7月12日
「主は言われる、わたしがあなたがたに対していだいている計画はわたしが知っている」。エレミヤ29:11a
誰一人として、この世に自分の意志と努力で生まれ出て、今に至るまで生きることを努めてきた人はいません。「はからずも」「思いがけない」出会いや失敗を積み重ねながら、今に至っているのが現実です。しかし、人生は偶然の産物ではなく、明確な意思によって成っているのです。それは目には見えない神様が備えられたものです。これからの人生も同じです。(KE)
今日の通読箇所
7月11日
「なぜ、兄弟の目にあるちりを見ながら、自分の目にある梁を認めないのか」。ルカ6:41
自分のことには寛容で、何ひとつ間違いない者と自認しています。そればかりか、他人の小さな失敗を厳しく咎めやすいものです。同じ過ちをしやすい自分であると認めることによって、お互いに成長することが出来ます。第三者の目で自分の言動を点検する心を持ちたいものです。(KE)
今日の通読箇所
7月10日
「荒野を四十日のあいだ御霊にひきまわされて、悪魔の試みにあわれた」。ルカ4:2a
イエス様は洗礼を受けたのち、荒野へ導かれ、試みに会いました。それはイエス様の信仰をより一層確かなものとすることであり、また私たちの模範となるためです。試練のない人生を願いますが、それだけではひ弱になります。この世にある限り、試練は絶えません。しかし、それによってキリストの姿にまで成長するのです。(KE)
今日の通読箇所
7月9日
「イエスはその話している言葉を聞き流して、会堂司に言われた、『恐れることはない。ただ信じなさい』」。マルコ5:36
会堂司の娘が瀕死の状態でした。イエス様は会堂司の家に出かけますが、その時、すでに亡くなっていました。人々は悲しみ、イエス様の祈りも無駄だとつぶやいている。しかし、主は「聞き流して」と言われています。周囲の人の声、自分のうちに聞こえる声など、様々な声が惑わせます。しかし、大切なのはあなたが信じるところに従って「聞き流す」ことです。(KE)
今日の通読箇所
7月8日
「イエスは彼らを見つめて言われた、『人にはできないが、神にはできる。神はなんでもできるからである』」。マルコ10:27
人はなんでも自分でしなければ納得できません。しかし、残念なことに人は無能無力なものです。できるつもりでも、出来ないことが多くて、苛立ったり、失望したり、なんとも情けない姿をさらしています。主は言われます、「人にはできない」と。「わたしはできない」と認める。あなたにできることがあれば、それは神様のなさったことです。感謝以外にありません。(KE)
今日の通読箇所
7月7日
「だから、あすのことを思いわずらうな。あすのことは、あす自身が思いわずらうであろう」。マタイ6:34ab
イエス様は事あるごとに「思いわずらうな」と繰り返し語っておられます。なぜなら、思い煩っているとき、その煩いには神様に対する思いが抜けているからです。万物を支配し、供給しておられる神様を信頼すれば、おのずから思いわずらいは消えていきます。親に養育されている子供が、明日のことを心配しているとしたら、親は悲しいのでは?(KE)
今日の通読箇所
7月6日
「人は外の顔かたちを見、主は心を見る」。サムエル上16:7d
神様の評価は見た目によるのではありません。人は逆に外側のことしかわかりません。ですから、外面を飾る事ばかりに力がはいりますが、外なるものは崩れ、壊れてしまいます。私たちが力を尽くすべきことは、自らの心の姿です。心が主に喜ばれる姿形になっているか、朝ごとに点検したいものです。主はあなたの心を見ておられるのです。(KE)
今日の通読箇所
7月5日
「わたしを尊ぶ者を、わたしは尊び、わたしを卑しめる者は、軽んぜられるであろう」。サムエル上2:30c
高齢になった祭司エリにはわがままな息子が二人いました。彼らは神様を恐れず、欲心のままに振る舞い、神殿に集う人々からも疎まれていました。その原因は父エリが彼らを叱らず、したい放題にさせて、神様をも畏れない者となったのです。結局、神様は彼らを戦場で命を絶たれました。神様のさばきは厳粛です。善には善を、悪には悪を報われます。(KE)
今日の通読箇所
7月4日
「こうして、その女は去って食事し、その顔は、もはや悲しげでなくなった」。サムエル上1:18
エルカナには二人の妻がいましたが、そのひとり、ハンナには子がいませんでした。そのことで彼女は深く悩み、神殿にて心を注ぎだして祈っていました。その時の祭司エリは不審に思い、事情を尋ねます。ハンナはエリにすべてを打ち明け、祈ってもらいます。そこで確信を得たハンナはもはや悲しむことなく、平安な心を得ます。これこそ祈って信じる恵みです。結果がどうであれ、まず神様に堅く信頼する心を整えましょう。(KE)
今日の通読箇所
7月3日
「すると主の軍勢の将はヨシュアに言った、『あなたの足のくつを脱ぎなさい。あなたが立っている所は聖なる所である』」。ヨシュア5:15
ヨシュアはエリコの町を攻略するにあたって、思案しているとき、屈強な戦士が近づいてきます。彼は神様から遣わされた神の軍勢を指揮する将としてきたのです。彼が命じる最初のことは「足からくつを脱げ」です。それは無条件でしもべとなり、神様の指示に従うことです。今も主は私たちに命じます。「足のくつを脱げ」と。自分の思いや考えに固執する限り、神様は力を振るわれません。今日も、主のしもべとなりきって、勝利を味わってください。(KE)
今日の通読箇所