み言葉に立ち勝利する道を示されたのです

3月11日
「さて、イエスは御霊によって荒野に導かれた。悪魔に試みられるためである」。マタイ4:1

 イエス様は洗礼を受け、聖霊に満たされた後、荒野に導かれてサタンの試みに会います。これは神様のご計画によるものです。主はこの世にあって私たちと同じ試練に会う実体験をして、み言葉に立ってサタンに勝利する道を示されたのです。あなたの受けている試練も神様が与えておられるのであって、神様の備えた訓練のときです。感謝しましょう。(KE)

今日の通読箇所

列王記 上 21章

テトスへの手紙1章

今日も主はあなたの内に居られます

3月10日
「見よ、おとめがみごもって男の子を産むであろう。その名はインマヌエルと呼ばれるであろう」。マタイ1:23

 主のご降誕を知らせる一節です。それは「神われらと共にいます」という意味です。神の御子が人の世にくだり、私たちを清めて、内に住んでくださる。これはなんと驚くべきことでしょう。あなたがどんな状態にあろうと、今日も主はあなたのそばに、否、内に居られます。この主をいつも心に思いつつ、主との密接な交わりのうちに今日を生きてください。(KE)

今日の通読箇所

列王記 上 20章

テモテへの第二の手紙4章

み言葉をどれだけ生活に取り込んでいくか

3月9日
「しかし、その聞いた御言は、彼らには無益であった。それが聞いた者たちに、信仰によって結びつけられなかったからである」。ヘブル4:2

 約束の地、カナンを目前にして、イスラエルの民は神様の約束を疑い、40年の長きにわたって、荒野の旅路を辿ります。私たちにも約束の言葉が備えられています。聞いた言葉をどれだけ真剣に自分の生活に取り込んでいくか。自分の考え、人の言葉、習慣や仕来り、等々によってみ言葉を捨てないように。み言葉に心をつないで、勝利してください。(KE)

今日の通読箇所

列王記 上 19章

テモテへの第二の手紙3章

アブラハムの心は神の力を信じたのです

3月8日
「彼は、神が死人の中から人をよみがえらせる力がある、と信じていたのである」。ヘブル11:19

 アブラハムに念願の男の子が与えられました。イサクが少年になったとき、神様はアブラハムにイサクを神への犠牲として捧げよとの命令です。父の思いはどんなであったか、想像すらできません。しかし、父がさっそく示された山に行き、祭壇を築いてイサクを殺そうとしたとき、主はそれを止め、アブラハムの真実な心を受けてくださいました。死者を生かす神の力を信じたのです。アブラハムの信仰の神髄がここにあります。(KE)

今日の通読箇所

列王記 上 18章

テモテへの第二の手紙2章

イエス様は、歳と共には衰えません

3月7日
「イエス・キリストは、きのうも、きょうも、いつまでも変ることがない」。ヘブル13:8

 人は歳を重ねるにつれて、衰えてきます。足腰が弱り、目はしょぼくれ、記憶力は薄らいでしまいます。これは何をしてもとどめることができません。イエス様もまた同様に、歳と共に衰えると思うなら、大間違いです。主はかつてガリラヤ湖畔で生活していた時と、全く同じです。なぜなら、主は神ご自身だからです。私たちは衰えても、主は元気溌剌、いつもあなたと共におられます。(KE)

今日の通読箇所

列王記 上 17章

テモテへの第二の手紙1章

怒りは神様の領域を犯しているからです

3月6日
「人の怒りは、神の義を全うするものではないからである」。ヤコブ1:20

 人は何事でも自分の意に沿わない事があると、怒りを発します。怒っていることの感情は高揚し、普段と違った様をみせます。神様は人が怒ることを嫌われます。なぜなら、怒っている時、神様の領域を犯しているからです。イエス様も、不当な扱いに父なる神様を仰いで忍耐されました。それは、神様が裁かれ、報われることを知っていたからです。(KE)

今日の通読箇所

列王記 上 16章

テモテへの第一の手紙6章

主を思えば、あなたに近づいて下さいます

3月5日
「神に近づきなさい。そうすれば、神はあなたがたに近づいて下さるであろう」。ヤコブ4:8

 神様と人との関係は、鏡の中の自分との関係です。鏡の自分に近づけば近づくほど、鏡の自分もこちらに迫ってきます。一方、遠ざかると、相手も小さくなり、見えなくなります。あなたが主イエス様をいつも思っていると主はあなたに近づいて下さいます。主がいつもそばにいてくださることを強く感じるなら、何と幸いでしょう。(KE)

今日の通読箇所

列王記 上 15章

テモテへの第一の手紙5章

失敗だったのは主がとどめられたからです

3月4日
「むしろ、あなたがたは『主のみこころであれば、わたしは生きながらえもし、あの事この事もしよう』と言うべきである」。ヤコブ4:15

 日々の生活で出会うことごとく、また人生で遭遇するどんなことも、神様から出てきたものです。人は自分の意志や努力で生きているかのように思っていますが、どんなことも神様のゆるしがなければあり得ない事ばかりです。あなたが頑張ってしたことが、失敗におわろうと、その原因はあなたにあるのではなく、主がとどめられたからです。(KE)

今日の通読箇所

列王記 上 14章

テモテへの第一の手紙4章

心配に囚われると、人は孤独感に落ちます

3月3日
「神はあなたがたをかえりみていて下さるのであるから、自分の思いわずらいを、いっさい神にゆだねるがよい」。第一ペテロ5:7

 心配や不安、恐れに囚われると、人は孤独感に落ちてしまします。誰も自分のことをわかってくれないと思うからです。その結果、死への道をたどることになります。あなたの心のすみずみまで知っておられる方がいます。遠慮なく、思いわずらいを主の手にゆだねましょう。主は必ず応えてくださいます。(KE)

老いても、神の力に溢れる者となる事です

3月2日
「わが身とわが心は衰える。しかし神はとこしえにわが心の力、わが嗣業である」。詩篇73:26

 人は好むと好まざるとに関わらず、年齢と共に老いていくのは避けがたいことです。ただ、それによって、心がしおれ、望みを失くし、生ける屍のようになるのは、神様の願う所ではありません。外なる人がいかに衰えようとも、内なる心は神様の力にあふれて、喜び、感謝、平安、望み、主の栄光を輝かせるものとなることです。(KE)

今日の通読箇所

列王記 上 12章

テモテへの第一の手紙2章