私たちが祈り続ける時、勝利することが出来ます

5月15日
「モーセが手を上げているとイスラエルは勝ち、手を下げるとアマレクが勝った」。出エジプト17:11

イスラエルの民が荒野を旅する途中で、アマレク人たちが戦いを仕掛けてきました。モーセはヨシュアに命じて戦いに出しますが、彼は丘の上にのぼり、両手を天に向かって伸べ、勝利を祈ります。しかし、腕を上にあげるのは疲れますから、次第に腕が下がる。すると、アマレクが優勢になる。腕を上げるとイスラエルが勝つ。まさに祈りの力です。私たちが倦まず、弛まず祈り続ける時、サタンに勝利することが出来ます。アロンとホルの二人が左右からモーセの腕をささえました。共に祈る仲間がいてくれるなら、心強いですね。(KE)

私たちのマナは内なる命を養う聖書の言葉にほかなりません

5月14日
「そのとき主はモーセに言われた、『見よ、わたしはあなたがたのために、天からパンを降らせよう。民は出て日々の分を日ごとに集めなければならない』」。出エジプト16:4ab

イスラエルの民が約束の地、カナンを目指して荒野に踏み出してから、40年以上にわたって天からパンを降らせて養ってくださいました。天からのパンをマナと呼びました。それを朝ごとに集めてパンにしたのです。今、私たちのマナはなんでしょうか。それは内なる命を養う神様の言葉、聖書の言葉にほかなりません。今日もみ言葉に養われましょう。(KE)

主権者は誰であるかをしっかり信じていたのです

5月13日
「ののしられても、ののしりかえさず、苦しめられても、おびやかすことをせず、正しいさばきをするかたに、いっさいをゆだねておられた」。第一ペテロ2:23

イエス様の生き様を簡潔に言いあらわした言葉です。また、あなたがたもそうするようにと勧められています。注目すべきことは、主権者は誰であるかをしっかり信じていたのです。自ら復讐したり、非難したり、反撃すら、すべてを父なる神様の支配に委ねました。わたしたちは、ともすると、売り言葉に買い言葉、手を出さずとも激しい言葉の応酬に溜飲を下げますが、そこには主の姿はありません。(KE)

しかし、現実にはむしろ試錬の連続です

5月12日
「わたしの兄弟たちよ、あなたがたが、いろいろな試錬に会った場合、それをむしろ非常に喜ばしいことと思いなさい」。ヤコブ1:2

世間常識と正反対の言葉です。人は試錬のない日々を過ごしたいと願います。しかし、現実にはむしろ試錬の連続です。辛く苦しかった試錬の日々は自分の人生の汚点だとまで思ってしまいますが、実はそうではないと言われます。試錬によって人は鍛えられ、忍耐が生み出され、それによって清められ、整えられて、欠点のない「完全な出来上がった」人となるからです。今、試錬の中にあると思われるなら、逃げないでしっかり受けてください。(KE)

神様があなたのために備えられた日々を生かされているのです

5月11日
「ああ深いかな、神の知恵と知識との富は。そのさばきは窮めがたく、その道は測りがたい」。ローマ11:33

聖書によれば、森羅万象、万物は神様によって造り出されていると言われます。それはただ単に形あるもの(ハード面)を造られたばかりではなく、それぞれの生き様(ソフト面)をも仕組んでおられます。ですから、自分で造る人生ではなく、神様があなたのために備えられた日々を生かされているのです。神様がどのようなシナリオを持っておられるのか、自分の人生ですら、自分は知らないのです。主が備えられた今日を生きてください。(KE)

信じるところに従って選ぶべきであると勧めています

5月10日
「各自はそれぞれ心の中で、確信を持っておるべきである」。ローマ14:5b

信仰は純粋に個人の問題です。集団で一つの信条に帰依するとき、決して良い結果を生みません。パウロは当時の社会で守られていた習慣、食べ物を絶ったり、日取りを気にして重んじる行為などは、各自の信じるところに従って「確信を持って」選ぶべきであると勧めています。自分の信条を他者に押し付けることはできません。(KE)

平常心を失う時こそ、イエス様を見てください

5月9日
「すると突然、海上に激しい暴風が起って、舟は波にのまれそうになった。ところが、イエスは眠っておられた」。マタイ8:24

弟子たちはイエス様と一緒にガリラヤ湖を舟で渡っていました。そのとき、突然暴風が吹き、波にのまれそうになった。弟子たちはうろたえ、恐れています。しかし、イエス様は眠っている。なんと大きな違いでしょうか。平穏無事と思える日常に、突然嵐のごとき問題が起って平常心を失う時こそ、イエス様を見てください。主はあなたと共におられるのです。(KE)

そんなにまで愛して下さる神様はあなたの天の父です

5月8日
「あなたがたのうちで、自分の子がパンを求めるのに、石を与える者があろうか」。マタイ7:9

日本人の多くは、神様は怖い方で、下手なことをすると天罰が下され、ひどい目に遭わせられると恐れます。しかし、聖書を通して語られる神様は決して怖い、恐ろしい方ではありません。それどころか、私達を愛してやまないお方です。「天にいますあなたがたの父はなおさら、求めてくる者に良いものを下さらないことがあろうか」と言われます。そんなにまで愛して下さる神様はあなたの天の父です。信じて祈ってください。(KE)

信じるあなただけに神様は応答してくださるのです

5月7日
「あなたは祈る時、自分のへやにはいり、戸を閉じて、隠れた所においでになるあなたの父に祈りなさい」。マタイ6:6

真の神様はご自分を隠しておられます。人は目で見て、確かめようとしますが、神様についてはそれができません。その結果、信じられないと言います。しかし、見えないものを信じるあなただけに神様は応答してくださるのです。隠れた事を見ておられる神様は集団ではなく、あなた一人の祈りに報いてくださいます。(KE)

生殺与奪の権は万物の創造者である神様です

5月6日
「わたしの神は、ご自身の栄光の富の中から、あなたがたのいっさいの必要を、キリスト・イエスにあって満たして下さるであろう」。ピリピ4:19

温暖化のせいで思いがけない干ばつや、豪雨災害、熱波や寒波の影響などで、作物が不作となり、漁獲量も魚の種類も変化して、これまでの経験が役立たない事態が続いています。そのようなニュースを見聞きするたび、先行き不安が募りますが、生殺与奪の権は万物の創造者である神様です。人の生きる死ぬは神様次第。しかし、神様は今日も命を与え、糧を与えて、住む場所を設け、必要を満たして生かし下さいます。(KE)