私たちの不義を取り除くための十字架です

1月26日

「信じる者はもれなく、イエスによって義とされるのである」。使徒13:39

 「義」とは、全く罪なきことです。人はどんなことをしてみても、自分の力では「義人」になることができません。「義人」でなければ永遠の滅びに定められたままです。神様は私たちの不義を取り除くため、イエス様をこの世に遣わし、十字架に掛けられました。これによって、主があなたのために死んでくださったと信じるなら、無条件で「義」としてくださるのです。主に感謝!感謝!感謝!(KE)

今日の通読箇所

出エジプト19章

使徒行伝18章

神様は祈りに答えて不思議な事を起します

1月25日

「こうして、ペテロは獄に入れられていた。教会では、彼のために熱心な祈が神にささげられた」。使徒12:5

 ペテロが捕らえられて、獄に入れられた時のことです。人間的な方策では彼を助けることができず、絶望的な状況です。その時、同信の仲間はひたすら祈るほかありません。しかし、神様は彼等の祈りに答えて、不思議なことを起されます。御使いがペテロを獄から解放しました。今もこの神様は私たちの祈りを聴き、必ず応答してくださいます。(KE)

今日の通読箇所

出エジプト18章

使徒行伝17章

神様の秩序がなければ、無意味に思えます

1月24日

「あなたの若い日に、あなたの造り主を覚えよ。悪しき日がきたり、年が寄って、『わたしにはなんの楽しみもない』と言うようにならない前に」伝道12:1

 「若い日」とは限定された年齢のことではなく、生きているうちにという意味です。人生には苦楽があります。そしてそれが、因果関係の中で起こるものばかりでないことを経験します。そこに神様の秩序があることを認めなければ、何もかもが無意味に思えます。神様を知るのに、遅すぎるという事はありません。(MK)

今日の通読箇所

出エジプト17章

使徒行伝16章

流れし種も、何処の岸にか生い立つものを

1月23日

「あなたのパンを水の上に投げよ、多くの日の後、あなたはそれを得るからである」。伝道11:1
 
 水の上にパンを投げるなど、普通に考えれば無駄です。そろばんを弾いて損得を考えると、到底やる価値がないように思えることでも、天国銀行の勘定までマイナスになるとは限りません。『報いを望まで、人に与えよ』という賛美があります。『水の上に落ちて流れし種も、何処の岸にか生い立つものを』。信仰による歩みには、主が報いて下さるという歌です。(MK)

今日の通読箇所

出エジプト16章

使徒行伝15章

神様は苦も楽も、闇も光も創造されます

1月22日

「順境の日には楽しめ。逆境の日には考えよ。神は人に将来どういう事があるかを、知らせないために、彼とこれとを等しく造られたのである」。伝道7:14

 『人生楽ありゃ、苦もあるさ』と歌い出される有名な曲があります。全ての人の人生は、一筋縄ではいきません。神様は苦も楽も、闇も光も創造されます。楽しい時は主に感謝するため、苦しい時は、自分の人生を造るのは私ではなく主であることを思い出すためのものです。(MK)

今日の通読箇所

出エジプト15章

使徒行伝14章

罪の縄目から私たちを解放したのです

1月21日

「あなたがたは、代価を払って買いとられたのだ。それだから、自分のからだをもって、神の栄光をあらわしなさい」。第一コリント6:20

 私たちは、神様の大切な存在として造られたものでしたが、悪魔の力に囚われ、罪の中で生きる者となったのです。神様はそのような私たちを取り戻すために、御子をこの世に遣わし、身を挺して罪の縄目から私たちを解放して下さったのです。神の子としての身分を回復して下さった大いなる恵みを感謝しましょう。(KE)

今日の通読箇所

出エジプト14章

使徒行伝13章

あなたの求めに答えない事がありますか

1月20日

「ご自身の御子をさえ惜しまないで、わたしたちすべての者のために死に渡されたかたが、どうして、御子のみならず万物をも賜らないことがあろうか」。ローマ8:32

 神様が私たちに見せて下さった愛は、到底、言葉で語りつくすことはできません。ご自分の尊いひとり子を罪人(私たち)の身代りとして十字架に処罰されたのです。そのような愛に満ちた方が、あなたの求めに答えない事があるでしょうか。この十字架のご愛から目を離さないように」。(KE)

今日の通読箇所

出エジプト13章

使徒行伝12章

主が共にいることに、心を向けるのです

1月19日

「神はあなたがたをかえりみていて下さるのであるから、自分の思いわずらいを、いっさい神にゆだねるがよい」。第一ペテロ5:7

 悩みや困難に会う時、人は孤独感に囚われます。自分のことを気にかけてくれるものはいないと。その結果、ますます出口のない袋小路に落ち込むのです。そこから出るには、主が共におられることに心を向けるほかありません。主は今日もあなたを顧みておられます。(KE)

今日の通読箇所

出エジプト12章

使徒行伝11章

これを逃したら救われないと覚悟していた

1月18日

「すると女は言った、『主よ、お言葉どおりです。でも、小犬もその主人の食卓から落ちるパンくずは、いただきます』」。マタイ15:27

 娘の癒しを求めてきた母親に、主は言われます、「子供たちのパンを小犬にやるのはよろしくないと」。しかし、母親はパンくずでも頂きますと、自分を徹底的に低くして主に迫ります。母親はこの時を逃したら、救われないと覚悟していたのです。私たちも、謙遜の限りに心低くして、主を求めましょう」。(KE)

今日の通読箇所

出エジプト11章

使徒行伝10章

神様のなさる業は、些細な事も実に美しい

1月17日

「神のなされることは皆その時にかなって美しい。神はまた人の心に永遠を思う思いを授けられた。それでもなお、人は神のなされるわざを初めから終りまで見きわめることはできない」。伝道3:11

 ソロモン王は生涯を振り返り、当時は最善と思った自分の手柄がどれも空しいこと。一方で神様のなさる業は、どんなに些細なことも実に美しいと告白します。人が神様の恵みの御業を自分の手柄にしようとする時、感謝が失われ後悔が残ります。(MK)

今日の通読箇所

出エジプト10章

使徒行伝9章