「内なる人」を強くするのは父なる神様によるほかありません

10月12日

「どうか父が、その栄光の富にしたがい、御霊により、力をもってあなたがたの内なる人を強くしてくださるように、…」エペソ3:16

身体的に健康であり、体力があっても、それだけでは不十分です。「内なる人」、すなわち「心」あるいは「精神力」でしょうか、見えない内面の自分が強く、健康でなければ、患難に遭うとき強く生きることができません。「内なる人」を強くするのはスポーツや栄養食ではなく、父なる神様によるほかありません。日々、祈りつつ力をいただきましょう。(KE)

自分の弱さをカモフラージュする虚構に過ぎません

10月11日

「ある者は戦車を誇り、ある者は馬を誇る。しかしわれらは、われらの神、主のみ名を誇る。」詩篇20:7

 人は力を誇示するために戦車や馬を誇ります。勿論、今はそんなものではなく、地位、家柄、学歴などを誇りとし、それによって自分の力とするでしょう。しかし、そのようなものは束の間のもので、失われていくものです。自分の弱さをカモフラージュする虚構に過ぎません。あなたは誇るものがなくて、心細く思うなら、神様を信じてください。あなたの後ろ盾、力となってくださいます。(KE)

心に自分では考えられない思いが与えられます

10月10日

「わたしの戒めに心をとめよ、見よ、わたしは自分の思いを、あなたがたに告げ、わたしの言葉を、あなたがたに知らせる。」箴言1:23

 “戒め”とは聖書のことばです。あなたがみことばを心にとめて生活するとき、神様はあなたに直接語って下さいます。声は聞こえませんが、心に自分では考えられない思いが与えられます。どうぞ、今日もみことばを心に据えて、神様の語りかけを心の耳に聞いて、主のみ心に従ってください。主の恵みに出会うことができます。(KE)

信仰はまず「足ることを知る」ことでもあります

10月8日

「しかし、信心があって足ることを知るのは、大きな利得である。」第一テモテ6:6

 信仰を求める動機は、現在の状態・状況に満足できない、受け入れられない思いがあるからです。信仰はまず心の平安、安心を得ることですが、それは「足ることを知る」ことでもあります。その結果として、周囲の情勢も具体的に変化して、思いがけない恵みに会うことが出来ます。「利得」とは御利益のことですが、ここで言われている真の御利益は物質的なものではなく、自分の内なる変化です。(KE)

信頼し続けるとき、あなたの想像し得ない結果を出してくださいます

10月7日

「そして、あなたがたのうちに良いわざを始められたかたが、キリスト・イエスの日までにそれを完成して下さるにちがいないと、確信している。」ピリピ1:6

 「キリスト・イエスの日」とは、世の終りの時、イエス様が裁き主として来られる日のことです。神様は私たちの心に思いを与え、御心にそって導かれ、終末の日までに必ず完成してくださるのです。神様のみ手に絶えず自分を委ねて、主のなされることを信頼し続けるとき、あなたの想像し得ない結果を出してくださいます。(KE)

不満に思ったり、不平をならべることは造り主なる神様に言い逆らうことにほかなりません

10月6日

「ああ人よ。あなたは、神に言い逆らうとは、いったい、何者なのか。造られたものが造った者に向かって、『なぜ、わたしをこのように造ったのか』と言うことがあろうか。」ローマ9:20

 今、与えられている自分、置かれている境遇など、どれ一つをとっても神様の造られたものばかりです。自分の何かを不満に思ったり、不平をならべることは造り主なる神様に言い逆らうことにほかなりません。まず、神様の創造のわざであることを認め、感謝して受けようではありませんか。(KE)

時を逃してしまい、取り返しがつかなくなります

10月5日

「あなたがたは主にお会いすることのできるうちに、主を尋ねよ。近くおられるうちに呼び求めよ。」イザヤ55:6

 いつでもできると思うと、今という時を怠惰に過ごしてしまいます。今しかない、と思うとき、人は真剣になります。神様を求め、知ることも同じです。まだ若い、来年がある、そのうちヒマになったら、と思っていると、その時を逃してしまい、取り返しがつかなくなります。神様を深く知り、信頼し、望みと平安を得るときは今日しかありません。主はあなたを求めておられます。(KE)

人が欠けだらけの存在であるのは、神様がご自分の力を表わそうとなさるためです

10月4日

「わたしを強くして下さるかたによって、何事でもすることができる。」ピリピ4:13

 自分の弱さ、足らないところは日々痛感させられます。それを補いカバーしようと悪戦苦闘しますが、どうにもなりません。人が欠けだらけの存在であるのは、神様がご自分の力を表わそうとなさるためです。自分ではどうにもならない、神様に頼らなければならないものとして造られたのです。しかし、神様は力の源、あなたを強くすることが出来ます。今日もこの方の力を得て下さい。(KE)

主の力を求めることが祈りです

10月3日

「うそ、偽りをわたしから遠ざけ、貧しくもなく、また富みもせず、ただなくてならぬ食物でわたしを養ってください。」箴言30:8

 神様に祈り求めることの多い毎日を送っていますが、この言葉の祈りも私たちの日々の祈りに加えてください。自分の弱さ、貪欲、見栄など、自分の姿を知って、そこから主の力を求めることが祈りです。慎ましく、与えられたものをもって感謝し、満ち足りていること、これ以上の幸いはありません。生きる悩みは自分のうちにある情欲に駆られるからです。(KE)

神様はあなたに命を与えてくださいます

10月2日

「主がエリヤによって言われた言葉のように、かめの粉は尽きず、びんの油は絶えなかった。」列王紀上17:16

 預言者エリヤの時代に、飢饉と干ばつによって苦しみが臨みましたが、神様はケリテ川のほとりでカラスによって食物を備え、ザレパテでは寡婦の家で彼を養いました。人の知恵や考えではとうてい推し量れない方法を用いて、神様はあなたに命を与えてくださいます。今日はどのように主が養ってくださるでしょうか。主に期待して、その不思議なわざを体験してください。(KE)