主の眼差しを感じる事ほど、安心はない

1月24日

「見よ、主の目は主を恐れる者の上にあり、そのいつくしみを望む者の上にある」。詩篇33:18

 神様を尊び、畏れ敬う人に主は目を向けてくださいます。主の眼差しを感じることができれば、これほど安心なことはありません。常に見張ってもらえるのです。そればかりか、主の目はご愛を望む者にも注がれます。主のご愛は不安や怒り、苛立ち、失望などを取り去り、のどかな春の日差しのように、心を温め、柔らかな羽毛に包まれます。(KE)

今日の通読箇所

箴言3章

ヨハネの黙示録 22章

居直って、自分の好きを選ぶ方が賢明です

1月23日

「だから、何事でも人々からしてほしいと望むことは、人々にもそのとおりにせよ。これが律法であり預言者である」。マタイ7:12

 他人の好きなものとか、嫌いなものを知ることはなかなか難しいことです。贈り物をするとき、あれこれ考えて迷ったあげく、どうしてこんなものを選んだのかとがっかりします。であるなら、相手の思いを忖度するより、居直って自分のしてほしいもの、好きなものを選ぶ方が賢明です。またお互いすっきりするのではないでしょうか。(KE)

今日の通読箇所

箴言2章

ヨハネの黙示録 21章

神様は、今もその御業を進めておられます

1月22日

「全地は主を恐れ、世に住むすべての者は主を恐れかしこめ。主が仰せられると、そのようになり、命じられると、堅く立ったからである」。詩篇33:8-9

 森羅万象、全地万物を造られた神様は、今もなおその御業を進めておられます。今日も私たちに生きる命を与え、生きるのに必要なものを備えておられます。人間の知恵や知識が増え増そうとも神様を越えることなどできません。人は神様を畏れ、尊び、敬うのでなければ、滅びるほかありません。主の御心がなされますように、み手に委ねましょう。(KE)

今日の通読箇所

箴言1章

ヨハネの黙示録 20章

身を任せた羊は、牧羊者の意のままです

1月21日

「たといわたしは死の陰の谷を歩むとも、わざわいを恐れません。あなたがわたしと共におられるからです。あなたのむちと、あなたのつえはわたしを慰めます」。詩篇23:4

 わたしたちはイエス様に養われる牧場の羊です。牧羊者に身を任せた羊は、生きるのも、死ぬのも、牧羊者の意のままです。イエス様の愛を信じて、命をこの方に委ね切って、導かれるまま、どのような事態や境遇に置かれても、主に従って行きましょう。(KE)

今日の通読箇所

詩篇150篇

ヨハネの黙示録 19章

仕える方はだだ一人、主だけです

1月20日

「あなたはわがしもべだから、わたしはあなたを造った、あなたはわがしもべだ、イスラエルよ、わたしはあなたを忘れない」。イザヤ44:21bc

 神様が多くの者の中から、選び、主の救いを与えてくださいました。その目的は、私たちを主のしもべとして用いてくださるためです。当然、しもべですから、仕える方はだだ一人、主だけです。今日も主のしもべとなりきって、忠実に仕えましょう。主はご自分のしもべを決して忘れません。(KE)

今日の通読箇所

詩篇149篇

ヨハネの黙示録 18章

神が求める事は悔改め主の許に帰る事です

1月19日

「悪しき者はその道を捨て、正しからぬ人はその思いを捨てて、主に帰れ。そうすれば、主は彼にあわれみを施される。われわれの神に帰れ、主は豊かにゆるしを与えられる」。イザヤ 55:7

 神様の懐はなんと広く、また深いものでしょうか。神様が求めることは唯一つ、悔い改めて主の許に帰ることです。ところが人は強情で、誇り高いゆえ、このただ一つのことができずに、いつまでも罪の世に沈んでいます。まず、主の呼びかけに答えて、心から悔いて、謙遜になり、帰ろうではありませんか。(KE)

今日の通読箇所

詩篇148篇

ヨハネの黙示録 17章

真実な愛を願いつつ、不完全に終わります

1月18日

「愛は死のように強く、ねたみは墓のように残酷だからです。そのきらめきは火のきらめき、最もはげしい炎です」。雅歌8:6bc

 愛はその言葉の優しさには似ても似つかない激しさを持っています。そのため多くの人々が痛い思いをさせられます。真実な愛をと願いつつ、人の罪ゆえに不完全な愛で終わります。しかし、イエス様の愛は純粋な、混ざり物のない愛です。私たちが主の愛に応答する時、真の愛に近づくことができます。主は命を捨てて愛して下さるのです。(KE)

今日の通読箇所

詩篇147篇

ヨハネの黙示録 16章

愛を取り違えると、悲惨な結末となります

1月17日

「愛のおのずから起るときまでは、ことさらに呼び起すことも、さますこともしないように」。雅歌2:7b

 人と人の関係で「愛」ほど不思議な現象はありません。しかも、愛は純粋に自発のものでなければ単なる感情の浮き沈みに過ぎないのです。打算や自分本位の欲求、地位や名誉、様々な思いで「愛」を取り違えると、悲惨な結末となります。自分のいだいている愛の動機は何かを常に吟味しておかなければなりません。(KE)

今日の通読箇所

詩篇146篇

ヨハネの黙示録 15章

真に悔い改めるなら、神様は許します

1月16日

「ましてわたしは十二万あまりの、右左をわきまえない人々と、あまたの家畜とのいるこの大きな町ニネベを、惜しまないでいられようか」。ヨナ4:11

 預言者ヨナによってニネベの人々は神様の前に悔い改めました。その様子をご覧になって、滅ぼそうとされた神様は、ニネベの人々を許してくださいました。どんなに悪逆非道の者であっても、真に悔い改めるなら、神様は許してくださいます。ニネベの民を惜しんでくださる神様はあなたをも惜しんで、悔い改めの時を備えて待っておられます。(KE)

今日の通読箇所

詩篇145篇

ヨハネの黙示録 14章

神様が十字架で、正義を全うしました

1月15日

「誇る者はこれを誇りとせよ。すなわち、さとくあって、わたしを知っていること、わたしが主であって、地に、いつくしみと公平と正義を行っている者であることを知ることがそれである」。エレミヤ9:24ab

 全知全能なる神様の居ますこと。神様は愛なる方であり、公平と正義を貫かれる方である。そのような神様がご自分の命を代償とし、十字架を立て、公平と正義を全うしてくださいました。ただただ感謝するほかありません。今日も赦された者の喜びをもって生きてください。(KE)

今日の通読箇所

詩篇144篇

ヨハネの黙示録 13章