イエス様は神様に徹底して従われました

3月27日
「そして三時に、イエスは大声で『エロイ、エロイ、ラマ、サバクタニ』と叫ばれた。それは『わが神、わが神、どうしてわたしをお見捨てになったのですか』という意味である」。マルコ15:34

 主は徹底して父なる神様に従われました。しかし、罪人であるとされた主は、それまでどんなときにも父なる神様と霊による交わりがありましたが、この時、父なる神様はわが子を全き罪人として、交わりを断たれました。主にとって、これはどんな事にもまして、絶望的事態です。また一方、父なる神様の痛み、苦しみもいかばかりであったでしょうか。推し量ることができません。(KE)

今日の通読箇所

列王記 下 15章

へブル人への手紙13章

イエス様は父なる神様の願いに応えました

3月26日
「そのとき、イエスは声高く叫んで言われた、『父よ、わたしの霊をみ手にゆだねます』」。ルカ23:46a

 イエス様は父なる神様の願いに応えて、この世に来てくださいました。地上に在りし日々、父なる神様の御心に徹底して従われました。十字架の死に至るまで従順に。父なる神様への絶対的平安があります。私たちも主に倣って、心から神様に全霊をゆだねる者となりましょう。(KE)

今日の通読箇所

列王記 下 14章

へブル人への手紙12章

罪が赦される喜びがパラダイスなのです

3月25日
「イエスは言われた、『よく言っておくが、あなたはきょう、わたしと一緒にパラダイスにいるであろう』」。ルカ 23:43

 罪なき主は犯罪者と一緒にされ、しかもその真中に置かれました。一人の犯罪者は主を罵りますが、もう一人は主の御前に悔い改め、主の執り成しを願いました。罪がゆるされる喜び、そこはまさにパラダイスそのものです。たとえ十字架上であろうと。あなたは罪の赦しを得て、パラダイスでしょうか。(KE)

今日の通読箇所

列王記 下 13章

へブル人への手紙11章

今日も赦しを与えられ、生かされています

3月24日
「そのとき、イエスは言われた、『父よ、彼らをおゆるしください。彼らは何をしているのか、わからずにいるのです』」。ルカ23:34

 罪なき神の御子がその位を捨てて、人となってくださいました。それは私たちの罪を取り除く生贄となるためです。十字架に掛けられた主は、ご自分の命を代価として、父なる神様に執り成して下さっています。自分を見ると到底許されない者ですが、今日も主はこのみ言葉のように、赦しを与えられて生かされているのです。大感謝!!!(KE)

今日の通読箇所

列王記 下 12章

へブル人への手紙10章

人は神様の限りない愛を味わえずにいます

3月23日
「わたしは限りなき愛をもってあなたを愛している。それゆえ、わたしは絶えずあなたに真実をつくしてきた」。エレミヤ31:3bc

 神様がご自分の真実な心を披歴した一言です。神様が私たちを愛する愛が、「限りない愛」とは想像もできません。人の愛は実に小さな芥子粒のようなものです。それゆえに神様の愛を味わえないでいます。しかし、すべてを知りえずとも、私たちの日々の出来事、小さいことにも大きなことにも、どんな事にも神様の愛が注がれているのです。(KE)

今日の通読箇所

列王記 下 11章

へブル人への手紙9章

神様が負わせたもう試練だからです

3月22日
「なにゆえわたしは胎内を出てきて、悩みと悲しみに会い、恥を受けて一生を過ごすのか」。エレミヤ20:18

 この世の過酷な風雪に襲われる時、生きることに疲れ、死ぬに死にきれない思いに悩まされます。ともすると、「なぜ?どうして?」と繰り返しつぶやいてしまいます。どんなに思案してみても答えは出ません。神様が負わせたもう試練だからです。主がよしとされるまで、受けて行きましょう。主は必ず逃れる道も備えておられます。(KE)

今日の通読箇所

列王記 下 10章

へブル人への手紙8章

主を頼みとするのは万物の根源だからです

3月21日
「おおよそ主にたより、主を頼みとする人はさいわいである」。エレミヤ17:7

 何をもって幸いというか、それによってその人の価値観が見えてきます。預言者エレミヤは主に頼り、頼みとすることが幸いだと。なぜなら、主は万物の根源、命そのものだからです。いのちを守る方に信頼する限り、どんな境遇に置かれても恐れず、大胆に受けて立つことができます。あなたは何をもって幸いとしますか。(KE)

今日の通読箇所

列王記 下 9章

へブル人への手紙7章

どんな像でも神様を表すことは出来ません

3月20日
「その偶像は、きゅうり畑のかかしのようで、ものを言うことができない。歩くこともできないから、人に運んでもらわなければならない」。エレミヤ10:5ab

 人は神様の存在を知りつつも、具体的な姿形が見えないために、偶像を造って安心しようとします。どんな像でも絵画でも、神様を表すことは出来ません。偶像を拝むことはしないと言いますが、形のない偶像を人はしっかり握っています。これさえあれば、と抱えているものこそ、あなたの偶像です。(KE)

今日の通読箇所

列王記 下 8章

へブル人への手紙6章

人はその時を待てずに失敗します

3月19日
「主なる神、イスラエルの聖者はこう言われた、『あなたがたは立ち返って、落ち着いているならば救われ、穏やかにして信頼しているならば力を得る』。しかし、あなたがたはこの事を好まなかった」。イザヤ30:15

 万物は神様の手に握られています。人がどんなに焦っても、もがいても事は動きませんが、主の時が満ちると、一気呵成に事態は動きます。人はその時を待てずに失敗します。慌てず、じっくりと主を待ち望みましょう。(KE)

今日の通読箇所

列王記 下 7章

へブル人への手紙5章

始めの感動を持ち続けるのは至難の業です

3月18日
「しかし、あなたに対して責むべきことがある。あなたは初めの愛から離れてしまった」。黙示2:4

 何事にも始まりがあり、始めの時の新鮮な感動は貴重なものです。しかし、それを持ち続けるのは至難の業です。時と共に「初めの愛」は冷め、感動は消えてしまいます。そうならないために、心と思いをリフレッシュしなければなりません。自らを省みて、悔い改め初心に帰る。これ以外にありません。(KE)

今日の通読箇所

列王記 下 6章

へブル人への手紙4章