8月5日
「主よ、わが口に門守を置いて、わがくちびるの戸を守ってください。」詩篇141:3
これは私達の日々の祈りでもあります。「口は災いのもと」と言われるように、僅かな言葉の行き違いで争いが始まり、反目の原因ともなります。しかし、人は口を制することができません。感情に任せ、正義感に駆られて言わなくてもいいことを言って後悔するのです。そうならないために、自分の力でできませんから、神様に守ってもらうほかありません。今日も、柔らかい、人の徳を高める言葉を使うことが出来るように祈りましょう。(KE)
8月5日
「主よ、わが口に門守を置いて、わがくちびるの戸を守ってください。」詩篇141:3
これは私達の日々の祈りでもあります。「口は災いのもと」と言われるように、僅かな言葉の行き違いで争いが始まり、反目の原因ともなります。しかし、人は口を制することができません。感情に任せ、正義感に駆られて言わなくてもいいことを言って後悔するのです。そうならないために、自分の力でできませんから、神様に守ってもらうほかありません。今日も、柔らかい、人の徳を高める言葉を使うことが出来るように祈りましょう。(KE)
8月4日
「ラバンとベトエルは答えて言った、『この事は主から出たことですから、わたしどもはあなたによしあしを言うことができません』。」創世記24:50
イサクのお嫁さんを探しにきたアブラハムのしもべに、リベカの父と兄が答えた言葉です。娘の一生がかかった結婚相手の選択のみならず、どんなことにも神様の導きを確信するなら、平安ですし、感謝できます。私たちも、選択と決断にあたって、主の導きをもとめてせつに祈り、その結果についてはつべこべ言わず、いさぎよく受けようではありませんか。それが信仰に生きることです。(KE)
8月3日
「すると、女は答えて言った、『主よ、お言葉どおりです。でも、食卓の下にいる小犬も、子供たちのパンくずは、いただきます』。」マルコ7:28
イエス様に助けを求めた女の人は、イエス様から断られました。「子供のパンを取って小犬に投げてやるのは、よろしくない」と。あなたは小犬のようなものだと言われた女の人は、「まさにその通りです」と、自分を小犬にまで低くして、なお主の哀れみを求めました。私たちに彼女ほどの真剣さがあるでしょうか。主の力を求めてもっと熱心に心を低くしようではありませんか。(KE)
8月2日
「よくよく言っておく。もし人がわたしの言葉を守るならば、その人はいつまでも死を見ることがないであろう。」ヨハネ8:51
言葉とそれを語った人との関係は密接です。その人の性質、思想、価値観など、本質的なものが言葉の中に潜んでいます。イエス様の言葉(聖書の言葉)はまぎれもなくイエス様ご自身を現していると言えます。だから、イエス様を心に受けるとは、まさにその言葉を丸ごと信じることです。みことばを通して、イエス様の全てが注がれるのです。永遠の命もそこにとどまります。(KE)
8月1日
「イエスは彼に言われた、『起きて、あなたの床を取りあげ、そして歩きなさい』。」ヨハネ5:8
どうしても出来ない、このほかに道がないなどと諦めていることがあります。そうであるかぎりいつまでも新しい事態は起りません。神様を信じて生きる道は人の常識、知恵、計画で事を限るのではなく、神様の力、知恵、わざに期待して踏み出すことです。38年も病気であった人は自分の考えに固執していましたが、イエス様の言葉に従ったとき、驚くべき結果が得られました。あなたも主の言葉を信じて、今あるところから踏み出しましょう。(KE)
7月31日
「イエスは振り向いて、ペテロに言われた、『サタンよ、引きさがれ。わたしの邪魔をする者だ。あなたは神のことを思わないで、人のことを思っている』。」マタイ16:23
「サタン」とは、神様に敵対し、人の心を神様から遠ざける力です。考えてみると、そのような力が私達の心をいつも攻めてきます。神様の思いを知りながら、それを拒むのです。サタンは見るからに怖そうな容貌をしていません。「そうだ、そうだ、お前の言うとおりだ」と、親しげに近づいてきます。そのとき、「サタンよ、引き下がれ」とキッパリ言い切って、神様の側に立ちましょう。(KE)
7月30日
「主はまたギデオンに言われた、『民はまだ多い。彼らを導いて水ぎわに下りなさい』。」士師7:4a
神様は勇士ギデオンにミデアン人を撃つよう命じました。しかし、彼には軍隊もなく、戦にも慣れていません。神様の「わたしがあなたとともに行く」という言葉を信じました。義勇兵が3万人集まりましたが、神様は多すぎると言われ、300人にまで減らされました。それは人の力や数によるのではなく、神様の力によることがはっきり証しされるためです。あなたに力がなければ、共に居られる主を信じてください。そこに主の力が現れるからです。(KE)
7月29日
「わが魂はもだしてただ神をまつ。わが救は神から来る。神こそわが岩、わが救、わが高きやぐらである。わたしはいたく動かされることはない。」詩篇62:1-2
「苦しいときの神頼み」などと言いますが、「苦しい時」神様を頼れるなら、まだ幸いです。しかし、人は強情で、頑なですから、なかなか神様に頼ろうとしません。神様は私たちを救おう、助けようと構えておられるのですが、とことん行き詰るまで、そのことに気がつかないのです。はやく心安らかに過ごせるように、無駄な抵抗をやめて、神様を求めてください。(KE)
7月28日
「しかしわたしたちは、この宝を土の器の中に持っている。その測り知れない力は神のものであって、わたしたちから出たものでないことが、あらわれるためである。」第二コリント4:7
神様は人を含めてすべての創造物を通して、ご自分の栄光をあらわそうとされます。ところが、人は自分の栄誉、栄光を求めて、神様を拒んでしまったのです。その中から、あなたを選んで救われたのは、あなたを通して神様の栄光を明らかにするためです。だから、神様の力、わざとしか言い得ない事態や状況に置かれるのです。(KE)
7月27日
「何をするにも、人に対してではなく、主に対してするように、心から働きなさい。」コロサイ3:23
どんなことにも、背後に動機が隠れています。事柄自体の良し悪しより、何のため、誰のため、それをしようとしているか、それが大切です。また、神様が問題にされるのもそのことです。自分の欲得のためであったり、人のためであったり、義理人情に操られたり、そうであるなら神様に喜ばれることはできません。イエス様のため、主のためにするとなると、そのわざは清いものとなり、主から報いを受けます。(KE)