6月14日
「きょう、あなたの家に泊まることにしているから」。ルカ19:5
イエス様がエリコの町に来られた時、突然、取税人のザアカイの家に泊まることにしました。取税人だった彼は不正なことをして町中の人々から嫌われていました。イエス様が悪人の家に泊まったと、多くの人々は失望しました。しかし、その晩、彼は主の前に出て、自分の罪を認め、すべての償いをすると決断しました。主は彼の家ではなく、彼の心に入ってくださったのです。甦った主は今どこにおられるのでしょうか。(KE)
今日の通読箇所
6月11日
「あなたがたは、地の塩である。もし塩のききめがなくなったら、何によってその味が取りもどされようか」。マタイ5:13ab
「塩」は地味な存在ですが、無くてはならないものです。料理の味付けに塩がなければ素材の味を引き出すことが出来ません。わずかな量の塩ですが、甘いものを作るにも欠かせません。また、塩は防腐・殺菌効果があって、保存食などに不可欠です。そればかりか、貴重なミネラルが含まれているので健康にも必要です。神様は私たちを「世の塩」としてこの世に遣わしておられます。(KE)
6月10日
「どうして、御子のみならず万物をも賜わらないことがあろうか」。ローマ8:32b
神様は祈ることを求めておられます。しかし、祈りつつも、この祈りに応えてくださるだろうかと疑います。神様は私たちの天にいますお父さんです。この方は天も地も、そのすべてを持ちたもう方。そればかりか、私たちを愛するゆえに、罪をゆるすため、ご自身の御子を犠牲にされたのです。だったら、私たちの祈りに応えられないことはありません。(KE)
6月9日
「するとイエスは彼らに言われた、『なぜこわがるのか、信仰の薄い者たちよ』」。マタイ8:26a
弟子たちはイエス様とガリラヤ湖を舟で渡っていました。そのとき、突然、天候が変わり、激しい暴風が吹きつけ、波にのまれそうになりました。同船していたイエス様は嵐の中でも悠然と眠っておられるのです。慌てふためく弟子たちはイエス様を呼び起こします。主は「なぜこわがるのか」と言われます。今日、あなたの人生に嵐が吹き荒れているなら、共におられるイエス様をしっかり信じましょう。主は嵐を鎮めて平安を与えてくださいます。(KE)
6月8日
「あなたは施しをする場合、右の手のしていることを左の手に知らせるな」。マタイ6:3
「施し」とは今言うところの慈善活動です。人は自分が良いと思うことをするとき、それを多くの人に知ってもらいたいと思います。また、賞賛を受けるなら、なおさら励むことでしょう。やがて、良き思いと願いで始めたことが、人の歓心を得ることが目的になって、神様の報いを受けることができません。神様は隠れたことを見ておられるのです。(KE)
6月7日
「怒りをおそくする者は大いなる悟りがあり、気の短い者は愚かさをあらわす」。箴言14:29
先日、ネットやテレビなどのニュースを賑わした立てこもり事件があり、警察官を含め4人が殺害されました。原因は自宅の前の取りすがりの人が話している言葉に怒り、銃を持ち出して殺してしまった。まことに愚かなことをしたと言うほかありません。一呼吸置けば、大事に至らなかったと思います。どんな怒りでも、いい事はありません。(KE)
6月6日
「人は自分の愚かさによって道につまずき、かえって心のうちに主をうらむ」。箴言19:3
これは私たちがしばしば経験することです。自分の浅知恵によって事を起こし、失敗すると神様を恨む。これこそ逆恨みです。人は自分が蒔いたものを必ず刈り取ることになります。そのようなとき、素直に自らの浅はかさを認め、謙虚に悔い改めるなら、神様は損失を上回る祝福を与えてくださいます。(KE)
6月5日
「北風よ、起れ、南風よ、きたれ。わが園を吹いて、そのかおりを広く散らせ」。雅歌4:16
人生には様々な試練や患難があります。多くの人々はそのような苦しみを少しでも少なくしたいと願いますが、思うようにはいきません。しかし、試練や患難と言われるものは人生の時間を無駄にするのではなく、むしろ、それらがあればこそ、受ける恩恵は計り知れません。梅の香りは厳しい寒風でこそ馥郁(ふくいく)と香るのです。(KE)