8月17日
「今いまし、昔いまし、やがてきたるべき者、全能者にして主なる神が仰せになる、『わたしはアルパであり、オメガである』。」黙示1:8
世間ではことの始まり、原因は人の力やわざにあると思いがちです。不幸な目に会うと、誰々のせいだとか、あのこと、このことが原因だと言います。しかし、すべてのことの始まりは神様によるのです。また、終わらせるのも神様です。あなたの存在も、その終焉も、全てが神様によることを認めると、謙遜になることができ、肩から力を抜いて生きることが出来ます。(KE)
8月17日
「今いまし、昔いまし、やがてきたるべき者、全能者にして主なる神が仰せになる、『わたしはアルパであり、オメガである』。」黙示1:8
世間ではことの始まり、原因は人の力やわざにあると思いがちです。不幸な目に会うと、誰々のせいだとか、あのこと、このことが原因だと言います。しかし、すべてのことの始まりは神様によるのです。また、終わらせるのも神様です。あなたの存在も、その終焉も、全てが神様によることを認めると、謙遜になることができ、肩から力を抜いて生きることが出来ます。(KE)
8月16日
「彼は、神が死人の中から人をよみがえらせる力がある、と信じていたのである。」ヘブル11:19a
アブラハムに待望の子イサクが与えられました。やがて神様はアブラハムにその子を生贄として奉げるように求めました。アブラハムにとって、大変な事態であり、試練でした。しかし、彼は敢然と神様の言葉に従ったのです。そのときの心情がこのみことばです。たとえ犠牲としてイサクを殺しても、神様は甦らせることが出来ると信じたのです。だから神様の言葉に従ったのです。神様への信頼がなんと大きなことでしょうか。(KE)
8月15日
「わたしはあなたがたの年老いるまで変らず、白髪となるまで、あなたがたを持ち運ぶ。わたしは造ったゆえ、必ず負い、持ち運び、かつ救う。」イザヤ46:4
最近は「製造物責任法(PL法)」といわれるものがあって、全ての製品は製造者が責任を持つことになっています。欠陥があったり、予期せぬ不具合で二次的損害が出ても製造者の責任が問われます。私達は全て神様の作品、いわば製造物です。ですから、自分の長所も短所も、全て神様の責任であって、あなたはただ主の手に握られ、持ち運ばれているのです。(KE)
8月14日
「イエスはその話している言葉を聞き流して、会堂司に言われた、『恐れることはない。ただ信じなさい』。」マルコ5:36
会堂司の娘が死にかかっていたので、イエス様はそこへ出かけました。すでに死んでいたため、周囲の人々はイエス様でも無理だと言いました。人は目の前の状態・状況に囚われて、人の言葉に揺れ動きます。このとき、イエス様は「聞き流して」おられます。たとえ聞いても、それに迷わされないように、聞き流して、神様を信じようではありませんか。(KE)
8月13日
「わたしは心をつくして主に感謝し、あなたのくすしきみわざをことごとく宣べ伝えます。」詩篇9:1
神様が私たちに求めておられることは、まず「感謝」することです。ただ、その感謝は人に対してではなく、また事情・境遇に対してでもなく、神様に感謝するのです。次は「あかし」することです。神様のわざを語ることです。日々の生活の隅から隅まで、主がどんなことをしてくださったか、事の大小を問わず、語ろうではありませんか。神様をもっと身近に感じることが出来ます。(KE)
8月12日
「初めからあったもの、わたしたちが聞いたもの、目で見たもの、よく見て手でさわったもの、すなわち、いのちの言(ことば)について…」第一ヨハネ1:1
天下の名刀と言われても実際に使ってみなければ真価がわかりません。信仰についても同様です。知識として聖書を知り、みことばを諳んじていても、実際に「目で見て」「手でさわって」、体験して値打ちが分かるのです。主は弟子達と生活しながらご自分を体験させました。今も、主は共に生活しながら、ご自身を手でさわらせてくださるのです。(KE)
8月11日
「わたしはあなたのわざを知っている。あなたは冷たくもなく、熱くもない。むしろ、冷たいか熱いかであってほしい。」黙示3:15
日本人は出来るだけ白黒をはっきりさせず、曖昧模糊とすることを好むようです。「和」を尊ぶには「とがったこと」が嫌われます。しかし、それは必ずしも正しいことではありません。「冷たいか熱いか」、自分の立場を明確にすることが大切です。そのため不利益を被ることもあるでしょうが、神様には喜ばれることですし、報いてくださいます。(KE)
8月10日
「イエスを裏切ったユダが答えて言った、『先生、まさか、わたしではないでしょう』。イエスは言われた、『いや、あなただ』。」マタイ26:25
ユダの失敗は特別なことではなく、私たちが日常的に体験することでもあります。人は自分がしようとすることが分かりません。また、それによって引き起こされる状況を把握できないのです。その結果、とんでもないことをしながら、事の重大さに気がつかないのです。そのような自分であることをしっかり自覚して、自分に向けられた「危険信号」を見逃さないようにしましょう。(KE)
8月9日
「母は僕(しもべ)たちに言った、『このかたが、あなたがたに言いつけることは、なんでもして下さい』。」ヨハネ2:5
カナの村での婚宴で「ぶどう酒」がなくなったとき、マリヤさんは僕たちに理屈ぬきでイエス様の言葉に全く従うように命じました。それゆえ、僕たちはイエス様の求める理屈に合わないことでも、忠実に実行しました。もし、この言葉がなかったら、後に起った奇跡、「水がぶどう酒」になることはありえなかったでしょう。このことのキーポイントは僕たちの絶対服従です。あなたもイエス様に従うとき、奇跡を体験出来ます。(KE)
8月8日
「いつも喜んでいなさい。絶えず祈りなさい。すべての事について、感謝しなさい。これが、キリスト・イエスにあって、神があなたがたに求めておられることである。」第一テサロニケ5:16-18
これは福音の恵みを受ける秘訣です。神様は困難なこと、無理なことを求めていません。私たちをなんとかして喜ばせ、楽しませ、輝かせようとしています。喜べない、感謝できないなら、祈ってください。喜び、感謝できるようになります。また、祈れないなら、どんなことでも感謝してください。かならず、祈れるようになり、喜びが伴います。(KE)