不忠不義なものであることを認める。それがすべてのことの始まりです。

5月5日
「自分は真実だという人が多い、しかし、だれが忠信な人に会うであろうか。」箴言20:6

 人は自分に対して寛容であり、自信家ですから、自分ほど正しい、真実な者はいないと自惚れます。しかし、どんなに品行方正、欠けたところのない人であっても、神様の目からご覧になると、実に噴飯ものです。取るに足らない不足だらけの、不忠不義なものであることを認める。それがすべてのことの始まりです。そのような自覚のない人に会うと、人生の恵みを半分捨てているように思います。欠陥者を哀れんで赦し、恵んでくださる主の愛を感謝しつつ過ごしてください。(KE)

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