12月16日
「主はわが岩、わが城、わたしを救う者、わが神、わが寄り頼む岩、わが盾、わが救の角、わが高きやぐらです」。詩篇18:2
ダビデがサウロ王の手から救われたとき、満腔の感謝をもって主を褒めたたえた「詩篇」です。彼にとって、神様はどのような方であるか、どんな言葉をもっても言い尽くすことができないもどかしさを感じます。私たちは神様をどのような方であると言い表すでしょうか。もっともっと深く主とふれあい、主を知ろうではありませんか。(KE)
今日の通読箇所
12月12日
「そこで弟子たちはみそばに寄ってきてイエスを起し、『主よ、お助けください、わたしたちは死にそうです』と言った」。マタイ8:25
ガリラヤ湖を舟で渡っているとき、突然大嵐に見舞われます。イエス様は眠っておられました。弟子たちは恐怖のあまり、主を起します。このとき、弟子たちの願いに応えて嵐を鎮めた主は今もあなたと共に嵐の中に居られるのです。どんなに激しい風雨が襲って来ようと、主と共にいることを信じるなら、主はあなたの信頼に答えてくださいます。(KE)
今日の通読箇所
12月11日
「御子は、見えない神のかたちであって、すべての造られたものに先だって生まれたかたである」。コロサイ1:15
神様を肉眼で見た人は誰もいません。そのため、人は神を様々な物象によって偶像化してしまいます。真の神様を見える形であらわされたのが、イエス様です。主は万物の創造に先だって造られた神の分身です。しかも、万物創造のとき、主もまた神の同僚者として創造のわざに加わっておられたのです。(KE)
今日の通読箇所
12月10日
「主のみこころにかなった生活をして真に主を喜ばせ、あらゆる良いわざを行って実を結び、神を知る知識をいよいよ増し加えるに至ることである」。コロサイ1:10
信仰に生きる人生は、肉体の衰えと共に消え去るものではありません。内なるものが主の姿に似るまで、造り変えられるためです。私たちの人生の目的は、永遠の御国の市民となることです。故に、最後の息を引き取るまで、変えられるのです。今日も主の御心に叶った者により一層近づきたいものです。(KE)
今日の通読箇所
12月9日
「しかし、彼は聖霊に満たされて、天を見つめていると、神の栄光が現れ、イエスが神の右に立っておられるのが見えた」。使徒7:55
ステパノの殉教の姿です。激しい怒りに狂った群衆は彼を石打ちしようと押し迫ってきます。彼が見ていたのは、向かってくる群衆の姿ではなく、それらの背後に立っておられるイエス様です。主を見て、勇気と平安を得たのです。山積する問題や厄介な人を見るのではなく、主を見ようではありませんか。(KE)
今日の通読箇所
12月8日
「ペテロが言った、『金銀はわたしには無い。しかし、わたしにあるものをあげよう。ナザレ人イエス・キリストの名によって歩きなさい』」。使徒3:6
金銀がなければ生きることができないと、人は思います。しかし、真に「歩く(生活する)」には、イエスをキリストと信じる信仰に立たなければ、実の無い空疎な人生を送るしかありません。今、あなたは何をもって生きる喜びとしていますか。(KE)
今日の通読箇所
12月7日
「わたしは知ります、あなたはすべての事をなすことができ、またいかなるおぼしめしでも、あなたにできないことはないことを」。ヨブ42:2
ヨブは神様を畏れ、正しい人でした。ところが、突然、様々な災いに会い、悶々と悩みます。 “どうして”との問いに、神様はヨブを質問責めにします。その結果、神様は全能者であり、どんなことでも自在になし得ることを知ります。神様の為さることに人は一切口を挟むことは出来ません。「どうして」と問う時、あなたが神様になっているのです。(KE)
今日の通読箇所