思いを与え、願いを起こさせ、神様のみこころを教えてくれます

11月5日

「また、あなたが右に行き、あるいは左に行く時、そのうしろで『これは道だ、これに歩め』と言う言葉を耳に聞く。」イザヤ30:21

神様は私たちに身近な存在で、日々の細かいことまで干渉なさいますが、それは私たちを正しい道に歩ませようとなさるからです。神様の霊、聖霊は私たちの心に語りかけ、思いを与え、願いを起こさせ、神様のみこころを教えてくれます。しかし、残念ながら、私たちはその声を打ち消し、無視し、わがまま勝手な生き方をしようとします。勇気を出して、主の声に従いましょう。(KE)

苦しみや悩みの中を通るとも、それは必ず終わる時がきます

11月4日

「夜はよもすがら泣きかなしんでも、朝と共に喜びが来る。」詩篇30:5b

人生には必ず闇の中を通っているような希望のないときを過ごすことがあります。しかし、どんなに暗い闇夜でも朝がやってくると同様に、苦しみや悩みの中を通るとも、それは必ず終わる時がきます。それに思いを寄せるならば望みが湧いてきますが、ただ、その夜明けが何時であるか分りません。必要なのは忍耐です。救の光を照らしてくださる神様を待ち望むことが忍耐する力となります。(KE)

まず、主に問うことから始めようではありませんか

11月3日

「そこでイスラエルの人々は彼らの食料品を共に食べ、主のさしずを求めようとはしなかった。」ヨシュア9:14

カナンの地に定住し始めたとき、ギベオンの住民は神の民を恐れ、遠くに住む民を装ってヨシュアたちのところへ平和協定を結ぶためにきました。彼らの話を聞き、長旅を思わせる姿を見て、彼らと和平を約束しました。彼らはすぐ隣に住む民だったのです。神様の導きを求めず、見るところ、聞くことをもって事を定めた結果、彼らは災いの種になりました。まず、主に問うことから始めようではありませんか。(KE)

神様が「良し」とされるなら、ただ感謝して受ける以外にありません

11月2日

「神の造られたものは、みな良いものであって、感謝して受けるなら、何ひとつ捨てるべきものはない。」第一テモテ4:4

万物の創造者なる神様が間違ったり、作りそこなったり、役に立たないものを造ることはしません。人がどう思ったとしても、神様が「良し」とされるなら、それが全てです。私たちのなし得ることはただ感謝して受ける以外にありません。受け入れがたいこと、嫌だと思うことがあるなら、まず感謝してください。きっと思いがけない変化が起こってきます。(KE)

「父なる神様」に遠慮なく呼び求め、親しく交わろうではありませんか

11月1日

「このように、あなたがたは子であるのだから、神はわたしたちの心の中に、『アバ、父よ』と呼ぶ御子の霊を送って下さったのである。」 ガラテヤ4:6

イエス様は神様の御子ですが、イエス様を信じる者たちも「神の子」としてくださるのです。だから、神様は私たちの「お父さん」でもあります。イエス様が世にありし日々、「父よ、父よ」と親しく交わりをもたれたように、私たちも「父なる神様」に遠慮なく呼び求め、親しく交わろうではありませんか。父はそれを喜んでくださいます。(KE)

しかし、終りがあることは確実ですから、慌てふためかないように

10月31日

「だから、目をさましていなさい。いつの日にあなたがたの主がこられるのか、あなたがたには、わからないからである。」マタイ24:42

地震や火災など、災害に備えていろんな手だてを考えますが、肝心な終末のときの備えがされないのは片手落ちです。ただ、それがいつなのかわからないゆえに、放置しているだけです。しかし、終りがあることは確実ですから、慌てふためかないように、そのときに備えて常に心を整え、神様に喜ばれる一日一日を忍耐づよく生きようではありませんか。(KE)

そのためにはイエス様の手にゆだねなければなりません

10月30日

「イエスは五つのパンと二ひきの魚とを手に取り、天を仰いでそれを祝福してさき、弟子たちにわたして群衆に配らせた。」ルカ9:16

パン五つと魚二匹で五千人以上の人々を満腹させたときのことです。一食分にしかならないものですが、これでは役立たないと言ってしまえば、それだけのことにすぎません。見える現実はそうであっても、イエス様の手に渡し、その祝福をうけるとき、想像をこえた事態が生じます。大切なのは、神様の祝福を受けることです。そのためにはイエス様の手にゆだねなければなりません。(KE)

人生諸般のことについてはそれぞれの人が負わねばならないのです

10月29日

「羊はその声を知っているので、彼について行くのである。」ヨハネ10:4b

人生という未知の世界を歩む私たちにとって、導き守ってくれるものがいなければ、正しい道を歩むことができません。人生の先輩が周囲にたくさんいても、人生諸般のことについてはそれぞれの人が負わねばならないのです。イエス様はご自分を羊飼いとし、私たちを羊にたとえています。羊飼いがいなければ羊は生きることができません。今日も牧者なる主が先だって進んでくださいます。み声を聞きつつ、前人未踏の一日を主に従って行きましょう。(KE)

そのたびごとに、主のことばを味わって生きましょう

10月28日

「イエスは答えて言われた、『神を信じなさい』。」マルコ11:22

「神を信じなさい」と主は言われますが、これは短い言葉ながら奥深く、広がりのあるものです。たやすく「ハイ、分りました」と言えない勧告です。それゆえに、人生を賭け、生涯追い求めるべきテーマでもあります。人生の様々な局面、紆余曲折にあたる節々で、この言葉をかみしめ、その力と命を体験するほかありません。思わない事態や事件、状況に置かれるでしょう。そのたびごとに、主のことばを味わって生きましょう。(KE)

内側は自分の力ではどうにもなりません

10月27日

「ただ、内側にあるものをきよめなさい。そうすれば、いっさいがあなたがたにとって、清いものとなる。」ルカ11:41

最新流行のファッションで身を飾り、高価な化粧で美しくしても、その内なる心が、怒りや、妬み、思い煩いなどに満ちているなら、空しいことです。大切なのは中身です。外側はどんなにでも取り替えることができますが、内側は自分の力ではどうにもなりません。十字架にあらわされた神様の愛に満たされ、絶えずみことばの光に照らされて清くしていただきましょう。(KE)