受胎告知を信仰によって受け入れたマリヤ

12月18日

「するとマリヤは言った、『わたしの魂は主をあがめ、わたしの霊は救主なる神をたたえます」。ルカ1:46,47

 御使からの受胎告知を、信仰によって受け入れたマリヤ。様々な思いを抱えながら向かったエリサベツのもとで祝福の言葉をもらった途端、心の霧が晴れたように、マリヤの口から賛美が溢れます。「二三人わが名によりて集る所には、我もその中に在るなり」。(マタイ18:20文語)信仰を分かち合う所には、真の喜びが湧き溢れます。(MK)

今日の通読箇所

創世記30章

ルカによる福音書24章

神様の本質は「義」、罪のない方です

12月17日

「主はねたみ、かつあだを報いる神、主はあだを報いる者、また憤る者、主はおのがあだに報復し、おのが敵に対して憤りをいだく」。ナホム1:2

 神様は愛なる方、人を愛するゆえひとり子すらも惜しまず、十字架に断罪されました。確かに限りない慈愛に満ちた方ですが、決して侮ってはならない方です。私たちに義を求められたら、神様の怒りを逃れることができません。神様の本質は「義」、罪のない方です。それだけに主の十字架は逃れの岩です。(KE)

今日の通読箇所

創世記29章

ルカによる福音書23章

主が喜ぶのは、神と共に歩むことだけです

12月16日

「主のあなたに求められることは、ただ公義をおこない、いつくしみを愛し、へりくだってあなたの神と共に歩むことではないか」。ミカ6:8b

 神様が私たちに求めるものは、犠牲や燔祭、あるいは万流の油、数千の雄羊などではないと言われます。ただ主が喜び給うのは、愛に満ち、謙遜になって神と共に歩むことだけです。今日も主のみ心に添うた歩みをさせていただきたいと願います。(KE)

今日の通読箇所

創世記28章

ルカによる福音書22章

何を神としているか確信しておるべきです

12月15日

「すべての民はおのおのその神の名によって歩む。しかしわれわれはわれわれの神、主の名によって、とこしえに歩む」。ミカ4:5

 何を神として拝むか、人それぞれが抱えているのであって、他人がとやかく言うことではありません。大切なのは自分が何を神としているか、確信しておるべきです。自分の信仰がしっかりするとき、他人のことは気にならなくなります。父なる神様がすべてをご存じだから、自分が何も言うべきことはありません。(KE)

今日の通読箇所

創世記27章

ルカによる福音書21章

もっと大切なものに気づいていません

12月14日

「主なる神は言われる、『見よ、わたしがききんをこの国に送る日が来る、それはパンのききんではない、水にかわくのでもない、主の言葉を聞くことのききんである』」。アモス8:11

 パンにしろ、水にしろ枯渇したら命の危機です。そうならないように、人は最善を尽くしますが、もっと大切なものがあることに気づいていません。主の言葉をきくことがどれほど人を生かす力であるか、忘れられている時代です。が与えてくださる命の水をしっかり貯えましょう。(KE)

今日の通読箇所

創世記26章

ルカによる福音書20章

イスラエルの人々は救い主を切望しました

12月13日

「今あなたは壁でとりまかれている。敵はわれわれを攻め囲み、つえをもってイスラエルのつかさのほおを撃つ。しかしベツレヘム・エフラタよ、あなたはユダの氏族のうちで小さい者だが、イスラエルを治める者があなたのうちかわたしのために出る」。ミカ5:1,2a
 
 イスラエルの人々は、争いの中に絶えず不安を感じていたからこそ、救い主を切望しました。キリストの誕生は、恐れや悩みを抱えて生きる、古今東西全ての人の、心の光となるためです。(MK)

今日の通読箇所

創世記25章

ルカによる福音書19章

彼らを選ばれた神様は私達をも選びました

12月12日

「エッサイの株から一つの芽が出、その根から一つの若枝が生えて実を結び、その上に主の霊がとどまる。これは知恵と悟りの霊、深慮と才能の霊、主を知る知識と主を恐れる霊である」。イザヤ11:1.2

 キリスト誕生の預言です。エッサイはダビデ王の父親ですが、マタイ書の系図によれば、救い主の誕生に相応しい汚れ無き一族、と言う訳ではありません。彼らを選ばれた神様は私達をも選び、キリストの血に与る兄弟姉妹として、神の家族として下さいます。(MK)

今日の通読箇所

創世記24章

ルカによる福音書18章

神様は随分と熱血漢です

12月11日

「そのまつりごとと平和とは、増し加わって限りなく、ダビデの位に座して、その国を治め、今より後、とこしえに公平と正義とをもってこれを立て、これを保たれる。万軍の主の熱心がこれをなされるのである」。イザヤ9:7
 
 身勝手な息子を赦して出迎える父親。99匹の羊を置き去りにして、迷子の1匹を捜し回る羊飼い。これらは神様をたとえた聖書の物語であり、何れも随分と熱血漢です。この神様の熱心によって、人は救われるのです。(MK)

今日の通読箇所

創世記23章

ルカによる福音書17章

主の声に従っているならキリストの僕です

12月10日

「あなたがた自身が、だれかの僕になって服従するなら、あなたがたは自分の服従するその者の僕であって、死に至る罪の僕ともなり、あるいは、義にいたる従順の僕ともなるのである」。ローマ6:16bc

 今、あなたはだれの声に従っていますか。主の声に従っているなら、あなたはキリストの僕です。我儘な自我の声に従っているなら、キリストの僕ではありません。従う者を慎重に吟味してください。間違えると、大やけどをします。ご用心!(KE)

今日の通読箇所

創世記22章

ルカによる福音書16章

神様は厳しい方と思うなら、そうなります

12月9日

「神は、おのおのに、そのわざにしたがって報いられる」。ローマ2:6

 活ける神は公平に裁き、報われる方です。あなたは神様をどのような方と思いますか。神様はあなたが思う通りに変わります。厳しい過酷な方と思われるなら、そのようになられます。また、愛に満ちた、恵み豊かな方、自分は神様に格別愛されていると信じるなら、そのように接してくださいます。主は変幻自在、あなたの信じた通りに、ご自分を現してくださいます。(KE)

今日の通読箇所

創世記21章

ルカによる福音書15章