神が人の祈りを聞くとは驚くべきことです

1月14日

「わたしに呼び求めよ、そうすれば、わたしはあなたに答える。そしてあなたの知らない大きな隠されている事を、あなたに示す」。エレミヤ33:3

 全能なる神様が、被造物である人間の祈りや願いを聞いてくださるとは驚くべきことです。それほどに神様は造られた人を愛しておられるのです。しかも、答えてくださると言うのです。さらに隠れたご自分の思いまでも語ろうと言うのです。こうなると、祈らなくてはおれないでしょう。(KE)

今日の通読箇所

詩篇143篇

ヨハネの黙示録 12章

臆せずに、信じるところに従ってください

1月13日

「すべての民はおのおのその神の名によって歩む。しかしわれわれはわれわれの神、主の名によって、とこしえに歩む」。ミカ4:5

 部族や民族、その他どんな群であっても、人は神様なるものを畏れ、尊ぼうとします。無神論者は主張する無神を神としているのです。今、私たちは神が人となり給うたイエス様を救主と信じて生きる者です。臆することなく、自らの信じるところに従ってください。聖書の言葉に教えられたところに従って生きる時、生活に変化が生まれます。(KE)

今日の通読箇所

詩篇142篇

ヨハネの黙示録 11章

人は速くやろうとし、神の思いとずれます

1月12日

「もしおそければ待っておれ。それは必ず臨む。滞りはしない」。ハバクク2:3cd

 神様は万物をご自分の「とき」に従って実行なさる方です。人はせっかちで、短兵急に事を決め、速くやってしまおうとします。そこで神様の思いとずれてしまうのです。私たちの人生も神様の定めたときに従って動いています。今、あなたが抱えていることの進みが遅いと思うなら、主は言われます。「待っておれ」と。あなたの人生はあなたのものではなく、主のものだからです。(KE)

今日の通読箇所

詩篇141篇

ヨハネの黙示録 10章

主が喜ばれるだろうかと問いかける事です

1月11日

「キリスト・イエスにあっていだいているのと同じ思いを、あなたがたの間でも互に生かしなさい」。ピリピ2:5

 イエス様の生き様に倣うことが、人としての最高の生き方だといえます。そのための具体的な生き方は、常に、「今、自分がしようとすることは、主が喜ばれるだろうか」と一言問いかけることです。人との交わりにあって、何かをするにしろ、語るにしろ、今、自分はイエス様にしている、あるいは、主が喜ばれるからする。この姿勢を崩さないように。(KE)

今日の通読箇所

詩篇140篇

ヨハネの黙示録 9章

死を迎えて、すべては終わりでしょうか

1月10日

「目標を目ざして走り、キリスト・イエスにおいて上に召して下さる神の賞与を得ようと努めているのである」。ピリピ3:14

 人生の終着点はどこにあるのでしょうか。体の組織が崩れて、死を迎えます。それですべては終わりでしょうか。とすれば、何のためにこの世で患難辛苦を耐えるのでしょうか。これほど虚しいものはありません。イエス様は死からよみがえって御国に帰りました。それは私たちへのメッセージです。人はこの世で終わりではなく、永遠の御国に復活するのだと。(KE)

今日の通読箇所

詩篇139篇

ヨハネの黙示録 8章

人は事情・境遇では喜べない事ばかりです

1月9日

「あなたがたは、主にあっていつも喜びなさい。繰り返して言うが、喜びなさい」。ピリピ4:4

 主はわたしたちが喜び楽しんでいる事を願っておられます。しかし、現実はいつも喜べない事ばかりです。それは周囲の事情・境遇によって喜ぼうとするからです。私たちを取り巻くものは時々刻々変わります。私たちが喜ぶべきことは、イエス様との交わりです。主が今日もあなたと共に居られて、慰め、励まし、力を与えてくださることを喜びましょう。(KE)

今日の通読箇所

詩篇138篇

ヨハネの黙示録 7章

全能者の神様は全ての事を支配しています

1月8日

「今いまし、昔いまし、やがてきたるべき者、全能者にして主なる神が仰せになる、『わたしはアルパであり、オメガである』」黙示1:8

 私たちの信じる神様は「アルパ」であり、「オメガ」、すなわち初めであり、終りであると言われます。すべての事を始める方であり、またすべての事の終りを決める方です。人は自分が始めて、自分が結末を付けるものだと思っています。しかし、全能者である神様は事の初めから、終りまで、すべてのことを支配しておられます。このかたの下に、自分を低くしましょう。(KE)

今日の通読箇所

詩篇137篇

ヨハネの黙示録 6章

信仰も始めた頃の謙虚な気持ちが大切です

1月7日

「しかし、あなたに対して責むべきことがある。あなたは初めの愛から離れてしまった」。黙示2:4
 
 何ごとにおいても「初心忘るべからず」と言われます。始めた頃の謙虚で真剣な気持ちを持ち続けていかなければなりません。殊に信仰を持ち続けるにあたって気をつけるべきことです。イエス様を知り、十字架の愛に感動し、真剣に主を求めた頃の感動を持ち続けたいものです。人は慣れてくると、侮るようになり、信仰から迷い出てしまいます。常に自戒して、はじめの愛に戻ろうではありませんか。(KE)

今日の通読箇所

詩篇136篇

ヨハネの黙示録 5章

人は救いにより、永遠の命を継ぎます

1月6日

「だから、目をさましていなさい。その日その時が、あなたがたにはわからないからである」。マタイ25:13

 「その日その時」とは、主イエス・キリストの再臨の時のことです。その時には、天も地も、すべてが失われ、人は裁きにあいます。イエス様の救いによって、永遠の命を継ぐものとなります。いつ終末の時が来ようと、喜び勇んで、主の御前に出られるよう、御霊の導きに全く従う者となりましょう。(KE)

今日の通読箇所

詩篇135篇

ヨハネの黙示録 4章

ひとり子を十字架に罰するほどの愛です

1月5日

「神はそのひとり子を賜わったほどに、この世を愛して下さった。それは御子を信じる者がひとりも滅びないで、永遠の命を得るためである」。ヨハネ3:16

 神様の愛がどんなものであるか、測り知ることができません。しかし、ご自分のひとり子を滅びるべき私たちのために十字架に処罰するほどの計り知れない愛です。神様の愛はこれ以上の言葉では語ることができません。この大いなる愛を日々身近に感じて、励まされ、慰めを得て、望みを持ち、力強く生きようではありませんか。(KE)

今日の通読箇所

詩篇134篇

ヨハネの黙示録 3章