これこそ祈って信じる恵みです

7月4日
「こうして、その女は去って食事し、その顔は、もはや悲しげでなくなった」。サムエル上1:18

エルカナには二人の妻がいましたが、そのひとり、ハンナには子がいませんでした。そのことで彼女は深く悩み、神殿にて心を注ぎだして祈っていました。その時の祭司エリは不審に思い、事情を尋ねます。ハンナはエリにすべてを打ち明け、祈ってもらいます。そこで確信を得たハンナはもはや悲しむことなく、平安な心を得ます。これこそ祈って信じる恵みです。結果がどうであれ、まず神様に堅く信頼する心を整えましょう。(KE)

今日の通読箇所

出エジプト11章

へブル人への手紙 6章

今も主は私たちに足のくつを脱げと命じます。

7月3日
「すると主の軍勢の将はヨシュアに言った、『あなたの足のくつを脱ぎなさい。あなたが立っている所は聖なる所である』」。ヨシュア5:15

ヨシュアはエリコの町を攻略するにあたって、思案しているとき、屈強な戦士が近づいてきます。彼は神様から遣わされた神の軍勢を指揮する将としてきたのです。彼が命じる最初のことは「足からくつを脱げ」です。それは無条件でしもべとなり、神様の指示に従うことです。今も主は私たちに命じます。「足のくつを脱げ」と。自分の思いや考えに固執する限り、神様は力を振るわれません。今日も、主のしもべとなりきって、勝利を味わってください。(KE)

今日の通読箇所

出エジプト10章

へブル人への手紙 5章

イエス様は、私たちを切に求めておられます

7月2日
「岩の裂け目、がけの隠れ場におるわがはとよ、あなたの顔を見せなさい。あなたの声を聞かせなさい」。雅歌2:14ab

「雅歌」は愛の交わりを詠った書です。そこで言及されている愛する者たちの姿はイエス様と私たちの愛による関係を示唆しています。イエス様は私たちを愛するゆえに、ご自身の命を捨てて滅びから救い出して下さったのです。それゆえに、私たちを切に求めておられます。岩陰に隠れている小心な鳩、あなたに呼びかけておられます。(KE)

今日の通読箇所

出エジプト9章

へブル人への手紙 4章

イエス様にお会いする時、喜ばれるように生活すること

7月1日
「だから、目をさましていなさい。いつの日にあなたがたの主がこられるか、あなたがたには、わからないからである」。マタイ24:42

聖書は一貫して世の終り、終末の時が来ることを予言しています。もちろん、それがいつ何時であるか、これはわかりませんが、そのときイエス様が天から下ってこられると言われます。日本では大地震に備えて様々な手立てが講じられます。地震も怖いですが、それ以上に終末を迎えることは重大です。そのための備えとは唯一つ。イエス様にお会いする時、喜ばれるように生活すること。これだけです。常に、蘇った主と共に歩むことです。(KE)

今日の通読箇所

出エジプト8章

へブル人への手紙 3章

心に主が指さされることがあるなら速やかに悔い改めましょう

6月30日
「イエスを裏切ったユダが答えて言った、『先生、まさか、わたしではないでしょう』。イエスは言われた、『いや、あなただ』」。マタイ26:25

最後の晩餐の席での出来事です。イエス様はこの後十字架に命を絶たれることになります。この重大なとき、自分を裏切る者がいると言われ、弟子たちは誰のことだろうと疑心暗鬼に陥ります。そのとき、ユダ本人に極めて明確に「あなただ」と指摘しますが、当人はなんの痛痒も感じません。まことに不幸です。今日、あなたの心に主が指さされることがあるなら、速やかに悔い改めて、主との関係をしっかり整えましょう。(KE)

今日の通読箇所

出エジプト7章

へブル人への手紙 2章

神様が与えてくださる道は「命の道」です

6月29日
「あなたはこの民に言いなさい、『主はこう仰せられる、見よ、わたしは命の道と死の道とをあなたがたの前に置く』」。エレミヤ21:8

人生は選択と決断の連続です。その際、何を基準に判断すべきでしょうか。人の心には様々な思いがあって、なかなかこれだと決断できずに、結局成り行き任せに終わります。神様が与えてくださる道は勿論「命の道」です。それは貧相で、魅力もない、避けたいものでしょう。しかし、神様の導きを信じて踏み出す時、その道を命のあふれる道としてくださいます。(KE)

今日の通読箇所

出エジプト6章

へブル人への手紙 1章

私たちは創造者ではなく、ただ生かされてるだけです

6月28日
「なにゆえにわたしは胎内を出てきて、悩みと悲しみに会い、恥を受けて一生を過ごすのか」。エレミヤ20:18

自分の出生を呪うなど、不幸の極みではないでしょうか。また、自分の人生の意味を問うことも何の役にもたちません。なぜなら、私たちは創造者ではないからです。私たちはただ生かされて生きるだけであって、それが何のためであるか、役立つのか、立たないのか、そのすべてを知っておられるのはただ神様だけです。無駄な詮索はやめて、主がなさることだと信じて、召される時まで耐え忍ぼうではありませんか。(KE)

今日の通読箇所

出エジプト5章

ピレモンへの手紙

神様の言葉を日々の生活の中に取り込むことにほかなりません

6月27日
「わたしはみ言葉を与えられて、それを食べました。み言葉は、わたしに喜びとなり、心の楽しみとなりました」。エレミヤ15:16ab

「み言葉」は神様の言葉、すなわち聖書の言葉です。私たちは生きるために、随分多くのものを常に食べ続けています。食べたものが体の中に入り、咀嚼分解され、身体各部の活力になるからです。同様に、神様の言葉も、飾って眺めるのではなく、かみ砕いて自分の日々の生活の中に取り込むことにほかなりません。しかも切れ目なく、食べ続ける時、それは楽しみとなり、喜びでもあります。(KE)

今日の通読箇所

出エジプト4章

テトスへの手紙 3章

聖霊がいなければ神様のことを信じることは出来ません

6月26日
「これは知恵と悟りの霊、深慮と才能の霊、主を知る知識と主を恐れる霊である」。イザヤ11:2b

イエス様が洗礼を受けた時、水から上がるとすぐ聖霊が下ったと言われます。その霊は、ペンテコステ以来、主を信じる私たちにも与えられているのです。この聖霊がいなければ、神様のことや御子イエス様のことも深く知ること、また信じることが出来ません。この御霊は今も私たちに働きかけて神様の御心を悟らせてくださいます。あなたが神様を、またイエス様を信じることが出来るのは、ただ御霊の力によるものです。感謝!!!(KE)

今日の通読箇所

出エジプト3章

テトスへの手紙 2章

そもそも人を頼ることが間違いです

6月25日
「あなたがたは鼻から息の出入りする人に、たよることをやめよ。このような者はなんの価値があろうか」。イザヤ2:22

何か尋常ならぬことが起ると、助けてくれるものはないかとうろたえます。病気の時は医者に、法律的な問題には弁護士を、経済的なことでは銀行などへ駆け込みます。確かに、それによってある程度は解決するでしょうが、それだけで事は終わりません。悩みの根本問題が残ります。時に期待外れに終わると、相手を非難し、無能呼ばわりしますが、そもそも頼ることが間違いです。信頼に足る方は神様だけです。(KE)

今日の通読箇所

出エジプト2章

テトスへの手紙 1章