を惜しんでくださる神様はあなたをも惜しんで、悔い改めの時を備えて待っておられます。(KE)

今日の通読箇所

詩篇145篇

ヨハネの黙示録 14章

神様が十字架で、正義を全うしました

1月15日

「誇る者はこれを誇りとせよ。すなわち、さとくあって、わたしを知っていること、わたしが主であって、地に、いつくしみと公平と正義を行っている者であることを知ることがそれである」。エレミヤ9:24ab

 全知全能なる神様の居ますこと。神様は愛なる方であり、公平と正義を貫かれる方である。そのような神様がご自分の命を代償とし、十字架を立て、公平と正義を全うしてくださいました。ただただ感謝するほかありません。今日も赦された者の喜びをもって生きてください。(KE)

今日の通読箇所

詩篇144篇

ヨハネの黙示録 13章

神が人の祈りを聞くとは驚くべきことです

1月14日

「わたしに呼び求めよ、そうすれば、わたしはあなたに答える。そしてあなたの知らない大きな隠されている事を、あなたに示す」。エレミヤ33:3

 全能なる神様が、被造物である人間の祈りや願いを聞いてくださるとは驚くべきことです。それほどに神様は造られた人を愛しておられるのです。しかも、答えてくださると言うのです。さらに隠れたご自分の思いまでも語ろうと言うのです。こうなると、祈らなくてはおれないでしょう。(KE)

今日の通読箇所

詩篇143篇

ヨハネの黙示録 12章

臆せずに、信じるところに従ってください

1月13日

「すべての民はおのおのその神の名によって歩む。しかしわれわれはわれわれの神、主の名によって、とこしえに歩む」。ミカ4:5

 部族や民族、その他どんな群であっても、人は神様なるものを畏れ、尊ぼうとします。無神論者は主張する無神を神としているのです。今、私たちは神が人となり給うたイエス様を救主と信じて生きる者です。臆することなく、自らの信じるところに従ってください。聖書の言葉に教えられたところに従って生きる時、生活に変化が生まれます。(KE)

今日の通読箇所

詩篇142篇

ヨハネの黙示録 11章

人は速くやろうとし、神の思いとずれます

1月12日

「もしおそければ待っておれ。それは必ず臨む。滞りはしない」。ハバクク2:3cd

 神様は万物をご自分の「とき」に従って実行なさる方です。人はせっかちで、短兵急に事を決め、速くやってしまおうとします。そこで神様の思いとずれてしまうのです。私たちの人生も神様の定めたときに従って動いています。今、あなたが抱えていることの進みが遅いと思うなら、主は言われます。「待っておれ」と。あなたの人生はあなたのものではなく、主のものだからです。(KE)

今日の通読箇所

詩篇141篇

ヨハネの黙示録 10章

主が喜ばれるだろうかと問いかける事です

1月11日

「キリスト・イエスにあっていだいているのと同じ思いを、あなたがたの間でも互に生かしなさい」。ピリピ2:5

 イエス様の生き様に倣うことが、人としての最高の生き方だといえます。そのための具体的な生き方は、常に、「今、自分がしようとすることは、主が喜ばれるだろうか」と一言問いかけることです。人との交わりにあって、何かをするにしろ、語るにしろ、今、自分はイエス様にしている、あるいは、主が喜ばれるからする。この姿勢を崩さないように。(KE)

今日の通読箇所

詩篇140篇

ヨハネの黙示録 9章

死を迎えて、すべては終わりでしょうか

1月10日

「目標を目ざして走り、キリスト・イエスにおいて上に召して下さる神の賞与を得ようと努めているのである」。ピリピ3:14

 人生の終着点はどこにあるのでしょうか。体の組織が崩れて、死を迎えます。それですべては終わりでしょうか。とすれば、何のためにこの世で患難辛苦を耐えるのでしょうか。これほど虚しいものはありません。イエス様は死からよみがえって御国に帰りました。それは私たちへのメッセージです。人はこの世で終わりではなく、永遠の御国に復活するのだと。(KE)

今日の通読箇所

詩篇139篇

ヨハネの黙示録 8章