神様がすべての事をご存じで、時を定めて真実を明らかにされるからです

10月29日

「だから彼らを恐れるな。おおわれたもので、現れてこないものはなく、隠れているもので、知られてこないものはない。」マタイ10:26

 人から誤解や曲解を受けると、なんとしても正そうと躍起になりますが、どんなことをしても隠された真実はでてきません。そのようなときすべきことは神様が働かれるのを待つことです。隠されたことは必ず現れてきます。神様がすべての事をご存じで、時を定めて真実を明らかにされるからです。暗闇で語ることも、耳にささやかれたことも、白昼のもとにさらされます。(KE)

背後にある神様が労苦した人に報われるからです

10月28日

「まちがってはいけない、神は侮られるようなかたではない。人は自分のまいたものを、刈り取ることになる。」ガラテヤ6:7

  手をかけ、労苦して世話をすると必ず収穫の時にむくわれることを農家の人は知っています。怠ければそれなりの結果しか得られません。作物が報いるのではなく、背後にある神様が労苦した人に報われるからです。あなたの何気ない行為や言葉は流れ去ってしまうように見えますが、神様は細大漏らさず見て、知っておられ、時を経て結果を得ることになります。(KE)

どんなことをしても神様から隠れることはできません

10月27日

「わざわいなるかな、おのが計りごとを主に深く隠す者。彼らは暗い中でわざを行い、『だれがわれわれを見るか、だれがわれわれのことを知るか』と言う。」イザヤ29:15

  神様は人の目には見えません。居ないかのごとく思われますが、けっしてそうではありません。見えなくても、神様は私たちのすべてを知りつくしています。そればかりか、どんなことをしても神様から隠れることはできません。なにもかもお見通しです。むしろ、神様に見られ、知られても恥じない生き方をする方が、心安らかで幸いではないでしょうか。(KE)

“内なる人”は神様から命が与えられ、力に溢れます

10月25日

「だから、わたしたちは落胆しない。たといわたしたちの外なる人は滅びても、内なる人は日ごとに新しくされていく。」第二コリント4:16

 私たちの家庭も仕事も健康も時と共に変わって、失われます。ですから、そのような外側の境遇を拠り所にしている限り、私たち自身が崩れてしまいます。外部の状態が失われても、“内なる人”は神様から命が与えられ、力に溢れます。その命はキリストの言葉を通して日々新しく満たされるのです。内なる人が弱ると致命傷ですから、常にチェックしておきましょう。(KE)

“内なる人”は神様から命が与えられ、力に溢れます

10月24日

「だから、わたしたちは落胆しない。たといわたしたちの外なる人は滅びても、内なる人は日ごとに新しくされていく。」第二コリント4:16

 私たちの家庭も仕事も健康も時と共に変わって、失われます。ですから、そのような外側の境遇を拠り所にしている限り、私たち自身が崩れてしまいます。外部の状態が失われても、“内なる人”は神様から命が与えられ、力に溢れます。その命はキリストの言葉を通して日々新しく満たされるのです。内なる人が弱ると致命傷ですから、常にチェックしておきましょう。(KE)

神様にとってどれほど役に立ち、値打ちがあると言うのでしょうか

10月23日

「人は何者なので、これをみ心にとめられるのですか、人の子は何者なので、これを顧みられるのですか。」詩篇8:4

  神様が私たちを心に留め顧みられるなど、考えると驚天動地の事態です。神様にとってどれほど役に立ち、値打ちがあると言うのでしょうか。しかも愛のまなざしとみわざをもって目を注いでくださるのですから。自分を省みるならどんな取扱いを受けようと当然です。ダビデは羊飼いから王になった人物ですが、神様の圧倒的な恵みのもとに自分を置いていました。これが人生勝利の秘訣です。(KE)

一旦事がおこると、怒り、妬み、悪心、思い煩いなど、様々な悪が湧き出て手に負えません

10月22日

「心はよろずの物よりも偽るもので、はなはだしく悪に染まっている。だれがこれを、よく知ることができようか。」エレミヤ17:9

 心ほど当てにならない不確かなものはありません。“女こころと秋の空”などと言いますが、女性のみならず、すべて人の心は自分のものでありながら、自分ではどうにもできません。平穏無事で何事もない時には気がつきませんが、一旦事がおこると、怒り、妬み、悪心、思い煩いなど、様々な悪が湧き出て手に負えません。そのような心を治めるには神様の力によらなければできません。(KE)

私たちの浅知恵で理解できないのは当然です

10月21日

「主はそのみこころにかなう事を、天にも地にも、海にもすべての淵にも行われる。」詩篇135:6

 人の見るところ、思うことは限りあるもので、目先のことしかわかりません。一方、神様のご計画、み思い、なさる業は、広大無辺、私たちの到底及ぶものではありません。世界は神様のご支配の下で万物が動いています。ですから、私たちの浅知恵で理解できないのは当然です。私たちの周囲には不条理、不当、理不尽と思える事態や事柄が多々ありますが、そこにも主のみこころがあり、人知を越えた業があるのです。(KE)

命を守るものはみ言葉です

10月21日

「天地は滅びるであろう。しかしわたしの言葉は決して滅びることがない。」ルカ21:33

 宇宙から帰還する宇宙船は大気圏に突入すると、高温の火炎に包まれた火の玉になります。しかし、特殊なタイルで保護されているので火に焼かれず、乗員も安全に守られます。み言葉はまさに宇宙船のようなもので、それにより頼む私たちは滅びることなく、安全が保障されているのです。多くの人は緊急時に備えてあれこれ方策を立てますが、大地震や津波が来れば一瞬にして消えてしまいます。命を守るものはみ言葉です。(KE)

私たちもイエス様によって生きるのでなければ命がありません

10月19日

「すると、彼らはすぐに網を捨てて、イエスに従った。」マルコ1:18

 イエス様の弟子たちは辺境の地、ガリラヤ湖畔の漁師たちです。イエス様が彼らを招かれると、即座に従いました。「網」を捨てるとは彼らにとって命の源を絶つことにほかなりません。イエス様に命を懸けたのです。それはまたこの世の肉の糧による生活ではなく、天から与えられる命のパンによって生きる者となることです。私たちも同様にイエス様によって生きるのでなければ命がありません。肉は人を生かすことができないからです。(KE)