イエス様の指示に彼らは素直に従いました

9月30日

「料理がしらは、ぶどう酒になった水をなめてみたが、それがどこからきたのか知らなかったので、(水をくんだ僕たちは知っていた)」。ヨハネ2:9

 イエス様が最初に奇跡を行ったカナの婚礼の箇所です。ぶどう酒がなくなったと聞いたイエス様は、僕たちに大量の水汲みを命じられました。目の前の問題への対処とは到底思えない指示に、彼らは素直に従いました。私達も信仰によって踏み出すなら、主の業を体験する者としていただけます。(MK)

今日の通読箇所

列王記 下 3章

使徒行伝5章

イエス様は神様へ導いてくださる光です

9月29日

「すべての人を照すまことの光があって、世にきた」。ヨハネ1:9

 クリスマスの時によく読まれる箇所です。イエス様がお生まれになった2000年前も、そして今も世界はまるで先の見えない闇のトンネルのようです。多くの人は生きる目的を見失ったまま日々を過ごしています。イエス様は私達を父なる神様のところへ導いてくださる光です。造り主である神様のもとで生きることが、私達にとって最も幸いだからです。(MK)

今日の通読箇所

列王記 下 2章

使徒行伝4章

何を根拠に物事を選択するかが問われます

9月28日

「日を重んじる者は、主のために重んじる。また食べる者も主のために食べる。神に感謝して食べるからである。食べない者も主のために食べない。そして、神に感謝する」。ローマ14:6

 日々に様々な情報が行き来し、昨日の常識が今日の非常識となるような時代です。何を根拠に物事を選択するかが問われます。たとえ時代遅れや非合理的に思えても、主の導きを根拠に選んだ先には、何物にも代え難い平安と感謝があります。(MK)

今日の通読箇所

列王記 下 1章

使徒行伝3章

昼歩くようにつつましく歩こうではないか

9月27日:日々の聖言

「あなたがたは、主イエス・キリストを着なさい。肉の欲を満たすことに心を向けてはならない」。ローマ13:14

 この直前には「昼歩くように、つつましく歩こうではないか」とあります。今の時代はまるで夜の闇のようです。争いは絶えず、人々の心は疲弊しています。しかし主の再臨と共にこの闇が完全に取り払われると聖書は約束しています。闇に吞まれることなく、光なるイエス様とともに日々を歩んでまいりましょう。(MK)

今日の通読箇所

列王記 上 22章

使徒行伝2章

くびきを負うとは、主と共に歩むことです

9月26日

「わたしは柔和で心のへりくだった者であるから、わたしのくびきを負うて、わたしに学びなさい」。マタイ11:29

くびきを負うと言われると、なんだか窮屈で、束縛されるように感じます。しかし、くびきを負うということは、主と共に歩むことです。今、私たちは多くの重荷を抱えて、毎日を過ごしているかもしれません。しかし、主と共に歩む時、私たちの心には休みが与えられるのです。(IK)

今日の通読箇所

列王記 上 21章

使徒行伝1章

自分の欠点や過ちはには気づかずにいます

9月25日

「なぜ、兄弟の目にあるちりを見ながら、自分の目にある梁を認めないのか」。マタイ7:3

私たちは他人の欠点や過ちは大きく見えます。しかし、自分の事にはなかなか気づかずにいるのです。そんな私たちがまず自分の欠点や過ちを認めて、主に立ち帰るならば、主が私たちのうちにある汚れを取りのけて下さるのです。(IK)

今日の通読箇所

列王記 上 20章

ヨハネによる福音書21章

その神様は私たちの父なるお方です

9月24日

「空の鳥を見るがよい。まくことも、刈ることもせず、倉に取りいれることもしない。それだのに、あなたがたの天の父は彼らを養っていて下さる。あなたがたは、彼らよりも、はるかにすぐれた者ではないか」。マタイ6:26

空の鳥、野の花を養っているのは神様です。その神様は私たちの父なるお方であると言われます。父なる神様は私たちをほったらかしにされるお方ではありません。今日も私たちをも養って下さるのです。(IK)

今日の通読箇所

列王記 上 19章

ヨハネによる福音書20章

報復して残るのは純然たる喜びではない

9月23日

「愛する者たちよ。自分で復讐をしないで、むしろ、神の怒りに任せなさい。なぜなら、『主が言われる。復讐はわたしのすることである。わたし自身が報復する』と書いてあるからである」。ローマ12:19

 以前「倍返しだ!」のセリフで流行ったドラマがありました。憎しみは力にはなりますが、報復して残るのは純然たる喜びではないでしょう。神様は私達に我慢を強要したいのではありません。憎しみから自由になって欲しいのです。(MK)

今日の通読箇所

列王記 上 18章

ヨハネによる福音書19章

振り返って後悔し、未来に不安になり

9月22日

「ああ深いかな、神の知恵と知識との富は。そのさばきは窮めがたく、その道は測りがたい」。ローマ11:33

 私達が見ることができるのは、いま目の前にある現実だけです。それゆえに過去を振り返って後悔したり、未来を想像して不安になったりを繰り返します。神様は全ての物、時を組み込んで、途方もない計画を立てておられます。その全貌は到底分かり得ませんが、結果は必ず善であり益です。(MK)

今日の通読箇所

列王記 上 17章

ヨハネによる福音書18章

そのとき何を頼みとし、誰の名を呼ぶか

9月21日

「なぜなら、『主の御名を呼び求める者は、すべて救われる』とあるからである」。ローマ10:13

 素晴らしい約束の言葉です。私達の人生には順境もあれば逆境もあります。そのとき何を頼みとし、誰の名を呼ぶかと問われています。力のないものを頼りはしないでしょう。また知らない人の名を呼ぶことはできません。私達はイエス様を頼り、「主よ!」と呼び求めることができます。イエス様が応えてくださるからです。(MK)

今日の通読箇所

列王記 上 16章

ヨハネによる福音書17章