神のカタチが刻印されている私たちは神様のものなのです

12月13日
「するとイエスは言われた、『それでは、カイザルのものはカイザルに、神のものは神に返しなさい』」。マタイ22:21b

税金を納めるべきかどうか、パリサイ人が主に問いました。そのとき、主は貨幣には誰の肖像が彫られているかと尋ねました。そこには皇帝カイザルの像が彫られています。人には神のカタチが刻印されています。すなわち、私たちは神様のものなのです。あなたは神様のものですが、それを勝手に自分のものにしているのでは?(KE)

今日の通読箇所

士師記12章

使徒行伝23章

サタンは常に神様を忘れさせようとします

12月12日
「イエスは振り向いて、ペテロに言われた、『サタンよ、引きさがれ。わたしの邪魔をする者だ。あなたは神のことを思わないで、人のことを思っている』」。マタイ16:23

イエス様の愛弟子であるペテロすらサタンに支配されます。サタンは常に私たちの内外かまわずうろついて、私たちに働きかけます。私たちを神様から遠ざけ、神様を忘れさせようとします。今、あなたの心にもサタンは潜んでいて、神様の愛から離れさせようと狙っています。ご用心あれ。(KE)

今日の通読箇所

士師記11章

使徒行伝22章

見ないで主の言葉の通りになると信じるのが信仰です

12月11日
「そして、行く途中で彼らはきよめられた」。ルカ17:14b

重い皮膚病に侵された10人の病者が、イエス様に「癒してください」と懇願しました。主は「祭司にみせなさい」と言われる。その病の癒しを宣言するのは祭司の務めです。彼らはまだ具体的な癒しのしるしを見てはいませんが、主の言葉を信じて、祭司のところに出かけます。人は結果を見て信じようとしますが、見ないで主の言葉の通りになると信じるのが信仰です。彼らが信じて出かけたところ、途中で癒されました。信じた者勝ちです。(KE)

今日の通読箇所

士師記10章

使徒行伝21章

神様は私たちを知りつくしています

12月10日
「わが思いは、あなたがたの思いとは異なり、わが道は、あなたがたの道とは異なっていると主は言われる」。イザヤ55:8

神様と人との関係はあまりに離れているゆえに、人が神様のすべてを知りつくすことはできません。人にとって、神様は不可解そのものであります。一方、神様は私たちを知りつくしています。神様の目に隠せるものは何もありません。すべてのものが青天白日の下に露わになっています。ですから、神様の為さることが分からないのは当然のことだと、覚悟すべきです。(KE)

今日の通読箇所

士師記9章

使徒行伝20章

神様の為さることに人は一切口を挟むことは出来ません

12月9日
「わたしは知ります、あなたはすべての事をなすことができ、またいかなるおぼしめしでも、あなたにできないことはないことを」。ヨブ42:2

ヨブは神様を畏れ、正しい人でした。ところが、突然、様々な災いに会い、悶々と悩みます。 “どうして”との問いに、神様はヨブを質問責めにします。その結果、神様は全能者であり、どんなことでも自在になし得ることを知ります。神様の為さることに人は一切口を挟むことは出来ません。「どうして」と問う時、あなたが神様になっているのです。(KE)

今日の通読箇所

士師記8章

使徒行伝19章

神様の手に自らを投げ出した時、全き平安に包まれました

12月8日
「神には、なんでもできないことはありません」。ルカ1:37

思いがけない知らせに驚き、当惑し、ついには怒りをも覚える事態に、マリヤさんは遭遇します。心は大嵐に翻弄され、生きた心地もしません。しかし、み使いの言葉によって、マリヤさんが全知全能の神の手に自らを投げ出した時、全き平安に包まれました。あなたが受け入れがたい悩みに振り回されているなら、全能の神様に自分のすべてを明け渡しましょう。(KE)

今日の通読箇所

士師記7章

使徒行伝18章

神様からの恵みは、高いところから低いところへと流れます。

12月7日
「神は高ぶる者をしりぞけ、へりくだる者に恵みを賜うからである」。第一ペテロ5:5b

他者から好意を受ける場合、高慢な態度ではいただけません。水は高いところから低いところへと流れます。神様からの恵みを頂くときも同じです。カナンの女は犬呼ばわりされても、自らを小犬になりきって主の恵みを求めました。心を一つ思いにして謙遜になって願うなら、必ず応えてくださいます。(KE)

今日の通読箇所

士師記6章

使徒行伝17章

拠り所となり補ってくれたらどんなに心強いことでしょう

12月6日
「わが身とわが心は衰える。しかし神はとこしえにわが心の力、わが嗣業である」詩篇73:26

人は年ごとに衰えていきます。またそれと共に心も力を失ってしまいます。そのような時に拠り所となり、欠けたところを補ってくれるものがおられるなら、どんなに心強いことでしょう。しかも、それが神様であるなら、これ以上のものはありません。人や物事に頼っているかぎり、確固たる安心は得られません。(KE)

今日の通読箇所

士師記5章

使徒行伝16章

ただひたすらに神様が事の中心におられるのを信じる

12月5日
「民よ、いかなる時にも神に信頼せよ。そのみ前にあなたがたの心を注ぎ出せ。神はわれらの避け所である」。詩篇62:8

“いかなる時にも”と言われます。良くても悪くても、まさにどんな時でも、神様に信頼する。これが私たちに与えられた最大の恵みではないでしょうか。お先真っ暗であっても、ただひたすらに神様が事の中心におられるのを信じる。また神様にすべてを打ち明け、神様の時とわざを期待しましょう。(KE)

今日の通読箇所

士師記4章

使徒行伝15章

思い願うよりも、素晴らしいことを行ってくださいます

12月4日
「わが神、主よ、あなたのくすしきみわざと、われらを思うみおもいとは多くて、くらべうるものはない」。詩篇40:5a

まことにそのとおりです。神様は私たちの日々の生活の隅々までも知りつくして、思うよりも、願うよりももっと素晴らしいことを行ってくださいます。心低くして、今日一日に備えてくださる主の恵みの業がなんと多いことか、振り返って見てください。あなたが計画した今日のわざは思いがけない出来事の連続に消えてしまっています。(KE)

今日の通読箇所

士師記3章

使徒行伝14章