8月3日
「主のあなたに求められることは、ただ公義をおこない、いつくしみを愛し、へりくだってあなたの神と共に歩むことではないか」。ミカ6:8b
神様があなたに求めておられることは、実に単純なことです。しかし、これがなかなか行うには困難です。私たちの心には願いながらも実行させまいとするサタンの力が潜んでいるからです。み言葉の光に心を照らされて、義と愛と謙遜を求めてください。そのとき、人は神様と共に生きることが出来ます。(KE)
今日の通読箇所
8月3日
「主のあなたに求められることは、ただ公義をおこない、いつくしみを愛し、へりくだってあなたの神と共に歩むことではないか」。ミカ6:8b
神様があなたに求めておられることは、実に単純なことです。しかし、これがなかなか行うには困難です。私たちの心には願いながらも実行させまいとするサタンの力が潜んでいるからです。み言葉の光に心を照らされて、義と愛と謙遜を求めてください。そのとき、人は神様と共に生きることが出来ます。(KE)
今日の通読箇所
8月2日
「このような人は流れのほとりに植えられた木の時が来ると身を結び、その葉もしぼまないように、そのなすところは皆栄える」。詩篇1:3
「このような人」とは、神様を愛し、その御心に従う人のことです。そのような人の一生は神様の祝福に満ちたものとなります。人生、様々な困難や苦労に出会い、多くの人々は命を失い、気力を亡くし、生ける屍と化してしまいます。私たちがまずなすべきことは命の水に潤されることです。脱水症にならないよう、生ける水を求めましょう。(KE)
今日の通読箇所
8月1日
「主はこう言われる、『おおよそ人を頼みとし肉なる者を自分の腕とし、その心が主を離れている人は、のろわれる』」。エレミヤ17:5
「のろわれる」とは物騒な話ですが、決して誇張でも脅しでもありません。神様を拒み、敬わず、自分を神とする限り、命の源から切り離されたものです。命を断たれることはのろわれたものとなるのは必然の結果です。神様から命の水を注がれる限り、何物にも打ち勝つ力を得ることが出来ます。(KE)
今日の通読箇所
7月31日
「主もまた、あなたがたを最後まで堅くささえて、わたしたちの主イエス・キリストの日に、責められるところのない者にして下さるであろう」。第一コリント1:8
私たちをサタンの支配から解放し、イエス様の姿に似るものへと造り変えてくださいます。そのためには、主の十字架を自分のこととして常に覚え、主の霊、御霊に従って行くとき、神様の方が再創造のわざを進めて、完成に至らせてくださいます。その事をしっかり心に留めて、主の為さることに委ねましょう。(KE)
今日の通読箇所
7月30日
「すなわち、わたしの欲している善はしないで、欲していない悪は、これを行っている」。ローマ7:19
人は本来神様の愛する者として命の息まで分与された被造物です。しかし、サタンの誘惑に負け、神様との交わりが絶たれて、悪を行う者となってしまったのです。悪はあなたを支配し、善なる心を封殺しているのです。自分を少し振り返って見ると、心に善き思いがありながら、素直になれない自分に気が付きます。そこを自覚すると、サタンの働きが見えてきます。(KE)
今日の通読箇所
7月29日
「なぜなら、彼らは神を知っていながら、神としてあがめず、感謝もせず、かえってその思いはむなしくなり、その無知な心は暗くなったからである」。ローマ1:21
神様を直接知ることはできません。しかし、神様が居られることは、結果である大自然や山川草木に至るあらゆる被造物に現れているからです。人が神様を認めようとしないゆえ、様々な不幸を引き込んでいるのではないでしょうか。(KE)
今日の通読箇所
7月28日
「あなたは知らなかったか、あなたは聞かなかったか。主はとこしえの神、地の果の創造者であって、弱ることなく、また疲れることなく、その知恵ははかりがたい」。イザヤ40:28
神様が知恵に満ち、絶大な力をもって、万物を支配しておられることをすぐに忘れて、人の知恵や力によって事を遂げようとします。そのとき、人は自らが神様になり替わっています。今一度、神様をすべての中心に据えて、謙遜になろうではありませんか。(KE)
今日の通読箇所
7月27日
「わが魂は悲しみによって溶け去ります。み言葉に従って、わたしを強くしてください」。詩篇119:28
これは祈りです。人は様々な悲しみや失望、苦しみを通りますが、何によってそこを切り抜けるのでしょうか。人の慰めや励まし、どんなに言葉を尽くしても弱った魂を元気づけることは出来ません。しかし、幸いなことに、私たちにはみ言葉が与えられています。み言葉には「魂を救う力」があると言われています。み言葉の力を体験してください。(KE)
今日の通読箇所
7月26日
「わたしは主のみわざを思い起す。わたしは、いにしえからのあなたのくすしきみわざを思いいだす」。詩篇77:11
「温故知新」と言われます。古きことを思い返し、新しい知識を深めると言ったことでしょう。それは信仰の歩みにも大切なことです。今、目の前で起こっている出来事も神様のわざですが、過去のどんな出来事も神様の御思いによることを深く味わうべきです。あなたの今に至るまで、何ひとつ自分のわざによらず、神様のお取り計らいであったのです。(KE)
今日の通読箇所
7月25日
「主はわれらの神であり、われらはその牧の民、そのみ手の羊である。どうか、あなたがたは、きょう、そのみ声を聞くように」。詩篇95:7
神様は私たちをご自分の牧場に住む羊に例えている。羊は羊飼いが居なければ命を全うできない。造り主はそのような弱さを持つ者として人を造られたのです。そのような身分を忘れて、人は勝手に主の牧場から出てしまう。そうして失われたものになっている。主は今日も主の羊に呼びかけておられます。(KE)
今日の通読箇所