11月24日
「彼らは互に言った、『道々お話しになったとき、また聖書を説き明してくださったとき、お互の心が内に燃えたではないか』。」ルカ24:32
エマオへ行く道すがら、よみがえった主が二人の弟子達と一緒に歩いて行きました。その道中、主はふたりに聖書のことばから語ってくださいました。そのとき、彼らの心が燃えるように感じたのです。まさにこれが聖霊、すなわち御霊の働きです。今も、みことばを読みますと、心に力を感じ、喜びを味わい、柔らかな温かい心に変ります。まさに御霊が働いているのです。(KE)
11月24日
「彼らは互に言った、『道々お話しになったとき、また聖書を説き明してくださったとき、お互の心が内に燃えたではないか』。」ルカ24:32
エマオへ行く道すがら、よみがえった主が二人の弟子達と一緒に歩いて行きました。その道中、主はふたりに聖書のことばから語ってくださいました。そのとき、彼らの心が燃えるように感じたのです。まさにこれが聖霊、すなわち御霊の働きです。今も、みことばを読みますと、心に力を感じ、喜びを味わい、柔らかな温かい心に変ります。まさに御霊が働いているのです。(KE)
11月23日
「神は死んだ者の神ではなく、生きている者の神である。人はみな神に生きるものだからである。」ルカ20:38
今生きているあなたが信じる神様が「神」であって、過去にどれ程信仰深い人がいようと、その人の神様を借用するわけにはいきません。また、あなたが信じなければ、あなたにとって神様は存在しないのと同様です。さらに、神様を信じなければ、その人は「生きている」とは言えません。神様に造られた人間は、神様なしでは生きられないからです。あなたは本当に生きていますか。(KE)
11月22日
「ダビデはその日サウルを恐れて、立ってガテの王アキシのところへ逃げて行った。」サムエル上21:10
ダビデは神様を信頼しているとき、どんなことをも恐れません。しかし、神様を離れると、心に「恐れ」が忍び込んできます。そのため、ダビデは敵であったペリシテ人の王に助けを求めました。人が恐れに囚われると、思いがけない行動に出ます。ついに、彼は気が変になったふりをするはめになりました。「恐れ」に打ち勝つには、十字架を仰いで、神様の限りない愛を信じることです。(KE)
11月21日
「主よ、わが口に門守を置いて、わがくちびるの戸を守ってください。」 詩篇141:3
「口は災いの元」とも言われます。言い足りなくて失敗することは余りありませんが、言い過ぎて大火事になることが多いのです。しかし、人は口を制することが難しく、みことばのように、神様に守っていただく以外にありません。また、「物言わぬは腹膨れるわざ」とも言います。言いたいことを言わないでおくとフラストレーションが溜まります。そのとき、人に言わず、神様に心の全てを注ぎ出すのです。これは実に爽快です。(KE)
11月20日
「罪を犯す魂は死ぬ。子は父の悪を負わない。父は子の悪を負わない。義人の義はその人に帰し、悪人の悪はその人に帰する。」エゼキエル18:20
神様の裁きはどこにも曖昧さのない、きっちりしたものです。罪を犯すとき、神様との交わりが絶たれ、「魂」は死にます。また、人はそれぞれのしわざに応じて報われ、誰もそれに加えることも、引くことも出来ません。たとえ、親子、肉親同士であっても。そのような神様が御子を世に降し、贖いの犠牲としたのです。神様はあなたが救われるのを待って忍耐しておられます。(KE)
11月19日
「わたしはわが名を呼ばなかった国民に言った、『わたしはここにいる、わたしはここにいる』と。」イザヤ65:1b
神様は私たちにご自身を知ってもらいたいと願っています。ですから、すべての被造物のなかに、神様は「ここにいる」としるしを残しています。まるで「かくれんぼ」をしているように。はやく気づいてほしいと待っているのです。しかも、すっかり隠れるのではなく、見つけやすいように隠れています。神様の霊に導かれて、こころの目が開かれれば、神様を見ることができます。(KE)
11月18日
「苦しみにあったことは、わたしに良い事です。これによってわたしはあなたのおきてを学ぶことができました。」詩篇119:71
苦しみにあうことは、不幸なことであり、悲しむべきことだと世間の人は言います。しかし、ここには「良い事」と言われています。その本意は神様を知ることができたからです。神様に出会い、知ることができるのは、人にとって最高の恵みです。苦しみにあうとき、人は心砕けたものとなり、謙遜に神様を求めますが、順調なとき、幸いな時、神様を求めません。神様に出会う者となってください。(KE)
11月17日
「しかし、イエスはすぐに彼らに声をかけて、『しっかりするのだ、わたしである。恐れることはない』と言われた。」マタイ14:27
ガリラヤ湖で逆風にあい、進めずにいた弟子達の舟に、夜明けごろイエス様が近づいてこられました。彼らは幽霊だと怖じ惑いましたが、主は声をかけて彼らを元気付けました。イエス様はいつも私たちと共にいてくださる方です。それはどんな境遇・状況にあっても、私たちを助けてくださるためなのです。一人で悩まず、主を信じて祈り求めてください。必ず、主は答えてくださいます。(KE)
11月16日
「目を高くあげて、だれが、これらのものを創造したかを見よ。」イザヤ40:26a
神様を信じると言いながら、どのような方だと信じているのでしょうか。聖書が伝える神様は天地万物の創造者、全知・全能なる神、時間空間を越えて存在しておられる方です。と言われても、具体的なことは何ひとつ分りません。人の知識では到底知り尽くせない方ですが、神様はご自分を知って欲しいと願っています。そのため、いろんな事件や事態、事柄の中にその片鱗を現しておられます。心の目をひらいて、神様を発見してください。(KE)
「われらにおのが日を数えることを教えて、知恵の心を得させてください。」 詩篇90:12
この地上での生涯は永遠に続くものではありません。必ず、終わる時がきます。ただ、それがいつであるか、だれも知りません。そのため、いつまでも続くものと錯覚しています。始まりと終りを知って、今がどのような時であるかを自覚することが大切です。ある人の歌に、「今は人生の何章目だろうか」という言葉がありましたが、あなたはそれを知っていますか。(KE)