12月21日
「わたしが声をあげて主に呼ばわると、主は聖なる山からわたしに答えられる。わたしはふして眠り、また目をさます。主がわたしをささえられるからだ。」詩篇3:4-5
このような安心を得ることが出来れば、どんな困難な事情・境遇に置かれても、動揺することがありません。神様はあなたにもこの平安、安心を与えて下さっているのです。主の十字架によって、神様とあなたを妨げている罪を除き、心から安心して信頼するようにと招いておられます。十字架のご愛を信じて、はばからず大胆に信頼しましょう。(KE)
12月21日
「わたしが声をあげて主に呼ばわると、主は聖なる山からわたしに答えられる。わたしはふして眠り、また目をさます。主がわたしをささえられるからだ。」詩篇3:4-5
このような安心を得ることが出来れば、どんな困難な事情・境遇に置かれても、動揺することがありません。神様はあなたにもこの平安、安心を与えて下さっているのです。主の十字架によって、神様とあなたを妨げている罪を除き、心から安心して信頼するようにと招いておられます。十字架のご愛を信じて、はばからず大胆に信頼しましょう。(KE)
12月20日
「主は常にあなたを導き、良き物をもってあなたの願いを満ち足らせ、あなたの骨を強くされる。あなたは潤った園のように、水の絶えない泉のようになる。」イザヤ58:11
これは神様があなたに対して抱いておられる思い、ご計画です。悩みや苦しみに遭うことが神様のご目的ではありません。その中から神様に対する態度を改め、主を求めて来ることを願っておられるのです。神様を信頼し、そのご愛のみ手にあることを信じて生きるとき、この約束が成就します。(KE)
12月19日
「あなたがためいめいも、もし心から兄弟をゆるさないならば、わたしの天の父もまたあなたがたに対して、そのようになさるであろう。」マタイ18:35
神様はひとり子、イエス様を世に遣わして私達の罪をゆるし、永遠の命に生きる者として下さいました。今日も主にゆるされて、生かされています。ですから、主はあなたもゆるしなさいと勧められます。ゆるせない思いを持ち続けることは神様のご愛を拒むことです。みことばを信じてゆるすとき、神様の愛が注がれ、心に溢れます。(KE)
12月18日
「なぜなら、善をしようとする意志は、自分にはあるが、それをする力がないからである。すなわち、わたしの欲している善はしないで、欲していない悪は、これを行っている。」ローマ7:18-19
人の心と行動は不可思議なものです。よきことを願いながら実行出来ない。また、悪いと知りながらやってしまう。そこに働く力は自分の意志や願いとは裏腹です。その力を罪と言います。罪の支配から解放されなければ、素直に、真実になることは出来ません。イエス様の救いはそのためです。(KE)
12月17日
「わが岩、わがあがないぬしなる主よ、どうか、わたしの口の言葉と、心の思いがあなたの前に喜ばれますように。」詩篇19:14
あなたは誰に喜ばれようと願っていますか。家族、友人、愛する人でしょうか。そうであるかぎり、真実ではありえません。喜ばれようと偽ることになります。神様に喜ばれる言葉と思いこそ真実なものです。たとえその言葉や思いが周囲の人に喜ばれないとしても。今日も神様はあなたの心を見ておられ、知って下さいます。隠すことも、偽ることも出来ません。(KE)
12月16日
「今いまし、昔いまし、やがてきたるべき者、全能者にして主なる神が仰せになる、『わたしはアルパであり、オメガである』」。黙示1:8
神様は時間、空間を越えて居ます方です。また、すべてをご支配なさる方です。同時に、あらゆることの始まりである方、またそれを終わらせる方です。あなたの今日を始められた方は一日を導いて、終わらせなさいます。また、あなたの人生の始まりであり、終わりを定められる方でもあります。どうぞ、神様の前に自らを低くしてください。(KE)
12月15日
「わたしたちは、何ひとつ持たないでこの世にきた。また、何ひとつ持たないでこの世を去って行く。ただ衣食があれば、それで足れりとすべきである。」第一テモテ6:7-8
文字通り、裸で生まれて、裸で去って行くのが人の一生です。僅かな期間しかない地上の生活で、必要なものは何でしょうか。労苦して、多くのものを積み蓄えるだけに終わります。生きるとは何であるか、よく考えようではありませんか。あなたの貴重な一生が無駄と徒労に終わらないために。(KE)
12月13日
「彼らの目が開けて、それがイエスであることがわかった。すると、み姿が見えなくなった。」ルカ24:31
エマオという村に向かっていた二人の弟子達と、甦られたイエス様が一緒に歩いて行かれました。しかし、彼らにはそれが主であるとは分からなかったのです。心の目が閉ざされていたからです。苦しみ、悲しみ、悩み、様々な問題の中にあるあなたと、今日もイエス様は共に歩いていて下さいます。目の前の現実ばかりに、心を奪われないで、見えない主を見て下さい。(KE)
12月13日
「わたしたちの住んでいる地上の幕屋がこわれると、神からいただく建物、すなわち天にある、人の手によらない永遠の家が備えてあることを、わたしたちは知っている。」第二コリント5:1
「幕屋」とは仮設の住まいに過ぎません。これは取り壊されるものです。そのように、私達の肉体、生活は一時の仮住まいです。やがて、必ず、朽ち果てて消えていきますが、それで全てが終わるわけではありません。「永遠の家」に移るのです。この事を確信して、大胆に生きようではありませんか。(KE)
12月12日
「『主がお入り用なのです』と答えた。」ルカ19:34
イエス様は繋がれていたロバをつれてくるようにと、弟子達に命じました。主が用いるために必要だったからです。ロバは運搬や労役に使われる以外に役にたたない動物ですが、イエス様が必要として下さったのです。人は必要とされることが大切です。自分は役に立たない、必要がないものと思いこんでいませんか。今日も、主はあなたを必要としておられます。イエス様と共に生きるように招かれているのです。(KE)