7月2日
「岩の裂け目、がけの隠れ場におるわがはとよ、あなたの顔を見せなさい。あなたの声を聞かせなさい」。雅歌2:14ab
「雅歌」は愛の交わりを詠った書です。そこで言及されている愛する者たちの姿はイエス様と私たちの愛による関係を示唆しています。イエス様は私たちを愛するゆえに、ご自身の命を捨てて滅びから救い出して下さったのです。それゆえに、私たちを切に求めておられます。岩陰に隠れている小心な鳩、あなたに呼びかけておられます。(KE)
今日の通読箇所
7月2日
「岩の裂け目、がけの隠れ場におるわがはとよ、あなたの顔を見せなさい。あなたの声を聞かせなさい」。雅歌2:14ab
「雅歌」は愛の交わりを詠った書です。そこで言及されている愛する者たちの姿はイエス様と私たちの愛による関係を示唆しています。イエス様は私たちを愛するゆえに、ご自身の命を捨てて滅びから救い出して下さったのです。それゆえに、私たちを切に求めておられます。岩陰に隠れている小心な鳩、あなたに呼びかけておられます。(KE)
今日の通読箇所
7月1日
「だから、目をさましていなさい。いつの日にあなたがたの主がこられるか、あなたがたには、わからないからである」。マタイ24:42
聖書は一貫して世の終り、終末の時が来ることを予言しています。もちろん、それがいつ何時であるか、これはわかりませんが、そのときイエス様が天から下ってこられると言われます。日本では大地震に備えて様々な手立てが講じられます。地震も怖いですが、それ以上に終末を迎えることは重大です。そのための備えとは唯一つ。イエス様にお会いする時、喜ばれるように生活すること。これだけです。常に、蘇った主と共に歩むことです。(KE)
今日の通読箇所
6月30日
「イエスを裏切ったユダが答えて言った、『先生、まさか、わたしではないでしょう』。イエスは言われた、『いや、あなただ』」。マタイ26:25
最後の晩餐の席での出来事です。イエス様はこの後十字架に命を絶たれることになります。この重大なとき、自分を裏切る者がいると言われ、弟子たちは誰のことだろうと疑心暗鬼に陥ります。そのとき、ユダ本人に極めて明確に「あなただ」と指摘しますが、当人はなんの痛痒も感じません。まことに不幸です。今日、あなたの心に主が指さされることがあるなら、速やかに悔い改めて、主との関係をしっかり整えましょう。(KE)
今日の通読箇所
6月29日
「あなたはこの民に言いなさい、『主はこう仰せられる、見よ、わたしは命の道と死の道とをあなたがたの前に置く』」。エレミヤ21:8
人生は選択と決断の連続です。その際、何を基準に判断すべきでしょうか。人の心には様々な思いがあって、なかなかこれだと決断できずに、結局成り行き任せに終わります。神様が与えてくださる道は勿論「命の道」です。それは貧相で、魅力もない、避けたいものでしょう。しかし、神様の導きを信じて踏み出す時、その道を命のあふれる道としてくださいます。(KE)
今日の通読箇所
6月27日
「わたしはみ言葉を与えられて、それを食べました。み言葉は、わたしに喜びとなり、心の楽しみとなりました」。エレミヤ15:16ab
「み言葉」は神様の言葉、すなわち聖書の言葉です。私たちは生きるために、随分多くのものを常に食べ続けています。食べたものが体の中に入り、咀嚼分解され、身体各部の活力になるからです。同様に、神様の言葉も、飾って眺めるのではなく、かみ砕いて自分の日々の生活の中に取り込むことにほかなりません。しかも切れ目なく、食べ続ける時、それは楽しみとなり、喜びでもあります。(KE)
今日の通読箇所
6月26日
「これは知恵と悟りの霊、深慮と才能の霊、主を知る知識と主を恐れる霊である」。イザヤ11:2b
イエス様が洗礼を受けた時、水から上がるとすぐ聖霊が下ったと言われます。その霊は、ペンテコステ以来、主を信じる私たちにも与えられているのです。この聖霊がいなければ、神様のことや御子イエス様のことも深く知ること、また信じることが出来ません。この御霊は今も私たちに働きかけて神様の御心を悟らせてくださいます。あなたが神様を、またイエス様を信じることが出来るのは、ただ御霊の力によるものです。感謝!!!(KE)
今日の通読箇所
6月25日
「あなたがたは鼻から息の出入りする人に、たよることをやめよ。このような者はなんの価値があろうか」。イザヤ2:22
何か尋常ならぬことが起ると、助けてくれるものはないかとうろたえます。病気の時は医者に、法律的な問題には弁護士を、経済的なことでは銀行などへ駆け込みます。確かに、それによってある程度は解決するでしょうが、それだけで事は終わりません。悩みの根本問題が残ります。時に期待外れに終わると、相手を非難し、無能呼ばわりしますが、そもそも頼ることが間違いです。信頼に足る方は神様だけです。(KE)
今日の通読箇所