人は神様の所有です

9月10日

「するとイエスは言われた、『カイザルのものはカイザルに、神のものは神に返しなさい』。彼らはイエスに驚嘆した」。マルコ12:17

 パリサイ人は、主を試すために税を納めるべきかどうか、と問います。これはその答えです。ローマ帝国に支配された時代、貨幣には皇帝の肖像が彫られていました。一方、神の型が彫られたものは私達です。人を神のかたちに造られました。神様の所有です。それを人は盗んで自分のものにしています。そこが人の罪です。神様に自分をお返ししましょう。(KE)

今日の通読箇所

ダニエル書10章

ペテロの第二の手紙 2章

今日も主は困難の中のあなたの許にいます

9月9日

「しかし、イエスはすぐに彼らに声をかけて、『しっかりするのだ、わたしである。恐れることはない』と言われた」。マタイ14:27

 ガリラヤ湖を渡っていた弟子たちは、逆風に悩まされていました。夜明けごろ、主は難儀している弟子たちのところに、水の上を歩いて来られました。しかし、弟子たちは幽霊だとおじ惑い、恐怖に襲われます。今日も、主は困難の中にあるあなたの許におられます。ペテロのように、「主よ、お助け下さい」と手を伸ばそうではありませんか。(KE)

今日の通読箇所

ダニエル書9章

ペテロの第二の手紙 1章

人の罪は、何でも出来ると思うことです

9月8日

「主が命じられたのでなければ、だれが命じて、その事の成ったことがあるか。災もさいわいも、いと高き者の口から出るではないか」。哀歌3:37-38

 人の罪とは、神様を退け、自分が何でも出来ると思い上がることです。ですから、自分の思わない、願わない事態に当たると、狼狽して醜態をさらします。神様の為さることに人は指一本触れることができません。しかし、幸いなことに、神様は傍若無人な方ではなく、限りない愛をもって事を導かれます。主のご愛の御手に委ねましょう。(KE)

今日の通読箇所

ダニエル書8章

ペテロの第一の手紙 5章

信仰は神様(イエス様)と私との関係です

9月7日

「あなたは、わたしに従ってきなさい」。ヨハネ21:22b

 主が甦られた後に言われた言葉。信仰は神様(イエス様)と私との関係です。両者の間には何も入りません。主が常に問われるのは、「あなた」であって、「あなたたち」でもありません。神様(イエス様)と自分との関係が不動のものとなるとき、他者との関係が正しく整うのです。(KE)

今日の通読箇所

ダニエル書7章

ペテロの第一の手紙 4章

しかし、神様は耳を傾けて聞けと仰います

9月6日

「耳を傾け、わたしにきて聞け。そうすれば、あなたがたは生きることができる」。イザヤ55:3ab

 聖書は文学史上最も読まれている大ベストセラーです。つらつらと読む中にも、多くの収穫をもたらしてくれるでしょう。しかし神様は耳を傾けて聞けと仰います。『聴』という漢字があります。直き心をもって聞くという意味があるそうです。聖書の言葉を、自分自身に語られた言葉と信じ、素直に耳を傾けるなら、私達の心に真の命が芽生えます。(MK)

今日の通読箇所

ダニエル書6章

ペテロの第一の手紙 3章

神様は思いを与え、歩みを導かれます

9月5日

「もしわたしたちが御霊によって生きるのなら、また御霊によって進もうではないか」。ガラテヤ5:25

 神様は御霊の働きをもって、私達に思いを与え、御心にかなう歩みへ導かれます。与えられた思いを主からのものと信じて従っても、驚くような場面に遭遇することは稀です。しかしそのような日常から御霊に聴く訓練をしていなければ、いざという時、確信をもって従うことができません。今あなたに、御霊は何と語られていますか? (MK)

今日の通読箇所

ダニエル書5章

ペテロの第一の手紙 2章

約束の地までの旅路は主の行かれるまま

9月4日

「主は彼らの前に行かれ、昼は雲の柱をもって彼らを導き、夜は火の柱をもって彼らを照し、昼も夜も彼らを進み行かせられた」。出エジプト13:21

 神様はイスラエルの民を、出エジプトから約束の地まで、雲の柱と火の柱をもって先導なさいました。彼らの旅路は主の行かれるまま。進むも留まるも、理由の説明はありません。御霊に導かれる私達の人生の旅路も、日々様々であり、そこに詳細説明はありません。しかし行き着く先は約束の御国です。 (MK)

今日の通読箇所

ダニエル書4章

ペテロの第一の手紙 1章

救いは一方的な恩寵によるものです

9月3日

「あなたがたの救われたのは、実に、恵みにより、信仰によるのである。それは、あなたがた自身から出たものではなく、神の賜物である」。エペソ2:8

 神様の救いは、私たちの状態によって変わるようなものではありません。なぜなら、救いは何かの報酬として与えられるのではなく、一方的な恩寵によるものです。受けるに足らぬ者であり、滅びる者であった者を無償で救ってくださったのです。私たちの為すべきことは、救われた者と確信して、ただ感謝するのみです。(KE)

今日の通読箇所

ダニエル書3章

ヤコブの手紙5章

イエス様は、信仰を導いて下さいます

9月2日

「信仰の導き手であり、またその完成者であるイエスを仰ぎ見つつ、走ろうではないか」。ヘブル12:2a

 信仰とは神様を信じることですが、これがまた単純にして、困難です。信じようとしても、信じられません。しかし、よみがえって共に居てくださるイエス様は、あなたの信仰を導き、完成させてくださいます。そのために、イエス様を絶えず心に覚えて、生活する以外にありません。(KE)

今日の通読箇所

ダニエル書2章

ヤコブの手紙4章

欠けた所のない事では、幸せになれません

9月1日

「そこで、高慢にならないように、わたしの肉体に一つのとげが与えられた。それは、高慢にならないように、わたしを打つサタンの使なのである」。第二コリント12:7

 五体満足、欠けた所のない者になりたいと人は願います。しかし、それが人を幸福にしてくれるでしょうか。かけた所があればこそ、謙遜になれます。弱いからこそ他者を思い遣れます。これがなければと思うものがあるなら、感謝しようではありませんか。高慢にならず、他者を思い遣ることができるからです。(KE)

今日の通読箇所

ダニエル書1章

ヤコブの手紙3章