9月30日
「料理がしらは、ぶどう酒になった水をなめてみたが、それがどこからきたのか知らなかったので、(水をくんだ僕たちは知っていた)」。ヨハネ2:9
イエス様が最初に奇跡を行ったカナの婚礼の箇所です。ぶどう酒がなくなったと聞いたイエス様は、僕たちに大量の水汲みを命じられました。目の前の問題への対処とは到底思えない指示に、彼らは素直に従いました。私達も信仰によって踏み出すなら、主の業を体験する者としていただけます。(MK)
今日の通読箇所
9月25日
「なぜ、兄弟の目にあるちりを見ながら、自分の目にある梁を認めないのか」。マタイ7:3
私たちは他人の欠点や過ちは大きく見えます。しかし、自分の事にはなかなか気づかずにいるのです。そんな私たちがまず自分の欠点や過ちを認めて、主に立ち帰るならば、主が私たちのうちにある汚れを取りのけて下さるのです。(IK)
今日の通読箇所
9月24日
「空の鳥を見るがよい。まくことも、刈ることもせず、倉に取りいれることもしない。それだのに、あなたがたの天の父は彼らを養っていて下さる。あなたがたは、彼らよりも、はるかにすぐれた者ではないか」。マタイ6:26
空の鳥、野の花を養っているのは神様です。その神様は私たちの父なるお方であると言われます。父なる神様は私たちをほったらかしにされるお方ではありません。今日も私たちをも養って下さるのです。(IK)
今日の通読箇所
9月23日
「愛する者たちよ。自分で復讐をしないで、むしろ、神の怒りに任せなさい。なぜなら、『主が言われる。復讐はわたしのすることである。わたし自身が報復する』と書いてあるからである」。ローマ12:19
以前「倍返しだ!」のセリフで流行ったドラマがありました。憎しみは力にはなりますが、報復して残るのは純然たる喜びではないでしょう。神様は私達に我慢を強要したいのではありません。憎しみから自由になって欲しいのです。(MK)
今日の通読箇所
9月22日
「ああ深いかな、神の知恵と知識との富は。そのさばきは窮めがたく、その道は測りがたい」。ローマ11:33
私達が見ることができるのは、いま目の前にある現実だけです。それゆえに過去を振り返って後悔したり、未来を想像して不安になったりを繰り返します。神様は全ての物、時を組み込んで、途方もない計画を立てておられます。その全貌は到底分かり得ませんが、結果は必ず善であり益です。(MK)
今日の通読箇所
9月21日
「なぜなら、『主の御名を呼び求める者は、すべて救われる』とあるからである」。ローマ10:13
素晴らしい約束の言葉です。私達の人生には順境もあれば逆境もあります。そのとき何を頼みとし、誰の名を呼ぶかと問われています。力のないものを頼りはしないでしょう。また知らない人の名を呼ぶことはできません。私達はイエス様を頼り、「主よ!」と呼び求めることができます。イエス様が応えてくださるからです。(MK)
今日の通読箇所